表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貔貅乱舞  作者: Xib
其ノ弐 栄華の淵
12/74

雛、土山に光明を見出す

官渡、来たり。

憎らしい程、晴れている。

「暑い」

夏侯惇は肘で額の汗を拭った。容赦無く照りつける陽の光が、鬱陶しい。全身から吹き出る汗が不快に感じられる。

時、八月上旬である。鎧を着込み、動けば全身汗だくになる程、暑い。身軽である兵卒も、どことなく元気が無かった。

兵卒ですらこれなのだ。全身鎧の武官など、気力を失うどころでは無い。現に、全身を鎧で固めた曹仁は、既に暑さにやられ、幕舎の隅に突っ伏していた。側にいる郭嘉が羽扇で風を送っているが、彼も汗だくになっており、珍しく疲れが顔に滲み出ていた。

この暑さの中、張遼と于禁だけが涼しい顔をして、槍の手入れをしている。

「お前等よくそんな平気な顔しているな。まるで何処ぞの銅像みたいだ」

全身汗だくの許褚が、涼しい顔をする二人を羨む様に言った。于禁はそれには答えず、に持った槍を持ち直し、幕舎の外へと歩き出した。

「何処へ行く」

「土山」

「またかよ」

「俺は、指揮を任されている」

張遼と同じく、于禁もまた、腹の底が読めない人物であった。曹操が気に入る理由は見れば分かるのだが、如何せん協調性が無い。部下も驚く程真面目な者が揃っており、他の隊からは一目置かれていた。だからなのか、見回りや作業番に置かれる事が多い。

今回も、作業者として于禁隊が、土山を作り上げていた。その作業は素早く、作業開始からほんの数日しか経っていないにも関わらず、ほぼ完成していた。

また、背後では、つい先週加わったばかりの荀攸が、文官達を集め、何やら指示を出していた。何をしているかについては、不明である。だが、荀攸はきっぱりと一言、武官に対して言った事がある。

「これさえ完成すれば、この形勢を引っくり返せます。物見櫓の輩を、一網打尽にして見せます」

不信面をする武官達に、荀攸は自信満々に言い放ったのである。

今,曹操軍は、袁紹軍から浴びせられる矢に頭を抱えていた。土山と物見櫓を建てた袁紹軍は、そこから雨の様に矢を降らせてくる。だからこそ、矢の対策をと土山を作ったが、元々が防御目的の為如何せん決定打に欠けていた。

それの打開策だと、荀攸は言っている。

「本当かよ。あれば良いが、もし時間の無駄だったら」

脅す様に言ったのは許褚であった。元々文官をあまり信用していない許褚の事だ、失敗するに決まっている、とでも思っているのだろう。

だが荀攸も肝が据わっている。許褚に脅されようとも、その堂々とした態度を崩すことは無かった。見かねた曹仁が割って入る。

「まあ、見てみようでは無いか。何も無駄になる事は無いさ」

「曹仁。お前はいつもそうやって、文官の肩を持つ」

「文官無くして、勝利は出来ないからな。それに、かの有名な荀家の荀攸では無いか」

「過大評価しすぎなんだよ。それにこいつは、行方を眩ませていた間、墓守をやっていたらしいじゃないか」

墓守、と聞いた途端、曹仁の目が僅かに吊り上がった。そして今までとは違う、低く突き刺す様な声で許褚へと告げる。

「口は災の元だぞ」

曹仁の手が、鞘へとかかっていた。

此処で血祭りは御免だ、と言わんばかりに、文官達が睨み合う二人の間に群がり、引き離す。騒ぎを聞きつけたのか、その後間もなく夏侯淵等が慌てた様子で入って来た。二人を落ち着かせる為か、別々の部屋に連行されて行く。

その間も、荀攸は怯えた表情一つ見せず、寧ろ愉快げにその様子を見守っていた。

「随分と余裕な面だが、経験でもしたのか」

夏侯惇が問うと、荀攸は笑って答えた。

「墓守の時も、厄介な奴等に絡まれましてね」

荀攸は背後を見た。そこには、木で作られた巨大な建造物がある。側には何に使うのか分からない、加工された木材や、一抱えもありそうな石が山になっていた。

「その時、偶然思いついたのがこれです。曹操殿に話した所、許可が下りましてね。もう完成します。その時、お披露目させて頂きますよ」

荀攸の声に怯えはない。寧ろ、自信に満ちていた。

「期待しよう」

正直、打開策なら何でも欲しい。今は。


それから数日。

晴れた日の事だった。相変わらず、暑い。またしても幕舎の隅で、曹仁が突っ伏している。

「出来ましたよ」

曹操の元に来るや、叫んだのは荀攸だった。走ってきたのか、息は切らせているが、目が輝いていた。曹操は薄着になっていたが、それを聞くや、直ぐに側にある衣を羽織った。

「出来たのか」

「はい。我等は一先ず、投石車と呼ぶ事に致しました」

その報告を聞き、夏侯惇や張遼等も投石車のある場所へと集まった。

数日前までは木材や石が大量に積み重なっていた場所が今は石だけになっており、投石車と呼ばれた木造の物体が、陽の光に照らされていた。

武官のみならず、文官や兵卒までもが皆、集まってその姿を見上げていた。郭嘉も、額に手を当てながら、眩しそうに見つめている。

投石車は、脚立を数個組んだと思われる土台の先に、長い丸太が付けられており、更にその先には長い紐が付いていた。

「これを、どうするのだ」

曹操の疑問に、荀攸は張り切って答えた。

「紐を大人数で引っ張ります。一人では無理なので、数人必要になりますが」

「実践してみよ」

心得たとばかりに、于禁の部下が荀攸の傍に並んだ。荀攸の指示を受け、兵が作業を始める。その様子を、曹操は黙って見つめていた。

数人が、紐を引っ張る。先についた丸太が、少しずつ動いて行く。ある程度引っ張った所で、荀攸が剣で紐を切った。

途端、反動で丸太が跳ね返った。その勢いで、先に付いていた石が、遙か先に飛ばされていった。その様を、集まっていた兵士達は呆気にとられた様子で見守っていた。

「見事」

言葉を発したのは、曹操では無く郭嘉だった。

曹操は深く頷くと、声を上げる。

「この飛距離なら、忌々しい櫓を破壊できるかもしれぬ。早速、土山に複数配置せよ。櫓を壊せ。我等はその後、攻め込まん」

その言葉を合図に、ちらほらと声が上がった。数人は既に駆け出し、準備に取り掛かっている。

「急げ。袁紹を攻める」


曹操の狙い通り、櫓は投石車によって破壊された。投石車に恐れをなした袁紹軍は投石車を、晴天の霹靂と、霹靂車と呼んだ。

投石車の存在は、瞬く間に全土に知れ渡った。

勿論、あの軍師の耳にも、入っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ