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貔貅乱舞  作者: Xib
其の参 理想と現実
21/74

貫禄と清らかさ

先鋒は、凌操だった。

それが、太史慈の不安を、余計に掻き立てている。何となくではあるのだが、嫌な予感がしていた。

凌操は勇将ではある。無論、武力もある。今までも、様々な戦場を駆け回ってきた。

だが、駆け回るのは一瞬、死は永遠。今まで駆け回った時間も、死に比べれば数秒にさえ過ぎないのだ、と思うと余計に不安が募る。

「太史慈殿」

背後から、まだ幼さの残る若々しい声が聞こえた。

「どうした、凌統」

「父上から、心配はいらぬ、との言伝です」

凌統、と呼ばれた若者はまだ若々しい、澄んだ瞳で此方を見る。

凌操の息子であり、今回が初陣となる。歳は、十五。それ相応の丸みを帯びた顔つきに、生き生きとした声。

こうして子供の姿を改めて見ると、太史慈等大人が、どれ程戦場を駆け回り、学び、悟り、そして生気を失っているのか、改めて考えさせられた。

「父上は勝ちますから」

「息子のお前が言うのだからな。そうかもしれぬ」

今は、何も考えない方が良いだろう。太史慈はそう思う事にした。

それにしても、だ。

「いやあ、久々の戦場戦場。この緊迫感久し振り。生きるか死ぬか賭けの勝負。いやあ、怖い怖い」

楽しんでいるのか恐れているのか、今一はっきりしない言葉を発しているのは蒋欽だった。それを見かねた周泰が、黙れと言わんばかりに蒋欽の頭を馬の首に押しつけたのを、太史慈は見た。側では蒋欽の部下が苦笑いしている。

兵も、生き生きしている。

戦に恐怖を抱く者は少なくは無い。突然逃げ出したり、何かに取り憑かれたかの様におかしくなる者もいる。

だが、戦を自身の居場所と決めた者も、戦を楽しむ者もいる。混沌とした感情が、戦では渦巻く。久しく戦の無かった今、その感情が分裂を招く危険があった。暫く休止でいたからこその、恐怖がある。

この苦笑いに、見えぬ混沌が渦巻いている。それを太史慈が見分ける事は出来ないが、警戒する必要があった。

先鋒の凌操の姿は、既に見えない。が、遙か先から声が聞こえる事から、奮戦している様に思えた。

「たかが黄祖の軍さ。前、身一つで敗走してんだ、兵もまともに集まっていないさ。何、俺達なら勝てる。黄祖、今度は取り逃がさんようにしないとな」

などと蒋欽は意気込んでいる。

早々負けたりはしないのだが。

此処にいる兵が、全員無事で帰れる、ということはまず有り得ないことだ。今、笑っている者もいる。祈っている者もいる。

その者に等しく、死は降りかかる。それが誰かは、結果のみが知る。

「お前等。儂等も出るぞ。凌統、お前はあまり出るなよ。若気の至りは死に繋がる。そして儂等が困る」

後ろの方から、一人の男が馬に乗って近付いてきた。

やや老けた顔が特徴的な歴戦の勇士、黄蓋。孫堅の時から仕えていた忠臣であり、今も変わらず孫権に仕える老将である。

「どう困るんです」

凌統の疑問に、黄蓋は口元に皺を寄せて答えた。

「老後の面倒は若者が見るんだよ」

「それってつまり」

「学問にもあったろ。老人は敬えと」

凌統は顎に手を当て、俯いた。少しして、その姿勢そのままに、顔を上げる。

「それ、拡大解釈していませんか」

黄蓋は豪快に笑った。それ以上答える気は無い様だった。

背後から、黄蓋の兵が歩いてくる。黄蓋兵の一糸乱れぬ足並みに、洗練さを感じたか、他の兵は黙って道を開けた。

「蒋欽。太史慈。凌統。用意は出来ておるか。いざ、我等の心、駆けん」

先頭に立った黄蓋は、馬に鞭打つや風の様に駆けていった。その後を太史慈が追う。追いがてら、駆ける黄蓋の背に声をかける。

「しかし、黄蓋殿。作戦でもあるのか」

「無い」

黄蓋は馬を止め、きっぱりと言い切った。  

「ある訳なかろう」

「なにもないまま、突っ込まれるというのか。無謀では」

「老人は無謀が好きでね。物忘れも激しくなった今、策なんて覚えられんよ」

相変わらず豪快な笑いをする黄蓋に、そういう問題じゃ無いだろうという視線を向けた後、先程から立ったまま此方を眺めているとある男へと視線を向けた。

男は太史慈に視線を投げられるや青い顔をし、俯いた。手に持った書簡が今にも落ちそうになっている。

「おお、諸葛瑾や。爺でも覚えられそうな、簡単な策は無いかの」

諸葛瑾、と呼ばれた男は青ざめた顔のまま、視線だけを此方に向けている。常に暗い表情をしているこの男の笑顔を見た者は、数人にも満たない程のものだった。

孔明の兄ではあるのだが、弟と違って、狂気的な笑みを見せる事は無い。見下す様な視線も、それどころか言葉への自信も、微塵も感じられない。

性格は似ても似つかない兄弟ではあるが、頭の切れだけはよく似ていた。故に、戦場の危機を救う事もあった。

「無くは、無いですけど」

声まで小さい。太史慈には辛うじて聞き取れたが、黄蓋には聞こえていなかったらしく、「何」と聞き返される。

「何でもありません」

諸葛瑾はそれだけ言うと、逃げる様にそそくさと殿の方へと行ってしまった。

「何じゃ、聞き返しただけだと言うに」

「諸葛瑾ですから」

口を尖らせる黄蓋に、太史慈は冷静に答える。いつもの事なのだ。

邪念は払うべし。太史慈は、再び戦場へと目を向けた。



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