探り合い
褒美と聞けば、大抵の兵の士気は上がる。それ程に兵士というのは単純なものだ。
それが決して敵わない存在でも、関係なく士気は上がる。それを上手く使うかが、君主としての器量の一つなのかもしれない。
「行け。張飛を討て」
曹操の号令に合わせ、一斉に兵が橋を渡りだす。橋が激しく揺れ、例の悲鳴を上げるものの、橋は切れない。寧ろ、兵の咆哮に橋が歓喜している様にすら思えた。
「物好きだなあ」
李典が感心の声を上げる。
「物好きなのかなあ」
楽進が呆れがちに答えた。しかしその状況を面白がっている様にも見える。とにもかくにも、兵士達はここぞとばかりに張飛へと突進し、各々の武器を振り上げる。
恐らく討ち取られるであろう。その予想は、曹操でなくとも容易についた事だった。
「雑魚ばっかりかよ。てめえ等なんざ、俺の一撃でどうとでもなるわっ」
だろうな、と曹操が呟くまでもなく、早速一つの悲鳴が上がった。赤い、見慣れたものが舞う。もう見慣れすぎて、驚きも何も無い。唯、道具が一つ、使い物にならなくなった、という認識だけはあった。
兵をいたずらに失いたくはない。兵の一人や二人、消えた所で継ぎ足すことは出来るが、こんな余計な所で潰すのは後々困る事だった。
「俺が行く」
遂に許褚が痺れを切らしたか、馬に乗った。
もういいや、行ってしまえ、という声が背後から聞こえる。殺到する兵を見て、許褚が突っ走ってもまあ綱は切れないだろう、と判断したのだろう。
許褚が駆ける。途端、橋が今までにない軋みを鳴らした。流石許褚である、あの巨体は流石に厳しい所があった。
「貴様、よくもまあさっきまで罵倒云々と」
「乗るお前もお前だろ。阿呆か」
などと何やら低脳だとも思われそうな言い合いをしつつ、許褚と張飛が槍を交えた。力自慢の者同士だ。金属の打ち合う音は甲高く、そして鈍い。
しかし、と夏侯惇は首を傾げる。背後の狼煙、旗その他諸々、動く気配は無い。それに、今戦っているのはこの通り張飛だけである。張飛の手を逃れた者を徹底的に叩きのめすつもりなのか、それかまた別の策があるのか。
はたまた、あれは偽物の兵なのか。考えても仕方無い、といえばそれまでだが、仕方無い、が命取りになるのが戦である。
「あれは、偽物かもしれませんね」
郭嘉が呟いた。いつの頃からか、郭嘉が呟く時、目が鋭く光る様になっていた。その方が、妙に説得力がある。
「ならどうする。このまま張飛を無視して突っ込むか」
「それも一つの案でしょうね。ですが迂回路の地形、この橋といいあまり信じたく無いのですが、挟撃の可能性も」
などと言っている最中だった。遠く、恐らく殿の方から、ただならぬ状況に置かれ、慌てふためく兵、そして馬のいななきが聞こえ始めた。
考えられるとしたら。
挟撃。
まずい、ということは想像がつく。面倒だ、と同時に思った。
既にざわめきは戦のものへと変わっている。夏侯惇は慌てて殿の方へと駆けていった。




