表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貔貅乱舞  作者: Xib
其の壱 虎と龍
2/74

幻霧の才、其の道を占う

寿春には、袁術がいる。

孫策から玉璽を奪った袁術は、国号を「仲」とし、自らを皇帝と称した。しかし、不満を抱く者達の反乱により度重なる敗戦を期し、敗戦を切っ掛けに悪政が浮き彫りになり、更には追い打ちの形で飢饉が発生し、今や衰え、滅亡を待つのみとなっていた。


太史慈は、途中、小さな村に立ち寄った。

「これは酷いな」

太史慈は眉をしかめる。目の前に広がっていたのは、何処までも続く荒れ果てた地であった。家は殆どが崩壊しており、辛うじて原型を留めているものも、人の住める様な建物とは思えない程、粗末なものであった。田畑はほぼ手入れされておらず、無造作に伸びる雑草が、必死に生きる人々を嘲笑っていた。

地には、無数の死体が地の上を無造作に転がり、腐臭を放っていた。死体の肉付きを見るに、餓死したと思われる。

生き残っていた住民は、将軍の姿を見るや、慌てたようにその場に平伏し、又あるものは足を蹌踉めかせながらも逃げていこうとした。

「待て。我々は袁術の者では無い」

そう声をかけるや、一部の者は振り向き、頭を上げた。

「なら、貴方様は一体」

「呉の者だ。とある者の動きを追っている。安心せよ、我々は略奪を行わぬ」

略奪、という言葉を聞くや、民は目を見開いた。しかし、行わない事に安堵したのか、漸く微笑を見せた。

死の淵に怯え、尚も生に縋る哀れな者の、細やかな幸福を知った微笑であった。その微笑に底知れぬ哀れみを感じ、太史慈はわざとらしく目を逸らした。

「良いな、略奪は一切許さん。民に手を触れてみろ。某が厳罰に処す」

背後にいる兵に対し、大声で命令する。念の為、同行していた凌操が兵達に再び告げた。

「これで安心であろう。我々を気にせず、先程の続きに戻るが良い」

手で払う仕草をすると、民は感謝の意を告げ、駆け足に戻って行った。

「此処より数里先、曹操軍がいるそうだ。先程戻ってきた斥候から聞いた。間違いない」

背後に戻って来た凌操が、兵達に聞かれまいとばかりに声を潜めて報告する。

「曹操軍は、何をしていた」

「何をするでも無く、村で軍馬を休ませていた。一部の者は丘の上に陣取って袁術の軍を眺めていたそうだ」

眺めているとは、一体どういう風の吹き回しか。挑発とも取れない。

「攻めるのでは無いか」

太史慈が聞くと、凌操は即座に首を振り、「可能性は低い」と答えた。

「兵が少な過ぎる。二百騎程だったそうだ。丘の上に至っては、三十騎程度に過ぎん。幾ら衰えたとは言え、袁術はまだ大量の兵を有している。それに袁術の城は堅固と聞いているし、そこに二百騎で挑もうなどいたずらに兵を死なせるだけだ。曹操もそこまで馬鹿では無いだろう。呂布ではあるまいし」

「それもそうだな。曹操は呂布の様な阿呆では無い筈だ」

これが呂布であれば、陳宮の忠告も聞かず、即座に飛び出していたであろうと思うと、笑いが込み上げてくる。項羽とはまた違う煩悩の塊が起こす事は想像しやすい。

武勇に過信しすぎた獣の、哀れな末路だと、太史慈には思えていた。

そして、袁術もまた、名誉に自惚れている。名誉に自惚れるが余り、辺りを闇に閉ざし、知らないままに呂布と同じ道を辿っている。

その末路は、即ち死になる。それに誰が鉄槌を下すのか、正直傍観していたい気持ちであった。

しかし、傍観は許されない。一国の将に、傍観は許されていなかった。

「行くぞ、凌操」

「応」

声を掛ければ響く、清流の如く澄んだ答であった。己の内にあった闇炎を消し飛ばし、太史慈は駆ける。


暫く掛けていると、一人の男が突然、道に飛び出し、通路を塞いだ。男の身なりから、文官であることが分かる。

「誰だ」

柄に手をかけつつ声を掛けると、「おや、貴方は太史慈殿では」という声が返ってきた。

「如何にも。お前は、袁術の配下か」

太史慈の突き刺す様な声にも、男は怯える気配すら見せず、堂々と「元はそうであったが、今は曹操殿の下におる」と答えた。

「曹操の、だと」

「如何にも。儂は袁渙、呉の者が此処に来ると聞き、此処で待っておった」

「袁渙、だと」

聞き覚えのない名前であったが、側にいた凌操があっ、と声を上げる。

「袁渙。袁術に仕官していた者だ。呂布に敗れた際、死んだと思っていたが、生きていたのか」

凌操の叫びに、兵も「あっ、袁渙だ」と口々に声を上げ始める。そこで漸く、太史慈も一つの噂を思い出す。


建安二年、袁術が呂布に敗れた。その際、一人の文官が猛る呂布を諌めたという。

戦に燃えていた呂布は、その者を斬り伏せたと訊いたが、その文官が呂布の元で仕えている、という噂も微かに広がっていた。

その文官は、袁渙、という名であった。


「袁渙。あの、噂の男か」

「儂は賢者では無いのでな。儂は愚者だ、故に己の才能を潰そうなどとは思わなかっただけの事よ。司馬遷には笑われそうだがね」

袁渙は乾いた笑みを浮かべると、「貴方もまた、袁術に用でもあるのかね」と訊いて来る。

「袁術にもあるが、お前達にもある」

「ほう、儂等に」

「此処で何をしている。袁術を討つ気か」

「ふ、それは夏侯惇殿に訊かれよ。この先の丘に一人、佇んでおられる」

そう言うや、袁渙が動いた。どうやら、通れと言う意味らしい。

「夏侯惇か」

道の外れに佇む袁渙を一瞥すると、太史慈は馬を走らせた。凌操も何も言わず背後に付いてくる。


袁渙は道の外れに佇み、何処か遠い視線を太史慈の背に向けながら、小さく呟いた。

「若き虎、太史慈であるか。奴なら、劉備を」

「やれ、お主も悪よの」

ふと、声がした。振り向くと、袁渙と似た服装をした男が、目尻を緩ませ近付いて来ていた。

「張範」

袁渙の声には答えず、張範は霞と化した太史慈の背を見つめながら、さも愉快げに笑った。

「あの虎、吉にも凶にもなり得るな。全く、面白き漢よ。ふふふ」


創作キャラは登場しません。

史実、演義両方混ぜて登場させます。作者の気分で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ