性根
「孔明先生。孔明先生」
魯粛が声をかけると、孔明は「何でしょう」と相変わらずの不気味な笑みを口元に浮かべて振り返る。心細い様子は微塵にも無い。
図太いというか何というか。
またいつもの事か、とでも察したのか、孔明は再び背を向ける。
羽を伸ばしているのだろうか。随分と身軽な格好だった。地に白い素足を投げ出し、結んだ髪は解かれている。消えかかる炎の様な細く長い動きで、髪が風に靡いていた。
白い足が太陽に照らされ、妙に眩しい。腰丈程に伸びた草は、座れば肩まですっぽりと覆ってくれる。
しかし、白い。
孔明を横目に、改めてそう感じざるを得なかった。
一方、魯粛は土色だった。
並んでみると、どちらも死体の様だった。
孔明が病気で、魯粛が戦場で死んだ兵士、とでもいった所だろうか。
黄河の流れが、いつもよりも緩やかだった。
「次は、何をなさるのでしょうか」
「周瑜殿が、ですか」
魯粛は頷いた。周瑜の孔明への対抗心は岩の様に固い。この程度で終わる男じゃない。
「さあ。開戦も近いので、武器か何かを調達して来い、だったりして」
「ありえますな」
魯粛は大真面目に肯定した。
「まあ、何でも構いませんが。私は私で、徹底抗戦致しますから」
そう言う孔明の顔にいつもの笑みは無かった。にたにた笑っても良さげなものだが、すっかり真顔である。
「何でも良いですが、正面衝突だけは避けて下されよ。私の立場が無くなってしまいます」
「それはしませんよ。魯粛殿以前の問題で、我等劉備軍として呉を敵に回す訳には行きませぬ」
白い素足が宙に上がった。孔明がするとは思えなかった、少し行儀の悪い寝転び方だった。
「おや、孔明先生ともあろうお方がそんな寝転び方をされるとは」
「そうですねえ。向こうでは報告だの資料だの、常に誰かが出入りしているので、こんな朝から一人で草の中に行儀悪く寝転ぶなんて出来ませんからね。いやあ、贅沢贅沢」
大の字に寝転んでいる孔明を魯粛は見下ろしていた。
普段は不気味だと思っていたし、実際呉の者も大抵は孔明を不気味な男と言って恐れている。実際、結構不気味だ。
しかしこうして見ると、やはり中身はただの男であった。頭脳云々は置いておく。
「先生は荊州出身でしたな。荊州では何をされていたのでしょうか」
「晴耕雨読」
「まあ、ですよね」
「あとは土いじりぐらいしかしておりませんよ。そんな各地を転々として人に説いて、なんて体力だけを消費する行為なんてしていませんからね」
「成程」
ただの男というか、言い方は悪いが暇人と言うか。
その時だった。
「孔明、周瑜が呼んでおられるよ」
力無い声に振り返ると、青ざめた顔の諸葛瑾が立っていた。
「来ましたね」
孔明はにやりと笑うと、立ち上がった。




