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貔貅乱舞  作者: Xib
其の壱 虎と龍
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青龍、血を求むる

二人共に、緊急手当を受ける。

夏侯惇の傷は、想像以上に深かった。その中、夏侯淵は冷静に、素早く指示を出す。

夏侯淵の冷静な指示は的確で、直ぐに夏侯惇の右肩は固定された。

その後、安静にする様、医師らしき人物から告げられた。

夏侯淵はその間、一時も離れず側にいた。その夏侯淵が、汚れた包帯を片付けながら、

「兄上、惜しかったですな」

と笑みを含めた表情で言った。

「何がだ」

「太史慈の事ですよ。双斧が兄上の肩に刺さらなければ、首を討てた筈」

「覚えていない」

「斧が肩を斬った瞬間、兄上の剣は僅かにずれたのです。結果、首では無く、胸元を斬った。恐らく、命に別状は無いでしょうな」

「戦場に惜しいも何も無いだろう。あるのは斬ったか斬られたか、それだけだ」

「だとしたら、兄上は斬った」

「いや、斬り損ねた」

「なら、太史慈も斬り損ねた事になります」

「その通りだ。子義も、斬り損ねた。俺の、首をな」

話している間、夏侯惇はただ一点を見つめていた。事実、夏侯惇は、何も覚えていない。手応えを身体で感じた、その先から何一つ覚えていないのだ。

だが、何かが闇から浮上して来そうな気もしていた。覚えておらずとも、目は捉えていた。その瞬間を。

黙って一点を見つめていると、突然、夏侯淵が笑い出した。

「何が可笑しい」

「あの時の兄上、何時もより目に活気が満ちておられた。今漸く、その意味を理解した気がします。俺も、一度手合せを願いたいものですな」

「止めておけ。お前では斬られるだけだぞ」

「さて、それはどうだか」

二人の視線が合う。夏侯淵は、笑っていた。恐らく、自身も笑っている。

自身の事でありながら、他人の様に、夏侯惇には思えた。

その時であった。大地を揺るがす程の、轟音が響き渡ったのは。


「何だっ」

外の轟音が聞こえるや否や、太史慈は飛び出そうとした。それを凌操が「お前は馬鹿か」と押し止める。

「止めるな、凌操」

「馬鹿者。お前は負傷者だろうが。俺が様子を見てくる、お前は安静にしていろ」

怒る様に言うや否や、太史慈の肩を押し、凌操が飛び出して行った。凌操の姿が太史慈の視界から消えた途端、再び轟音が響き渡る。

胸騒ぎに耐え切れず、太史慈は起き上がった。傷が痛むが、敢えて無視をした。僅かに見える外の景色から、煙が立ち上っているのが見える。

一体何が起きた、と思う前に、凌操が駆け足で戻って来る。太史慈の前に膝をつくや、

「袁術の城に、煙が立ち上っている。何かが起こっている様だ」

と息を切らしながら報告した。

「何だと」

太史慈はそう言うや、尚も押し止めようとする凌操の手を跳ね除け、駆け足で幕舎から出る。

確かに、白煙が立ち上っていた。

「あれは一体」

白煙を見つめる太史慈の後ろに、凌操が立った。凌操は眉を顰めながら、太史慈と白煙を交互に見た。

「俺にも分からん。だが、この近辺には劉備軍がいた筈だ。嫌な予感がする」

劉備軍。そうだ、と太史慈は思い出した。出発前、孫策から、「劉備には用心しろ」と言われていたのだ。

「凌操、お前は、劉備軍の仕業では無いかと思っているのだな」

太史慈の問に、凌操は頷いた。その動きを見ると、太史慈は馬を呼び寄せる。そして、跨がりながら、

「凌操、行くぞ」

と後ろで不安の色をありありと浮かべる凌操を叱咤するように、声を掛けた。

凌操はそれに少し驚いたのか、一瞬固まったが直ぐに手を伸ばす。

「ま、待て太史慈。お前、まだ」

「大した傷じゃない。この程度の痛み、慣れている」

凌操は背後でぶつくさ言っていたが、止められないと悟ったか、大人しく馬に跨った。

二人共に、同時に駆ける。

袁術の城の近くまで寄った瞬間であった。突然、目の前が爆発し、大量の砂が太史慈と凌操に降りかかる。

爆発に驚いた馬が嘶き、前脚を上げた。二人共に体勢を崩し、落馬する。

「く、俺とした事が」

太史慈は直ぐに顔を上げる。すると、爆煙の向こう、紛れながらも誰かがいるのが確認出来た。

その者は、陽炎の如く揺らめいている。ふと、その者が腕を上げた。手に、何かが握られている。

それを一閃するや、爆煙が一気に晴れ、その者の姿が露わになる。

その者は、誰だか太史慈には一目で理解出来た。孫策の読みが当たったか、と内心舌打ちする。

握っていたものは、間違いなく、冷艷鋸と名付けられた事で有名な青龍偃月刀であった。翡翠の如き鮮やか、且つ冷酷な色彩が、荒野と化した大地に君臨する。

身の丈九尺の偉丈夫が、二尺程の美髯を風に靡かせ、堂々と立っていた。

──関羽であった。

関羽は、二人に背を向けたまま、突っ立っている。しかし、凌操の呻きに気が付いたのか、肩越しに振り返った。

「無様な姿よ」と鼻で笑う。その声は龍の如き荘厳さを持ち、畏怖の念を与えるものであった。

「死に損ないが二人、いや、紛れ込んだ虫が二匹、か」

「誰が、虫だ」

関羽は凌操の言葉には答えず、再び前を向くと呟くように告げた。

「火傷には、気をつけ給え。我は今、袁術のみ用がある。貴様等に用は無し、よって此処で斬る意味も無かろう」

「袁術に、何用だ」

「棺を届けに来たに過ぎぬ。奴の命運も、此処で終わりよ。其処で黙って見ておるが良い」

その言葉が合図となったかの様に、影に紛れて直ぐ側に、緑の外套を身に纏った男が現れた。

「御苦労。首尾はどうだ」

関羽が声をかけると、男は直ぐ様、血で紅く染まった槍を差し出した。それを見るや、関羽は一つ頷いた。

「ふ、趙雲。兄者にも報告せよ」

趙雲、と呼ばれた男は、その言葉にも何の反応も見せず、再び影の様に消えていった。

「袁術、此処に討ち取ったり。杯の頭が、また一つ」

関羽が、青龍偃月刀を宙に掲げた。切っ先が、陽の光を受けて淡く輝く。

それは、袁術の死を歓迎していた。

「ま、待て、関羽」

「貴様等の命は置いておこう。これから、役に立って貰わねばならんのでな」

どういう意味だ、とは聞けなかった。夏侯惇から受けた胸の傷が、激痛を伴い始めたからだ。

「天と地の上、人は無し。狭間に彷徨う愚者共を、等しき地に我等が導く」

その言葉が、太史慈の耳に届いた最後の言葉であった。


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