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貔貅乱舞  作者: Xib
其の参 理想と現実
20/74

灯火、静寂を破る

「孫権殿が内政に長けているというのは、真であったな」

「うむ。しかし、戦が無い事が、此処まで退屈だったとはな。魏は凄いらしいじゃないか。官途で袁紹を破ったとかで。一方我等は平和に飯食って訓練して寝てる訳だ」

「そういう、駄目人間みたいな言い方止めろ」

「事実じゃ無いか。まさか孫権様、やる気失せたなんてそんな事は無いよな」

目を見開いた凌操に、蒋欽は不安気な表情を向ける。

「俺は困るよ、孫権様やる気失ったとか。下野した方が良いんじゃないかとか、そんな考えが頭を過るんだよ。しないけど」

「冗談でも止めろ、蒋欽。時期も時期だ、もう少し待て。孫権様は忍耐のあるお方だ。今は耐え凌ぐ時期だと、判断したのだろうよ」

それでも蒋欽の不安は収まらないのか、焦れったそうに頭を掻いた。

太史慈は数歩離れた所で、その会話を聞いていた。やはり、武将には不満が募りつつある、と思わざるを得なかった。しかし、孫権がそう判断した以上、耐えるしかない事も知っていた。

今は、下手に進言すべきでは無い。武将程度の脳では理解出来ない苦悩を、孫権は抱えている。

現状、孫権は、孫策が一気に膨らませた領土から出た不満を押えることで必死になっていた。孫策はそれを威圧と武力で押さえつけていただけに、孫策の死による反動は並々ならぬものがあった。

実際に李術が自立を求め反乱を起こし、その波に乗るように孫暠等も反乱の意思を示すなど、孫策や孫権に不満を持つ者が動き出した。

その度に虞翻、陸遜等山越に常に目を光らせていた者達が彼等を押さえ込み、何とか安定を保っていた。

あくまでも、何とか保っていた、である。

今は、安定するまで耐え凌ぐ時期、とは確かに思うのだが。

太史慈は空を見上げる。なんの変哲も無い普段通りの、青空だった。陽の光は嫌に鬱陶しいが、活力を与えてはくれる。

しかし、この活力を発散しきれず、溜まる活力は鬱憤へと変化しつつあった。文官は恐らく必死である為にこの様な事は起こるまいが、戦に生きる武人は、暇を持て余しすぎて鬱憤が溜まりに溜まっているのではないか、などとよく考えていた。

どうしたものか。

顔に影が差した。

ふと、とある事を思い出した。

黄祖。

「そういえば、黄祖は」

孫策の前、敗走した黄祖の姿は鮮明には覚えていないが、必死で逃げていった姿は記憶にはある。

その後の噂は何一つ聞いていない。太史慈に限った話なのかもしれないが。だが、いずれまた、戦を仕掛けてくるであろう事は、容易に想像できた。

何より、武人の身体にも限界がある。近い内に、何か妙な事が起きる予感がしている以上、何処かで発散せねばならない事であった。

「何俯いてんだ、太史慈」

蒋欽が肩越しに声を掛けてくる。

「お前、黄祖の噂は何か聞いた事、あるか」

「ああ、黄祖。懐かしい名前だなあ」

その名を聞くだけで、蒋欽は目を細めて懐かしそうに呟いた。戦が恋しいのか、恋煩いでもしているかの口調であり、そこから蒋欽も大分鬱憤が溜まっている事が予測できた。

「何でも奇妙な軍がいるとか」

「奇妙とは、また妙な事を言う」

「それが、奇妙なんだよ。やけに派手な格好で領内を彷徨きまわって、気が向いたら略奪をする軍がいるんだと」

太史慈には初耳だった。そんな輩が黄祖の部下にいたとは。黄祖の性格上、斬り捨てそうなものだが、何か訳があって斬らないのだろうか。

蒋欽が声を潜め、更に続けた。

「その頭領がまた奇妙でな。派手な羽飾りに鈴を着けているという。で、武に長けているとか。ただ、意味が分からないのだが、その男、女でもあるそうだ。本当、意味が分からないけど」

「最後の言葉の意味が分からん」

いつの間にか凌操も直ぐ側で腰を屈めていた。眉を寄せて質問する凌操に、蒋欽は肩を竦める。

「俺だって良く分からんよ。武勇に秀でている男だが、女って、どういう奴なのかさっぱり想像もつかん」

その噂を聞いた途端、太史慈に悪寒が走った。その悪寒は何から来たのかは分からない。が、出会わない方が良い、という警告が脳内にあった。

凌操と目が合う。凌操は無言であったが、太史慈の僅かな変化に気がついていた様だった。

その時だった。誰かが走ってくる音が聞こえる。

三人が同時に振り向くと、朱然だった。

「黄祖。黄祖」

朱然は繰り返し、そう叫んでいる。

「黄祖が降伏でもしたか」

凌操の冗談めかした物言いに、朱然は首を振って否定した。

「違う。違う。戦だ戦。黄祖討伐、遂に孫権様が決めたそうだ。直ちに出陣の準備をしろ、と触れて回ってら」

「おお、それは吉報」

それを聞くや否や、蒋欽は晴れ晴れとした表情で拳を作った。先程の鬱々とした表情は何処かへすっ飛んだ様だった。

戦か、と改めて思う。勿論、闘志は自身の中で沸き上がってはいるのだが。

先程感じた悪寒は、未だに何処かで燻っていた。


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