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貔貅乱舞  作者: Xib
其の六 火中から命あり
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地の風

「季節風でも味方につけておけばいいのさ」

相変わらずどこか捻くれた言い方だが、陸遜は確かにそう言った。

「そんなものがあるのか」

「あの近辺の人間にとっては常識」

正座する呂蒙に対し、陸遜は鎧のまま胡座をかき、頬杖をついていた。夜は冷える。目の前の焚火が、身体を赤く染めていた。

「悪くは無い案だな。だがいつ吹くかは分からんし、吹く前に開戦しなければ曹操も退いてしまう可能性があるよな」

「あの自惚れ男が退くかどうかは知らないけど、向かい風吹くのは危険な証拠だしね。自惚れ過ぎてて頭空っぽになっていれば良いのになあ」

陸遜が天を仰いだ。つられて夜空を見上げれば、憎いほど綺麗だった。星占でも出来れば、また別の事でも考えられるのであろうが、あいにく呂蒙は星占術についてはほんの少し齧った程度で、本物の星空を見てもそこから何かを推測出来る程の知識を持ち合わせてはいなかった。

「早く事態が落ち着けば良いのだが。兵も疲労するし、地は荒れる。戦とは厄介なものだ」

「よく言えるもんだね、その口で」

「それぐらい良いだろう。私自身、戦に生かされているのは嘘では無いがね」

戦があるから出世する。戦があるから食べていける。戦があるから、地は豊かになる。そんな戦の恩権を直に受けている自身が、戦をしない事を望むのは、それこそご都合主義に思える。

だが、秩序の為に戦をしている。少なくとも、それが根源として、等しく根を張り巡らせている。その為に戦をする。

随分と上手い話だな、と呂蒙はぼんやりと思った。心の霧は全く晴れないが、それでも大筋はぼやけて見えた気がしたのだった。

「で、季節風の話だけど」

陸遜の声に、我に戻った。目の前では絶えず業火が黒い煙を吐き出している。

「うむ」

「使えさえすればこれ以上に強い味方はいないね。こちらは追風、あっちは向風。火で料理したら沢山炙れるよ、面白そうだね」

「あまり笑えない冗談だがな」

「一応季節風については、ある程度予測は出来るけどぴったりに来るかどうかは完全に運だね。それに、ただ吹いても被害は大した事にならないだろうし。

はあ、大舟で一気に押し寄せて来てくれれば曹操様ごと丸焼きにできるのにね。曹操の丸焼き、幾らで売れるかなあ」

「曹操様の様な御方では、食うこともできんだろうが。塩漬けで手厚く葬られて終わりだろうに」

呂蒙の答えに、そうかあと納得した様に呟いた陸遜は、腕を組んだ。首を傾げたあと、閃いたと言わんばかりに目を見開いた。

「荊州大虐殺もあったし、いっそ塩漬けにした曹操様を荊州の人達に食べさせてあげるってのはどうかな」

「街中引きずり回されて、庶民からは糞尿を投げつけられて終わりだと思うのだが。荊州民の怨みは恐ろしいものがあるからな」

会話しつつ、愚にもつかぬ雑談よ、と呂蒙は自身を嘲笑った。それに付き合っている事に、謎の満足感を得ている事には嫌気がさすが、悪い気分では無い。

「大体塩漬けって美味いのか微妙じゃないか。適量じゃないんだぞ」

「少量にして食えばいいんじゃない。ほら、出汁にもなるし、それに塩たっぷりなら暫く節約できるでしょ」

「それはそうだが、ちまちま食べていては腐りそうだ」

「じゃあ宴会の時とかどう。折角だしいらない頭蓋骨は盃とかにして」

やけに楽しそうな陸遜を、呂蒙はまじまじと見つめていた。この男、そういう所の発想は良い。それに、陸一族と孫一族の因縁、他色々あれども下野する事も無く仕えている。時々とんでもない毒舌を吐くが。

この毒舌男を孫権が斬ることも無く放っておいている理由が、どこか納得出来た今があった。孫権は孫策とは違う。

「なる程な」

「何が」

いや、別に、と呂蒙は返した。そこで、季節風を改めて思い出したが、口に出す気にはなれなかった。

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