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貔貅乱舞  作者: Xib
其ノ弐 栄華の淵
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乱世、人に陰を生む

白馬。

曹操軍は、そこで袁紹を待ち構えていた。

遙か先に、黒い塊が見える。

「袁紹。奴が、遂に」

曹操はその塊を見つめていた。視線に答えるがの如く、風が塊を動かした。

黙って見つめていると、塊の中から一つ、動く影があった。それは一騎で、此方へと向かって来る。その者の鎧は日の光を受け、眩しく輝く。身に纏う豪華絢爛たる装飾が施された黄金の鎧は、亡き袁術を思い起こさせるものがあった。

曹操軍の一部の兵が矢を番える。

「射るでない」

無意識に出た言葉だった。背後にいた夏侯淵が止めるよう合図を送る。その時には、曹操も前へと進み出ていた。

袁紹の顔が鮮明に見え始める。白髪の混じりだした豊かな黒髪、整えられた髭が、これまでの人生を鮮明に写している。皺の見え始めた顔とはいえ、尚も若き日の高貴さを失ってはいない。寧ろ、更に増している様にすら見えた。

後数十歩の所で、袁紹は馬を降り、佩いていた剣を手に持ち、地に突き立てた。自ら地に刺した剣をその場に残し、袁紹は一人、残りの距離を歩いて来る。

曹操も馬を降りた。佩いていた剣を足元に置く。その剣を跨ぎ、曹操も歩き出した。

あと、数歩。

二人の間を、風が流れる。

「久々である、孟徳」

袁紹が口にしたのは、曹操の字であった。

「元気そうだ、本初」

互いが字で呼び合うのは何時ぶりか。一度交差した道が、一度離れ、そしてこうして再び交差した時、互いが字で呼び合う事が出来た。

これが、最後の交差かもしれない。曹操はそう、直感した。恐らく袁紹も同じ様な事を感じているだろう。

だからこそ、剣を手放した。この、最後の時の為に。

「覚えておるかな、花嫁事件」

「勿論だ」

袁紹の声に棘は無かった。昔通りの声だ、と曹操は思った。時は流れても、根は変わらない。変わったのは、殻だけであった。

「あの時は発想が子供だったからな。何を考えていたのやら」

曹操も極力、棘を抜いた声を発する。警戒心を隠す事で、袁紹の意図を探れないだろうか、と思ったのだ。

袁紹はそれを知ってか知らずか、曹操から目線を反らし、馬を見た。そして一言、何処と無く淋しげに答えた。

「良いでは無いか」

「そうだろうか」

「時が満たすものもあれば、満たさぬものもある」

曹操は答えなかった。答えが、悲痛なものに感じられた。

「我等は最後まで満たされる事が無い様だ。それが乱世なのだと、儂は思うのである。今、この時も」

「そうかもしれぬ」

「今、此処で儂が倒れるか、お前が倒れるか、決まろうとしておる。儂等からすれば命の駆け引き、天下からすれば、ただの、戯れ」

曹操は天を見た。最近天を仰ぐ事が多くなったな、と心の内で思う。

「戯れに満たされる事は無しか。死ぬか生きるか、最後はそれしか無い。孟徳よ」

「何だ、本初」

「儂等は此処で剣を取る。死ぬか生きるか、それは気紛れだ。天命に、任せようではないか」

そう告げると、袁紹は踵を返した。そして、刺した剣を抜くと、再び馬に乗って駆けていった。

曹操も元来た道を返す。その道が、酷く遠く感じられた。


曹操軍では、既に準備が出来ていた。軍の先頭に、張遼が立つ。その右側を守護するかの様に、徐晃が大斧を両手に待機していた。

どちらも、話す様な柄では無い。此処に来るまでも、殆ど口をきかなかった。きいた事と言えば、

「背は任せる」

「承知」

という、何とも他愛の無い会話であった。

そいて、今、此処に居る。

その背後で、夏侯淵が目を遠くに投げかけながら呟いた。

「空気が湿ってきたな。雨が降るやもしれん」

その曹操軍を、静かに見つめる他の者がいたとは、張遼も夏侯淵も、曹操すらも気付かなかった。’



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