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貔貅乱舞  作者: Xib
其の伍 水面、紅きに
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予兆の波

周囲が、ざわめいている。

「あの諸葛孔明が来てるんだとよ」

「今、孫権と周瑜と、あと誰だったか、面会しているらしいが、やはり今回の件なのかね」

「魯粛が説得して連れてきたって噂だぜ。けどもあの魯粛だって知っていただろ。周瑜が日頃から、孔明に警戒心を抱いていたって事。まさかとは思うが、秘密裏に俺達が駆り出されたりなんて事は」

嫌でも入ってくる、兵士の会話。何処かで諸葛孔明、その人を見た兵が騒ぎ始めたらしい。

訓練の邪魔だ、太史慈はそう怒鳴りたかった。だが、今回は一大事である、怒鳴ってもどうせ元に戻るであろう事は火を見るより明らかであった。なので、一応は黙っておく。

剣を振るう。剣の光は、そのざわめく空気さえも斬る。しかし、有形物である刀では無形の空間の再生力には叶わず、空気は斬った側からざわめきを繋いで傷跡を瞬時に修復してしまった。何度斬っても、無形は何処からともなく自身を呼び寄せ、何度でも修復してしまう。

まるで、この世のものでは無い、得体の知れぬ何かを相手にしている気分に、なった。ふと、こんな物を実際に相手にする事になったら、自分はどうすればいいのだろう、などという疑問が頭に浮かんだ。勿論、勝てるとは思えない。無限の存在を前に、有限の身体を持つ自身は、あっさりと崩されてしまうだろう。

そうなった時、自身はどうなるのか。有無も言わさず、無形に分解されるのか。はたまた、食われるか。この魂はどうなるのか。

飛ぶ事もできず、水に親しむ事も出来ず、土と友好関係を築く事も出来ず、無形を常に背負ったまま、この環境に、老い、病気等と行った形で侵食されてゆく、人間というあらゆる不便と親しい物質で出来た生物は、知識という形でその不便さの中、足掻いてきた。

これからも、足掻き続ける。

言葉通りなら、死んでも足掻き続ける。

剣を収めた。鈍い光は、切れ味の悪くなった証か、と太史慈は思った。近々、研磨せねば。

この戦いがどちらに転がろうと、もう、どうなってもいい。

今の太史慈の心境は、ただそれだけだった。流されてしまえば良い。

この意思に、投げやりの気持ちがあると分かっていても、どうでもよかった。

「騒がしいのはそういう事、あの孔明がねえ」

朱然が歩きがてら、腕を組みながら呟く。

「黄蓋さんとやらは、徹底抗戦を主張しているんだっけか。やれやれ、どっちに転がるんだかなあ」

「そういうお前は、どちらに付く気だ」

太史慈の問に、朱然は迷う事無く「抗戦」と答えた。

「俺は黄蓋さんとやらに賛成さ。だが、最後は孫権に任せておきたい。これでも俺は孫策の事は良く知っているし、孫権も長い間、ずっと見続けてきた。君主としての器ってものがあるのなら、俺は孫権の器に賭けるよ」

太史慈は黙っていた。

自身は、朱然にはなれない。そう、理解したのだ。朱然の言葉には、孫権への信頼を感じるが、それ以上、更に何か、太史慈には分らない何かが含まれている様な気がしていた。

自身には、そんなものは無い。もしかしたら、孫策にはあったかもしれない。だが、孫策は死んだ。

死人に対しての感情など、今更整理しても無駄な事だ。

ふと、背の方から声がした。

「早く結論を出して欲しいものだ。胃が痛くてたまらん」

「少し休んでなさいよ。弱いわねえ」

胃が痛い、と腹を押さえているのは呂蒙、という人物であった。その呂蒙を支えながら歩いてるのは甘寧である。

「呂蒙、また腹痛か。薬飲んだら」

朱然が駆け寄り、青ざめる呂蒙の顔を覗き込む。呂蒙はというと、青ざめた顔をしながら老人の様に身体を丸め、指を食い込ませる勢いで、甘寧の右腕を握っていた。

「だ、大丈夫なのか呂蒙殿は」

「いつもの事よ」

太史慈の問に、甘寧はあっさりと答えた。呂蒙の食い込んでる指が痛いとは思うのだが、甘寧はその素振りを見せる事も無く、笑って肩を竦める。世話が焼けるとでも言いたげだったが、それは口には出さなかった。

「今回は陸遜辺りが主導権でも握るのか気になる所ね。やけにやる気だったし」

陸遜が。陸遜は太史慈も見た事はあるが、何せ関わる機会が殆ど無く、姿を遠くで見た程度だった。大人しそうな顔付きで、若々しさはあまり無い人物だったことは記憶にある。逆を言えば、それぐらいしか特徴がなく、普通の兵に紛れてしまえば見分けのつかない地味さだった。

「転がる先は知らないけれど、些か不安が残るのよね。戦しようと、同盟結ぼうと」

甘寧は腕を組み、不安気に呟いた。不穏な風は吹かなかったが、心の深淵、自身でも気付かぬところに、怪しく風は吹いた。


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