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貔貅乱舞  作者: Xib
其の六 火中から命あり
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偶然も偶然だった。

何気なく外を彷徨いていただけなのだが、周瑜の幕舎から聞こえてきた声に、何となく興味をそそられたのだった。

気付かれぬよう、頭を覆うように衣を被り、闇に紛れて幕へと近付いてゆく。普段着ている黒い衣は、夜という闇には見事に溶け込む事ができ、こういう時に役立つ。が、色素を失った長い白髪は闇でも目立つ。しかし髪色はもう、どうしようもなかった。何故自分だけ白髪なのか考えた事もあったものの、流石にそればかりは何も思いつく事もなく、治す術も無く、まあいいか仕方ない、と結局そのまま放ったらかしている。

しかし、この白髪、案外欠点が多かった。今の様に闇が相手では目立つ。なので隠れる事も出来ない。更には、白髪の若者なんて早々いない。だから、この髪が特徴になってしまい、敵が容易に自身を認識する事が出来るのだ。こいつが、諸葛亮だと。

勿論絶好の的である。

戦う術は身に着けてある。関羽や趙雲の手ほどきを受けた分、多少の技術はある。とはいえ、所詮は軍師である。彼等本物の武人には到底足元にも及ばない。

やれやれと言うべきか。武人無くして文官は成り立ってはいられない。

ああ、考えなければ良かった、と孔明は一瞬後悔した。何せ、敵陣に一人で乗り込んでいるも同然の今である。頼る武人などおらず、頼る事が出来るのは自身だけというこの危機的状況では、多少は関羽、張飛、趙雲やらを思い出してしまう。

考えるな、と自分を叱咤し、現実に戻る。幕のすぐ傍に片膝を立てて座り込み、耳を当てた。小さい声であったが、なんとか聞き取れる。その内容は、眉をしかめるものだった。

劉備が、来る。と。

それが事実なら、劉備配下の孔明に伝わってもおかしくない筈である。しかし、今の孔明はそれを知らない。今この時決めたと言うなら、なんとかまだ使者が来ていないだけとも取れるが、話の内容からしてどうも少し前に決まった事らしい。

誰かを介して劉備に伝える事も考えたが、生憎今は適任者がいない。そうなると、劉備自身に任せるしか無いのだがどうにも不安が残る。

あの男は確かな器量がある。才もある。だが、やけにお人好しなのである。あの顔で。

内容は不明だが、そのお人好しな所を突かれては困る。せめて関羽あたりを連れてきてくれれば良いのだが。

不安でささくれ立つ孔明の心は、子供を心配する親の様であった。今、劉備が消えてしまったら、困る。

「劉備殿を宴会に呼ぶ間に、お前達は」

周瑜の声がはっきりと聞こえた。外に出てきた周瑜が、こちらに近づいている。

慌てて身を隠すと、丁度孔明の立っていた場所に周瑜は足を止め、背後にいる黒づくめの男共に指示を始めた。

警戒しているのか、残り香でもあったのか、はたまた偶然か、周瑜は聞き取れない程の小声で指示を出し始めた。詳細は不明だ。それでも男等に出している指の向きや動きで、襲撃するであろう事は察せられた。

「ちょっと、本気ですか」

黒づくめの男の一人が声を上げた。どこかで聞いたような、初めての様な、記憶を掻き回す声だった。

「本気だ」

「それで私が指示役ですか」

「本気だよ、谷利」

谷利。その名を聞いた途端、掻き回されていた記憶が、規則正しく並び替えられた。確か、此処に来た時にちらと見た事があった。細身で頼りない身体の男が、兵卒達と焚火を囲んで飯を食っていた。「谷利」と敬称も無く呼ばれていたことから、身分はそれ程高くないと推測できた。

「孫権様が指示なさったんですか」

「いや、孫権は指示していない。許可をもらったに過ぎん」

「じゃあ何故私なんですか。私は孫権様おつきの兵卒でしょう」

谷利の方は明らかに不機嫌だった。いや、孫権に対する忠誠、不安が渦巻いている。

いずれ何かに、使えるかもしれない。

そう思った孔明は、谷利と言う名を脳裏に刻んでおいた。使えるのは、忠誠心の低い者だけではない。高い者も使える。

思わぬ収穫よ、と思いつつ、闇夜に紛れて周瑜の会話をじっと聞き続けた。



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