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貔貅乱舞  作者: Xib
其の伍 水面、紅きに
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紅き水

「名目上は負けた、という事で良いんだよな」

「名目上も何も、完全敗北だろ。民は虐殺され、血の道が出来た。張飛が食い止めたから数としてはまだいいものの、食い止めなかったらどうなっていた事やら」

長坂橋の件は、直ぐに呉へと伝わった。その後、上手く逃げ切った劉備は陶謙と結び、曹操軍を散々に追い散らした事も、伝わっている。

「この後どうなると思う、太史慈」

「知らん。だが、今は江夏にいるんだろう。曹操軍も戦の準備をしている。恐らくまた戦だろう」

孫権は日和見を決め込むのだろうか、と太史慈は思った。それか、この機に乗じてどちらかに付くか。曹操か、劉備か、どちらの色に染まるのか。何にせよ、そうなれば、ここで孫権の目が試される。生と死、どちらかに呉を導く事になる。

戦なあ、と呟いた蒋欽は、そのまま仰向けに寝転がった。雨上がりの大地は、土臭い匂いを放っている。

天は晴れている。生温い風が、服の隙間から入り込んで来た。

戦。

生きる意味。

暇になると、そんな事を考える日が増えて来た。雑念ではあるのだが、この雑念だけは、斬り捨てようとは思わない。寧ろ、自身の存在の証として、死ぬまで保存しておこうとすら、思える。それが数少ない存在価値なら、それで良い。

青い空は、全てを見透かす。だが、その存在に感情というものは無い。存在は存在するだけなのだ。

「全く、ぼんやりしちまうよな。何やってるんだろう俺、なんて思ったり」

蒋欽の呟きは、はっきりと聞こえていた。自負の念に駆られているようにも、現実を嘆いている様にも見えていた。

仕方のない事だ、とは思ったものの、口には出さずに目を閉じる。今、先は不透明だ。孫呉の危機、にもなり得る。

ふと見ると、見慣れぬ姿をした男が道を走っていた。この近辺は、宮殿への道ではあるが警戒態勢は緩い。だからこそ、怪しい人物でも軽く通り抜ける事が出来る。

その代わり宮殿は厳重な警戒態勢に置かれている。不審者は早々通さない厳しさで、下手をすれば殺される可能性さえある。

まあ、そこで尋問なり何なりされるだろう、と太史慈は見て見ぬ振りをした。関わるのは自分達ではない、宮殿の兵だ。

「ふう」

息を小さく吐く。あの男が少し気になっていた。時期も時期だ、同盟の使者だったりなんて事は無いのだろうか。だとしたらそれがこそこそ来るのには違和感があるが。調べようにも、下手に目をつけられては何を言われるか分かったものではない。

「どうしたんだ太史慈、ぼけっと林の方なんか見てさ」

蒋欽には、太史慈が林を眺めていると思えたようだ。横目で問いかけてくる。

「いや、先程の男が気になってな」

「そんな奴いたか」

蒋欽の声は嘘を付いているとは思えなかった。本気で驚いた様子で、周りを見回している。

「お前は見てなかったのだな。それで良いだろう」

「とは言われても、状況も状況じゃないか。普段よりやけに気になるよ。俺だってさ」

曹操と劉備、その二者の存在が気にかかるのは何も、太史慈だけでは無い。蒋欽、凌統、陸遜、呂蒙。その誰もが、出会う度に口にする。最近では、かつて黄祖の配下として剣を交えた甘寧も、今は部下ごと孫権の元に下り、水軍を率いる立場になっている。

父親を甘寧に殺された事から凌統とは一悶着あったのだが、何とか孫権が宥めたらしく、大事にはならなかった様ではある。だが、明らかに二者は対立していた。

というより、主に凌統が嫌悪感を露わにする。甘寧の方は割とあっさりしており、凌統相手でも普段通りの振る舞いだった。凌統を除く他の者とも上手くやっている。

言動は相変わらず首を傾げたくなるのだが。

「嫌だなあ」

ふと、蒋欽が不満気に呟いた。

「嫌か」

「ああ。俺は嫌だ。こういう緊迫感というか、なんというか、目の前に拷問具がある道を進まなければいけない、この状況が嫌だ」

「馬鹿を言うな。国が巨大化すれば、嫌でも針の上を渡らなければならない」

「針の上ならまだ良いよ」

蒋欽は不満気に呟いた。



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