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貔貅乱舞  作者: Xib
其の六 火中から命あり
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何をするのか。一体何を企んでいるのか。

魯粛の心は常に、神に怯えた罪人の様に不安で心が荒れていた。余りにそわそわしているので、「目障り」と甘寧から言われたが、落ち着くほうが無理だった。

「あんまりうろうろしないで下さいよ、魯粛殿。逆に怪しまれますよ」

とうとう陸遜にまで言われるに至った。

「君に言われるとは、相当なんだな」

「ですね」

目の下の隈を擦りつつ、陸遜は頷く。無頓着で興味関心が殆ど無い陸遜は、策には敏感でも、人には鈍感だった。特に人の異変に対しては度々孫権や周瑜を苛々させる程に関心を持たないのだが、逆を言えば、その陸遜でさえ気づくということは、ほぼ全ての兵が異変に気付いているという事だった。

自重せねばなるまい、と魯粛は自身を叱咤する。

「しかし、心配なのだ。あの周瑜、本気で孔明殿を潰すつもりだ。ああ、そんな事をしたら。今劉備と争っている場合では無いと言うに」

「へえ、そんな事になっていたんですね。ちっとも知らなかった」

「お前は興味を持たなさ過ぎだ」

相変わらずの関心の無さに魯粛は怒りを越して呆れてしまった。どうせ怒った所で、「関心がありません」と無表情で返されて終わりなのは目に見えていた。

「もう少し、世間に関心を持ったらどうだね。周瑜殿も心配しておるぞ」

「ああ、自滅主義なのに、自分の後に就く者がどうのこうの、それで折角見惚れて来て連れてきた人達が、揃いも揃って皆無能であった事に気が付き、悔し涙でも流していましたか」

魯粛は黙っていた。陸遜の天然の毒舌はいつもの事だった。

どうも周瑜は後輩や一部の輩からは評価が悪い。陸遜の様に一族訳有なら分からなくもないが。軍師として、孫権を支える友として、常に支え続けてきた周瑜は兵や武官からこそ評価を受けているが、逆に文官は周瑜を悪く言い、中には背く者までいた。一体この圧倒的な差はどこから来たのか。

そういう魯粛は、別に好きでも嫌いでも無かった。時々振り回される事はあるが、それも周瑜だから、程度にしか思わなかったのである。

だが、今回ばかりは。

その思考を遮る様に周瑜が入って来た。真顔だが、口の端がやや緩んでいた。笑いをこらえている事ぐらいは、それで察する事ができる。

「おお、周瑜殿」

魯粛が反応するや否や、周瑜は「魯粛、魯粛」とどこか弾んだ声で魯粛を呼ぶ。今の周瑜が魯粛を呼ぶという事は、魯粛にとっては不愉快な事であることが予測出来る。周瑜は魯粛の袖を掴むや否や、冷めた目で自身を睨んでいる陸遜には目もくれずに隣室へと引っ張っていく。

壁に阻まれる前に一瞬だけ視線が合った陸遜は、目だけでまあ、頑張ってください、と伝えて来た。他人事め、と魯粛は内心で毒づく。

「周瑜殿。あまり引っ張らないでください、裾が破れます」

「直すか新調すれば良かろう」

「心情は新調だけでは済まされない物があるんです」

「我儘な奴め」

我儘はどっちだよ、と即座に心で返した魯粛を気にする事も無く、周瑜は魯粛を座らせるとひと呼吸おいてから話しだした。

「袁紹を覚えているかね」

袁紹。忘れている訳が無い。官渡の戦いで曹操が袁紹を打ち破った事は、誰もが知っている。

「はあ」

「あいつは何故敗れたと思う」

「そりゃあ、兵糧の」

そこまで言った所で、周瑜の質問の真意が気になった。鳥巣で兵糧庫を焼き払い、供給源を断つ事で一気に優勢に立った曹操。それだけでは無い。軍師の沮授、田豊が投獄され、戦の最中に張郃を始めとした多くの武人が袁紹に見切りをつけ、寝返った。

数々の策が奇跡、偶然を産み、袁紹は敗れ、失意のうちに死んだ。

ただ兵糧が焼き払われたから、敗れたと言う訳では無いのだ。

「策が策を呼び、折り重なって袁紹は敗れましたね」

「随分と曖昧な答え方をするな。直球で良かったのに」

魯粛の解答に不満があったか、周瑜は不機嫌そうに答えた。

「では、解答を」

「兵糧だ、兵糧。鳥巣の兵糧」

ああ、それで良かったのか、と思う魯粛の目の前で、一層不機嫌さを増した周瑜は、明らかに苛ついている調子で「で、だ」とようやく本題に入る兆しを見せた。

「で、何でしょう」

「魏軍の兵糧を焼き尽くしてやろうと思ってな」

周瑜の突然の発言に、驚くどころか思考そのものを疑った。

「は、え、何ですか、疲労で頭狂ったんですか。それとも頭膿みましたか」

「酷い言い様だな、君」

がくりと周瑜は肩を落としたが、咳払いすると「まあ、無茶なのは分かっておろう。そこだ、そこ」と意味有り気に周瑜は言った。


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