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貔貅乱舞  作者: Xib
其ノ弐 栄華の淵
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才ある者に苦悩は集まる

「また劉備か」

曹操は忌々しげに呟いた。呟いた途端、頭痛が酷くなり、曹操は頭を抱えた。

「厄介者がいらっしゃる。ですが、所詮彼等は袁紹の客将」

眉一つ動かす事無く冷静に言葉を告げるのは、軍師、郭嘉だ。側では夏侯惇が苦々しげな顔で二人を交互に見ていた。

「しかし、万全は期さねばならぬか。甘く見たら潰される」

夏侯惇の背後に立っていた、腕を組んだまま眉を顰めていた武将、曹仁が声を潜めて呟いた。「然り」と郭嘉が頷くや、また別方向から怒鳴る様な声が飛んでくる。

「そんな奴、策が無くとも俺が潰してやる。袁紹の首もろともな」

そう叫び、意気込むのは許褚であった。最近戦に出ていないからだろう、力を持て余している様だ。しかし、許褚の熱のこもった声に対し、郭嘉は冷水の如く冷え切った声で即座に答えた。

「無理です」

郭嘉の冷ややかな返答に対し、許褚も負けてはいなかった。

「軍師は何かにつけ策と言うが、それが臆病だとは思わんのか」

怒りを露わにする許褚に対し、郭嘉の表情に変化は無かった。許褚の噛み付くような視線を受けたまま、ただ静かに見つめ続けている。

それを見ていた曹仁は許褚の心境を察したのか、更に何かを言おうとした許褚を遮り、慌てて割って入った。そして、諭すように許褚に告げる。

「やめろ、許褚。武が全てでは無いのだぞ。戦とは、武、そして智が渦巻く。策によって、漸く武による勝敗が霧に潜れるのだ。増してや今、我々の敵は袁紹軍、奴等は百万の軍を率いていると言う。武による駆け引きでは圧倒的に不利だ。その差は、策で埋めねばならぬ。そして、勝敗を不透明なものにせねばならぬ」

その言葉を聞いていた郭嘉は、僅かに微笑んでいた。しかし、微笑むだけで、曹仁の言葉を否定も肯定もせず、ただ黙っていた。一方、不満を露わにする許褚であったが、曹仁に黙る様目で伝えられ、大人しく引いた。だが、その目はまだ郭嘉を睨めつけている。

「もうよい」

曹操はそれだけ言うと、頭痛に悩む頭を押さえたまま立ち上がった。途端、頭痛が激しくなる。

声ですら、頭痛に影響する。特に許褚の大声は、曹操の頭に直に響いた。その鬱陶しさに、吐き気がする。

逃げる様にその場を去ると、陰で待っていたのか、曹植が早足で近付いてきた。頭を押さえる曹操の手をとると、わざとらしい明るい調子で告げる。

「父上。荀攸、と名乗る者がお見えです」

荀攸。曹操も聞いた事があった。確か董卓の配下で、董卓暗殺の計画が露見し投獄された後、董卓が暗殺された為助かり、その後袁術に仕え、袁術が関羽によって討たれた後は行方を晦ましていた筈だった。

その荀攸が、今来るとはどういう風の吹き回しか。

「袁紹の部下にでもなったのか。確か、叔父の荀彧は袁紹の元にいたな」

「その割には、書簡など一つも持っておらず、更に言えば大分見すぼらしい格好をしておりますが」

曹操は曹植の目を見た。その目に、偽りは無さそうだった。

「郭嘉に相手をさせよ」

策士には、策士で迎えた方が良い。そう判断した故の、発言だった。

とにかく、今は休みたかった。意識も薄れる程の頭痛に、怒りにも似た感情が湧き上がる。

「父上は、如何なさいますか。休みますか」

「少し寝る。お前は郭嘉に伝えに行け。まだ居るはずだ」

曹植は,まだ頭を押さえる曹操を心配げに見つめながらも、手で向こうに行く様に伝えると不安ながらも去っていった。

一人になった所で、壁に手をつき蹌踉めきながらも、自室へと向かう。自室はさほど遠くは無い。だが、それは穏やかな時だけだ、と曹操は思っていた。何か不調が起きた時は、それが恐ろしく長く感じる。ほんの数分が、数時間にも感じる時すら、あった。

「孟徳」

声を掛けて来たのは、夏侯惇だった。曹操の様子で瞬時に状況を察した夏侯惇は、慣れた手付きで曹操を支える。そのまま曹操の自室へと運ばれた。

自室は質素であった。特に贅沢品と呼ばれる様な物は無い。いつも使っている質素な榻に横になると、少しは頭痛が引いた様に思えた。

横になった曹操を、夏侯惇が見下ろしてくる。

「寝てろ、孟徳」

「言いたい事があるのでは無いか。確か、妙才と接触した筈だ。あいつから何か聞いたのでは無いか」

妙才、と聞いた夏侯惇は僅かに口元を緩ませた。夏侯惇か夏侯淵と曹操のみの時は、字で呼び合っていた。

「別に」

「気を遣わんでも良い。袁紹の事だろう。更に言うなら、官途での戦の事だ」

曹操には、夏侯惇の言いたい事など大体察しがついている。それは夏侯惇も知っている筈だ。それにも関わらず、黙っているのは曹操の頭痛を案じての事だ。

「お前の頭痛が引いたら、話そうでは無いか。急ぎでは無いしな」

夏侯惇はそれだけ言うと、一歩引いた。話す気は全くもって無いらしい。曹操もそれ以上は聞かなかった。目を閉じると、闇は直ぐに訪れた。



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