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貔貅乱舞  作者: Xib
其ノ弐 栄華の淵
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志と狂の道

誰かが、叫んだ。

その声を合図に、張遼は馬を走らせた。背後にいた徐晃も、やや遅れて馬を走らせる。向かってくるのは、一際豪華な鎧を身に着けた武将であった。

「貴様が相手か」

男が叫ぶ。手に持った刀が、僅かな陽の光を集め、輝く。

「我が名は顔良」

男、顔良が叫んだ。張遼も、その名は知っている。袁紹軍の勇将と言われ、その実力は呂布にも劣らぬと、かつて孔融が言っていた。

袁紹の器は小さいが、有能な部下は腐る程いる。これは郭嘉が言っていた事だ。顔良も、その内の一人だ。

「その実力、如何程か。この俺自身で確かめさせて貰う」

心が、滾る。この感覚は、呂布と共に戦った、あの下邳での戦い以来であった。

顔良の顔が、目前に迫る。首めがけ、剣を振るう。懐かしい、鉄の発する甲高い音が周囲に響き渡った。その後、二度剣が交錯し、両者は一度距離を取った。

距離を取った張遼の直ぐ側、背後にいた徐晃が張遼の横を抜け、顔良に向けて大斧を振り下ろした。

顔良は大斧を剣で受け止める。直ぐに斧を弾いた後、再び引いた。

「我が剣、受け止めるとは見事」

「戯れるな」

一言交わし、直様再び剣が交錯する。

心の滾りが、意志を紅く染める。

脳では理解している。これが、戦を楽しんでいると言う事だと。だが、此処で果てる訳には行かないと言う事を。脳は理解している。心は、理解せずとも。

武人の本懐。戦場にて、果てる。

それがなされた時、武人は歓喜と共に死ねる。

此処で死ぬのも、悪くない。ふと、そんな事を心が発した。

曹操の理想になど、興味は無い。主君の為に生きるつもりも、無い。主は死んだ。今頃、土に埋もれて蟻と戯れている頃だ。

今はただ死に場所が欲しい、それだけが張遼の心を支配していた。

「徐晃、手を出すな。この者は俺が討つ」

「心得た」

徐晃は躊躇う事も無く答えると、一騎だけで張遼と顔良の横を擦り抜け、背後にいる袁紹軍へと突っ込んでいった。やや遅れて部下も徐晃の後に続く。

その殿に、夏侯淵がいた。夏侯淵は張遼の横を抜けざまに一瞥し、駆けて行く。

死ぬ事は、許さん。

夏侯淵の瞳は、そう伝えていた。


「行け。我が軍の威光を、見せ締めてやれ」

無言のまま敵を斬り伏せる徐晃に代わり、号令を発したのは魏続だった。元々出陣させるつもりは無かったそうだが、魏続と宋憲は聞かなかったらしい。

結局、張遼の部隊の一人として、出陣している。その実力は共に並大抵のものでは無く、現に次々と敵を斬り伏せていた。

呂布を捕縛した例の二人、として魏続、宋憲は有名になっており、その二人が居ると知った袁紹軍は既に及び腰になっていた。その中を、徐晃は駆け抜ける。

大斧で目の前の障害を払う。一度一軍の中を突き抜けると、再びその塊へと突っ込んだ。

魏続、宋憲も軍のほぼ中心で袁紹軍兵士を斬りつけている。忽ち、その場を朱が彩った。

「怪しい」

突然、夏侯淵が呟いた。構えていた矢を一本放つと、眉を顰める。

「何がだ」

近付いてきた徐晃に対し、夏侯淵は塊へと視線を投げかけながら答える。

「兵の数、動き共に何かがおかしい。将軍は顔良だけ、その背後にいるのは皆、及び腰、武器も使い熟せていない兵。多分、戦の経験など殆ど無い奴等だ。塊になってはいるが、皆が皆、好きに動いている。兵数も異様に少ないと思わないか」

夏侯淵の視線を追い、徐晃も袁紹軍を見る。離れて見ると、確かに皆が皆、好きに戦っており、統率がとれているとは全く思えない様だった。

ふと、一つの悲鳴が響き渡った。

見ると、顔良が、倒れていた。返り血を浴びた張遼の手には、確かに顔良の首がぶら下がっていた。まだ斬られたばかりで、血が止めどなく流れ落ちている。

張遼は、全身で息をしていた。持った剣が、震えている。それでも尚、顔良の胴体を見下ろしていた。

「張遼」

張遼は徐晃を見た。見ただけで、何も言わなかった。

「顔良。顔良が、斬られたのか」

何処からか悲痛な叫び声が聞こえる。軍の中から一騎、飛び出し、張遼へと突っ込んでゆく。あの横顔を、徐晃は知っていた。

文醜。顔良とは義兄弟の契を結んだとされる、袁紹の勇将である。

顔良とやり合った後だ、張遼も万全ではいられない。

「すまん。行く」

夏侯淵にそう言い残し、徐晃は駆けた。目指すは、文醜の首。

その首めがけ、大斧を振り上げる。同時に、張遼も剣を振るった。

手応えは、無かった。その隙を突かれ、剣が徐晃の脇腹へと刺さる。急ぎ避けたものの、完全には避け切れずに剣が鎧を突き破る。

「この程度、掠り傷に過ぎん」

剣をものともせず、再び大斧を構えた。

「この逆賊が」

顔良の死で憤慨した文醜の剣の腕は、只ならぬものがあった。再び振り下ろした大斧を軽く流すと、そのまま張遼へと斬りかかる。

剣が交錯し、鍔迫り合いになった。

「張遼」

明らかに、張遼が押されている。それでも、張遼の顔は苦痛に歪むことは無く、常に無表情を貫いていた。

「張遼、徐晃、そこまでだ。其処を離れろ」

夏侯淵の焦りにも似た大声に、徐晃と張遼は顔を上げる。夏侯淵が慌てて馬を走らせて来ていた。すり抜けざまに二人の手綱を握る。

そのすぐ背後、無数の矢、無数の石が天から降って来た。

張遼の視線の先、急ぎ避難しようとした文醜の背に、矢が数本突き刺さった。体制を崩し、落馬する。止めを刺すかのように、立ち上がった文醜の眉間にを矢が貫いた。

その先、敵味方関係なく全ての兵が、突然降ってきた矢と石の餌食になっていた。生き残っている僅かな兵も、次々に倒れて行く。

「何だ、何なのだこれは」

徐晃は思わず呟いた。あまりの光景に、脳の理解が追い付かない。

「捨て駒だったのか。あの兵士、皆。顔良も、文醜すらも」

徐晃と張遼の前を走る夏侯淵が、その惨状を見ながら舌打ちする。

暫くして、矢と石の雨が、止まった。巻き込まれた兵士は、一人たりとて生きてはいない。

「両軍、共に、潰滅」

張遼が呟く。戦場の光景は凄惨なものであった。血溜まりが死体を半分、埋めている。皆が皆、矢に刺され、またある者は石に潰され、無残な様を曝け出していた。

その中を、馬が一騎、通っていた。転がる死体など無いかの様に、踏み潰しつつ進んで来る。

乗っていた男が、張遼等を見た。首を傾げ、薄ら笑みを浮かべる。

「流石に、この程度では死にませんか。人一倍強い悪運をお持ちの貴方方だ」

その声を聞くや、夏侯淵の目付きが鋭くなる。敵対心を剥き出しの口調で、男を見返した。

「貴様か。敵味方問わず殺るとは、卑劣な」

「私だけに言えた事では無いでしょう。それに、彼等は雑兵に過ぎません。足りなくなったら、足せば良い」

「雑兵、だと」

「雑兵は雑兵らしく、死ねば良いのですよ。そこに転がってる文醜も、良い死に様でしょう」

男は顎で文醜を指した。あの後、石に潰され、今は腕のみが見えている。その腕も血にまみれていた。

「こいつ、狂気に満ちてやがるのか」

「勘違いをしている様ですね」

「どういう事だ」

「狂っているのはこの世です。私ではありませんよ。恨むなら、この世と、この世に生きる貴方を恨んで下さい」

男は口元を緩ませ、見下す様に張遼等を見た後、踵を返した。

「まあ良いでしょう。貴方方はまだ、利用価値が充分にある。役立って貰いますよ」

それだけ言い残すと、此方を一度も振り向くことなく、ゆっくりとその姿を遠ざけていった。

姿が消えた後、張遼が呟く。

「あの野郎は、もしや」

その問には夏侯淵が答えた。

「孔明だ。袁紹軍についたというのは、真だったようだな。劉備の奴め」

徐晃は黙って、消えた後を見つめていた。内から、吐き出したくなる程の黒いものが、迫り上がってくるのを感じていた。


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