表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貔貅乱舞  作者: Xib
其ノ弐 栄華の淵
18/74

栄華と死香

曹操軍の成果は大きなものだった。

袁紹に勝つのみならず、思わぬ人材、張郃と高覧が曹操軍に入った事は、曹操にとって大きな意味を成していた。まだ二人は自暴自棄になっている所が見受けられるが、時の流れで何れ、この軍の者として戦うことが出来るだろう。

兵糧を失い、張郃と高覧にも寝返られた袁紹は、河北へと退いていった、という報告を受けた曹操は急ぎ、袁紹軍の本陣まで馬を走らせた。

実際側まで来ると、本陣は静まり返っていた。兵一人おらず、支えを無くした旗だけが、侘しく揺れていた。曹操は抵抗一つない門をくぐる。改めて見ると、本陣はもぬけの殻になっていた。

「逃げ足は早いな」

かがみ込みながら土をいじる夏侯惇の言葉に、曹操は黙って頷く。此処まで綺麗に撤退できるとは、と曹操は内心舌を巻いた。金目のものすら、無くなっている。

気配すら、何も無い。下手をすれば、この羽目になるのは曹操自身であった。

実際には勝った。が、その損害は大きい。改めて無茶をした、と悔やむ他無かった。


「何も無いか、少し調べてみるか。夏侯惇、お前は楽進と武器庫を調べよ。何かあるかも知れぬ」

「承知」

曹操の命令に夏侯惇は一言答え、退室する。

足音と、鎧の擦れる音だけが、周囲に響いている。僅かに聞こえる他の足音は、曹操の兵のものだ。

松明一つなく、人の気配を一切感じない廊下は、日の光を受けているにも関わらず、恐ろしく暗く、冷たかった。人がいないだけで、此処までも空気の圧が違う事を今更夏侯惇は思い知る。

足が妙に重い。怪我をした時の様な感覚があった。足先が、嫌に冷えている。

廊下の突き当りに、半開きになっている扉があった。顔だけ覗かせてみると、中心に剣の刺さった、巨大な机があった。椅子もあったが、全て横倒しになっており、一部真っ二つになった椅子もあった。恐らく、軍議室だ。しかし、何故此処まで荒れているのか、何となく夏侯惇は気になり、足を踏み入れる。側にあった扉を押し開けると、日の光が入り、もぬけの殻になっている軍議室を冷たく照らした。

改めて見回すと、壁に何かが破られた跡がある。床に落ちている紙切れを拾うと、地図であった。その側にはほぼ原型を留めていない椅子が転がっており、竹簡らしき欠片が辺りに散らばっている。

「何が起きたんだ、此処は」

言い知れぬ恐怖を覚え、目を反らすべく立ち上がる。ふと、中心に突き刺さった剣が視界に入った。改めて見ると、豪華な装飾が施されている剣だった。刃には血糊の跡があり、血痕のついた木箱を貫いている。

開けてはいけない、そんな気がせずにはいられなかった。だが、武器庫ではあれど、調べろと言われたのは事実だ。

辺りを見回す。気配一つ無い。思い切って剣を引き抜いてみる。刺さり方が甘かったのか、剣は簡単に抜けた。剣を片手に、木箱を引き寄せる。蓋を開けようと、手をかけたその時だった。風が、背を押した。

背筋に、悪寒が走った。目眩のする勢いで振り向くと、眼前に兜の男がいた。男の手に持った短刀が、夏侯惇の視界一面に映った。

ほぼ無意識だ。右手は素早く短刀を受け止め、間一髪、短刀に刺されずに済んだ。刃の弾く音が響き渡る。

失敗と悟ったか、男は身軽な動きで一つ跳んだ。その跳躍は見事で、並の身体能力では無い事が察せられた。男の、新緑の如き緑に染められた外套が、誘うように靡く。

あの外套は、何処かで見た事がある。ふと、夏侯惇はそう思った。何処で見たか──。

脳裏に一つの光景が蘇る。

燃える寿春。偃月刀を持った、身の丈九尺の偉丈夫が、こちらを振り向いた。

「あっ」

夏侯惇は無意識に叫んだ。男の猛攻を剣で受け止めながら、男の姿を見る。そうだ、思い出した。

「お前、趙雲」

そう叫ぶ間も、男、趙雲は容赦無い猛攻を加えて来る。趙雲の攻撃は全く隙が無く、手が出せない。防戦一方に追い込まれるより他、無かった。

反撃しようとしても、その前に距離を取られ、再び怒涛の勢いで短刀を振り回してくる。その速度は恐ろしく速く、一秒たりとも気が抜けない。

「くそっ、何故此処にいやがる」

夏侯惇は剣を横薙ぎに払った。途端、趙雲が目の前から消え失せた。

しかし、本当に消えたのでは無かった。いつの間にか、すぐ背後に迫っていた趙雲が今まさに、剣を振り下ろす、その瞬間に漸く夏侯惇はその存在に気付いた。

それが遅いかどうか、その時の夏侯惇には判断のつかぬ事であった。


何か無いか、夏侯淵は廊下を調べていた。

が、今の所見つかるものは何一つなく、夏侯淵自身、いい加減諦めようと、道を引き返そうとしたその時だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ