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貔貅乱舞  作者: Xib
其ノ弐 栄華の淵
13/74

仁義の魔王、其の姿を表す

「怯むな。攻めろ、攻めろ」

その声を合図に、兵が次々に乗り込んでくる。

許昌から直ぐ側、汝南。そこでは、劉辟が中心となり、曹操軍に反乱を起こしていた。

「くそっ」

曹仁が片膝をつく。直ぐ側に、首の無い馬が倒れていた。想像以上に、劉辟の軍はしぶとい。最初は大した事ではないと、高をくくっていたのだが、実際は驚愕では済まない程に敵は強かった。

それもその筈か、と曹仁は額に浮かんだ冷や汗を拭う。肩で息をしながらも、眼前に立っている人物を、睨めつけた。

相手は、劉辟と言うよりは──。

「なんでえ、曹仁なんてこんなもんかい」

目の前の人物は、退屈そうに蛇矛を振り回している。睨めつける曹仁よりも、更に恐ろしい形相で、逆立った虎髭が余計にその顔を際立たせる。

「強えと聞いたから、楽しみにしてたってのに。外れか」

曹仁は何も言い返せなかった。周りの兵が、血飛沫を上げて次々に倒れてゆく。血溜まりが、男の通った道となっていた。

劉備軍。今、曹仁の眼の前に立っている男は、劉備軍の中でも関羽に次いで恐ろしいとされる、関羽の義弟、張飛だった。

「何故、此処に劉備軍が」

「袁紹の野郎に、劉辟の救援を依頼されてな。面倒だったが、此処に来たって訳よ」

あまり望んでいなかったのか、張飛は明らかに不機嫌だ。蛇矛を曹仁の首に向けるが、それでも首は斬らず、退屈そうに柄で首を叩いてくる。

首は斬るな、とでも命令されたのだろうか。ふと、曹仁はそんな事を考えていた。

「張飛殿、その辺で良いでしょう。此方は面白いものが捕れましたよ」

「俺に指図すんな」

張飛が蛇矛を肩に担ぎ、声の主の方を向く。同時にまた一人、兵が倒れた。

最悪だ、と曹仁は内心、舌打ちした。元々、死ぬ覚悟は出来ている。だが、劉備に殺されたくは無い。

「おや、曹仁殿、屈辱で顔でも歪んだのですか」

孔明が大鎌を片手に、立っていた。片手には、気を失い、青ざめたままの蔡陽がぶら下げられていた。

孔明にだけは、殺されたくなど、無い。曹仁は黙ったまま、眉を動かした。張飛は目を動かすと、ややあって「ああ」と蔡陽を指差す。

「ああ、それって、蔡陽か」

「そうです。雑兵に混じっていたので、次いでに、と。さて、良い物も捕れたことですし、そろそろ良いですよ。麋竺」

麋竺、と呼ばれるや、血溜まりの中から一人の男が起き上がった。全身血だらけなのだが、それを拭う様な真似はせず、何でも無い事の様に近寄ってくる。曹操軍と同じ鎧をしており、曹仁は今の今まで気付かなかった。

「良くやりました。他の方々も、もう良いでしょう」

「他の、だと」

曹仁が声を上げる。振り向くと、先程まで曹操軍だった兵士が皆、旗を捨て、代わりに劉備軍の旗を掲げた。

「これは一体」

曹仁は驚きの余り、自身が疲れていることも忘れ、蹌踉めく足で立ち上がった。それを見ていた孔明が、口元に笑みを浮かべながら事実を語り出す。

「貴方が率いていた者、皆、私が差し向けた兵にすり替えておきました。糜竺を中心に、ね。最初にいた本当の曹操兵は、今頃井戸の底にでも沈んでいる事でしょう。面白いでしょう。貴方がつい先程まで味方と思っていた者達が、皆、敵だったと言う事です」

「いつの間に」

「さあ。いつでしょうね」

孔明がそこまで言い終わった時だった。曹仁の身体を、震えが襲う。見ると、側にいた張飛も、背筋を伸ばして遙か先を見つめている。

一つの影が、此方に近付いてくる。

全身白銀の鎧に、深緑の如き深い緑の衣を纏い、兜は天に昇る如く生き生きとした龍が描かれている。目は鋭く、矢では済まない程の鋭い眼光を備えていた。

耳朶が肩に付く勢いで伸びており、それがただその人だと言うことを物語っていた。

劉備、玄徳。

曹仁は無言で、眼の前にいる者を見つめた。劉備もまた、鋭い目付きで曹仁を見返す。

「孔明よ」

劉備の声は、尖っていた。鼓膜に剣を突き立てられる様な、抗えぬ者を思わせる様な、何にせよ曹仁には逆らえそうも無い声だった。

「は。何なりと、お申し付けを」

「殲滅は済んだのか」

「勿論、この通りでございます。曹仁、蔡陽を除いて、ですが」

劉備は何も言わず、馬上から孔明を見下ろしていた。孔明もまた、頭を垂れながらも上目遣いに劉備を見る。

突然、劉備が剣を抜いた。同時に孔明も、鎌に蔡陽を引っ掛け、持ち上げる。

何をする気だ、と曹仁は声にならない声で言った。だが、心の内では、既に分かりきっていた事だった。

その後は、一瞬だった。

蔡陽の首が、地に落ちる。

鎌に引っ掛けられた首の無い身体も、地に落ちた。地に落ちた身体を一瞥した劉備は、曹仁を見ることもなく背を向ける。

「行くぞ、孔明、張飛」

「兄者。曹仁はどうするんだ」

張飛の問には、孔明が答えた。

「首は、そのままにしておきましょう。まだ、生きて貰わねば」

三人の背後を、糜竺、そして兵が追う。


曹仁は、そのまま力無く倒れ込んだ。


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