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貔貅乱舞  作者: Xib
其ノ弐 栄華の淵
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志、再び

討つべき相手は、袁紹。

その袁紹は、公孫瓚を討ち、更に勢力を拡大しているという。

「形だけです。討てます」

そう進言したのは、郭嘉だけでは無かった。程昱もそう進言してきたのだった。

「今が期です。戦は、数だけではありませぬ。一策ありますので、どうかご心配なさるな」

「そうであろうか。今、袁紹は何処におる」

曹操の問には夏侯淵が答えた。

「まだ翼州にいるが、南下を始めたそうだ。兗州に来るのも時間の問題だな」

「袁紹と激突、か」

その時、曹操はかつての誼を思い出していた。

いずれは、何方かが死に、何方かが生きる。それは互いに、理解していた。乱世故の宿命だと言う事を、口にせずとも己の魂が知っていた。

乱世を創り出すのは、人間である。そして、乱世を終わらせるのも、又人間である。欲を生み出すのは人間であれば、欲を潰すのも又人間である。その際、どれ程の心が潰されようが、己を全うする為に、全て斬り伏せていかねばならない。人間としてのあるべき感情が、そこにどれ程渦巻いていたとしても、叩き潰さねばならない。

阿鼻叫喚の地獄絵図、それは地獄では無く現世を指しているのでは無いか。

曹操は己に怠慢する憂鬱な感情に、刃を向けた。その場に立ち上がり、如何にも将軍らしい声で命じた。

「進軍の準備をせい。我等は白馬で待ち受けん」

「承知」

部下の発言は、発すれば答える、清々しい返答であった。

その返答には、様々な意味が籠もっている事だろう、と曹操は感じていた。曹操自身より、壮大な志を持つものの返答だとも思っていた。

曹操には、人を救う為に乱世を終わらせる、などと言う高貴で崇高な志は無い。ただ、終わらせる、それだけを考え続けている。

自身の代で乱世が終息したら、などと考えた事は殆ど無い。考えても、鬱々とした気分が奥底からせり上がって来て、吐き気がするだけであった。

「戦だ。戦が始まるぞ」

外から、夏侯淵らしき者の大喝が聞こえてくる。その言葉に反応したか、俄に騒がしくなる。

曹操は無言のまま、騒がしい外の様子を聞いていた。視界が、霧がかっていた。


降伏してからと言うもの、ただひたすらに、剣と語り続けた。

剣を振るう。眼の前にある木が、幹ごと斬られていた。枝の折れる音が響き、幹が地に倒れる。

再び静寂が戻った所で、切り口を、指でなぞる。這わせた指が、幹の中心で止まった。

「足りぬ」

まだ、迷いがある。

呂布を失った後、曹操に仕えた事を、後悔はしていない。主君より己の才を選んだ事は、正しい事だったと、思う事は出来る。

間違っては、いない。

まだ、言い聞かせる事が出来る。

だが、己の志が、納得しない。頑なに説得を拒む。剣の筋が、全てを語っていた。

張遼という我が、其処にいた。

下邳城の事は、忘れても忘れられない。ふとした事で、脳裏を掠める。それが邪念になっていた。

切株と化した木に、腰掛ける。高順と陳宮の最期なら、今でも鮮明に思い出す事が出来た。同じ軍に属した者が、他者の手によって処刑される。それは、戦場で血飛沫を上げ、散る者よりも印象深かった。平穏な場で、知らぬ者に只首を斬られるというものは、張遼にとって何とも異様な光景に見えたのだった。

その後に、張遼も斬られる筈だった。

しかし、関羽が、それを止めた。救済は拒んだものの、拒みきれず、結果、曹操軍に降る事になった。

その後は、何をしていたかなど、特に覚えてはいない。ただ、呂布の姿が、時折見えた。

「張遼。お前、また伐採してたのか」

見ると、剣を片手に、夏侯惇が近付いてくる。

「伐採では無い」

「他者から見れば伐採だ。整地の手間が省けるから放っておけ、と何処ぞの文官は言っているが」

地に伏した幹に、夏侯惇は腰掛ける。張遼とは距離があるが、声は充分に聞こえる。

「何用だ」

張遼はそれだけ問う。元々他者と話す事が殆ど無い為、意図的では無くとも突き放した様な言い方をしてしまう。その為かどうか、張遼は知り得ないが、楽進や李典からは避けられていた。逆に、夏侯淵や徐晃、夏侯惇は話しかけて来る。

今、夏侯惇が来たのも、張遼の性格を知っている郭嘉あたりが、張遼への伝言役として夏侯惇を選んだからだろう。

「白馬の件だ。郭嘉から言伝を頼まれてね」

やはり、郭嘉か。そう思っただけで、張遼は口には何も出さなかった。

「白馬で袁紹軍と刃を交える事になった。そこでだ。お前には先鋒になって、戦って貰う。徐晃と共にな」

張遼は顔色一つ変えず、黙って夏侯惇の言葉を聞いていた。夏侯惇は尚も続ける。

「お前は、何も考えなくていい。只管に敵を掻き回せ。ただ、噂では袁紹軍の先鋒に顔良がいるそうだ。居なければいいが、居た場合は気を付けてくれよ。それに」

「それに、何だ」

「劉備が袁紹に降ったという噂もある」

劉備。という事は、関羽もいる。一度、道を重ねた相手と、刃を交える。

「客将である以上、まさか前面には出て来ないとは思う。それに袁紹も心底劉備を恐れている。狭い奴だからな」

「そうでありながら、劉備を迎え入れた」

「曹操に勝つ為に、やむを得ず迎えたのかもしれん。だが奴は慢心で満ちている。もしかしたら、孔明とやらが上手く言い包めたのかもな。劉備の考えなぞ、見え透いていると言うに」

張遼は何も言わなかった。武しか頭の無い自身にも、察しはついている。

「奴等、袁紹と曹操軍の疲弊を狙って、一気に潰すつもりだ。内部から食い荒らすつもりだろうよ。郭嘉が既に対策を練っている」

「厄介なのは、劉備か」

「そうだろうな。良い具合に自身には被害が及ばないよう、袁紹を使い捨ての盾にしやがった」

「やはり、孔明か」

「多分な。奴が劉備軍に来てたからというもの、闇にも似た雰囲気が奴等から感じられる様になった。只者ではないぞ、あいつ」

夏侯惇の呟きには答えず、張遼は、剣を振るった。迷いのある、剣。

それで、戦わねばならない。

「これより進軍の準備をする、とだけ伝えておいてくれ」

張遼はそれだけ答えると、再び剣を振るった。


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