距離感
次の日、学校にいろりの姿はなかった...。
次の日も、またその次の日も...。
清水先生は風邪と言っているが実際はどうなのか分からない。
「心配ですね...。」
「そうだな...」
鮫島さんもいろりのことを心配してくれているらしい。
「あの、もしよかったら放課後お見舞いに行きませんか?」
「そ、そうだね...一緒にいこうか...」
なぜかわからないがここ最近、いろりが学校に来なくなってから、俺の気分が良くない。胸のあたりがこう、なんていうか...モヤモヤした気分になって、なんか嫌な感じである。
放課後、俺と鮫島さんはいろりの家に向かった。
「鮫島さん、よくいろりの家知ってたね」
「はい、前に遊びに行ったことがあるんですよ...あっ、着きましたよ!ここです」
標識には佐倉とあった。間違いなくここがいろりの家らしい。
ピーンポーン
心の準備をする間も無く鮫島さんはチャイムを鳴らす...するとすぐに返事があった...そしてドアを開けたのはいろり本人であった。
「い、いろり...大丈夫なのか?」
「なんだヨコッチもいたんだ...」
「今日はお見舞いに来たんですよ、佐倉さん...横田さんが私を誘ってくれたんです...」
それは違うだろ!と反論しようと思ったが、鮫島さんの優しさなのだろう...その嘘を通すことにした。
「そ、そうなんだ...へー...それで、入るの...?」
いろりは熱のせいか顔を赤くさせ、家の中を指でさし、あがっていくかを尋ねた。
「....えっと...」
「はい!もちろんです。もともとお邪魔する予定でしたし、ねー横田くん!?」
「あ、あぁ」
結局お邪魔することになった。
いろりの体調は良くないらしい...顔がさらに赤くなっていた。
「いろり、お前寝てていいぞ...あとなんかして欲しいことあったら言ってくれ...」
「う、うん...」
「はいはい!イチャイチャはそこまで!...で佐倉さん、本当は風邪ひいてないでしょ!」
「.....」
鮫島さんの質問に対し、いろりは黙秘した。何も言わずうつむき、そしてなぜか悲しい顔をしていた。
「佐倉さん!もういいんですよ!私のことは気にせず、横田さんに言いたいこと、言ってください!...じゃないとこっちまでやりづらい...というかモヤモヤしてしまいます!」
「......」
いろりは黙秘を続けた。
「な、なぁいろり...俺に何か言いたいことあるのか...?もしかしてこの間のことなのか...?」
「.....」
いろりの黙秘は続く...ただ手をギュッと握りしめ、何かを言いたそうだった。
「もう、佐倉さん!あなたが言わないなら、私が言ってしまいますよ!それでもいいんですか!?」
「それはダメ!」
ずっと黙秘していたいろりがやっと反応した。先ほどより顔が赤い...顔が燃えるんじゃないのかと心配になった。
「ほら!早く伝えてください、私は外で待っていますから...」
そう言って、気を使ってくれたのか鮫島さんは部屋を出ていった。
ちょっと待て!いまこの状況...クラスの女子と2人きりで、しかも女子の部屋だと!
健二の健二が暴れないよう、心を落ち着かせ、なるべくいろりを見ないようにした...だが、健二の健二は興奮を抑えられず、暴れる寸前だった...。
「そ、それで伝えたいことってなんだ...?」
ぎこちない喋り方になってしまった。緊張して心臓が飛び出しそうだ...それにこれ以上この空間にいたら、間違いなく健二の健二は暴走する...。
「そ、それは...」
一度深呼吸をして、いろりは続けた。
「あのね...私はいまヨコッチの仮の彼女だけど...その....なんていうか....それじゃ嫌なの....」
「それって仮の彼女はやだってことか...?」
いろりは小さくうなずいた。
「じゃあ屋上で俺が言ったことを承認してくれるってことか?」
「そうじゃない!...そうじゃなくて...本物に....私は、佐倉いろりはヨコッチの....横田健二の本物になりたいの!」
俺の頭はパンクした...こいつは何を言っている...それってつまり、つまりは告白なのか...いやでも待て、そんなはずがない...俺を好きになるやつがいるなんて...だって俺だぞ!健一兄さんのように完璧でもなく、妹のように性格がいいわけでもない...なのにどうして俺を....。
「え、えっとそれってどういうこと...?」
「.....言った通り、本物に....なりたいの...。ダメ...かな...?」
いろりの顔がついに真っ赤になった。今までにないほど、可愛く見えた...流石の俺もいろりの気持ちは理解できた...そう思うと俺も恥ずかしい...でも俺は....俺の本物って...。
「な、なぁ佐倉さん...」
「な、なんでしょう....?」
恥ずかしさのせいか俺もいろりも言動まで変動していた。
「そ、その...つまりはす、好きってこと...なのか...?」
いろりは小さくうなずいた。まじかー!やばい、どうしよう...もしかしてとは思ってだけど、実際に本人から言われるとめっちゃ恥ずかしい...。
「お、俺でいいのか...?」
「う、うん...」
「........」
しばらく無言が続いた。
そして先に口を開いたのはいろりだった。
「それで....どうなの...ヨコッチの気持ちは...?」
「そ、それは....すごく嬉しい...けど分からない....どうしたらいいか...よくわからないんだよ....こんなこと今まで一度もなかったし....だから、その....」
「わかった....じゃあ保留ってことにしておいてあげる...それで、もし...もしヨコッチの本物がみつかって、それが私だったら...付き合って....!それで....いい...?」
俺の中から何かが出てきそうだった。これは俺のいろりに対する気持ちなのか、それとも....。
俺は少し考えた。そして...
「う、うん......
こ!」
「はい?」
「いやー、実はトイレ行きたくなっちゃってさぁ...トイレ使ってもいいか?」
「は!?...なにそれ...いまのムードで!...流石はヨコッチだね...もう帰って!」
いろりの表情は一転して怖いものになった。ゴミを見るかのような目をしていた。
「ちょっとお願いトイレだけ貸してー」
結局俺は家から追い出され、トイレに行くことができなかった。
「横田さん...どうでしたか?」
外で待っていたのは鮫島さんだった。
「いや...その、なんていうか...」
「やっぱりいいです...これから頑張って下さいね...私も応援していますから...」
応援?なにを応援するんだ....まぁいいか....それよりも今は健二の健二を落ち着かせることが先決だった。
今日の出来事を境に俺の生活は大きく変わることになる...なんて自分の頭で想像なんかしてみたりしたが、結局頭の中に残ったのは今日のいろりのことだった...。




