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貔貅乱舞  作者: Xib
其の壱 虎と龍
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虎、目覚めを問う

「曹操が、寿春に」

斥候の一言目が、これであった。

「寿春か」

男、孫策は、空を見ながら呟くと、目を瞑った。

「下邳を離れて、直ぐに寿春か」

独りごちに呟くと、瞑った目を再び開ける。その目に、日を受けて銀に輝く孫呉の地が映った。

それを見ている内、ふと、脳裏に、高順と陳宮の最期が蘇った。

あの時も、地は雪に覆われていた。


時、建安三年、十二月。下邳城にて、呂布が生捕られた。

肌を刺すような風が吹く中、全身に縄をかけられ、魏続と宋憲──二人共に、呂布の配下であった──に引き立てられた呂布の姿は、余りにも小さかった。

捕らえられた呂布は、床几に腰掛けながら呂布を見ていた劉備を視界に捉えるや、牙をむけ、今にも噛みつきそうな表情をしながら、劉備を睨めつけた。

その時、劉備がどの様に呂布を見返していたかは、孫策も曹操も知らない。その時には、直ぐ側、曹操の陣営で陳宮と高順の処刑を行う為、二人は其処に待機していたのであった。

曹操と孫策は、一度視線を交わしただけで、何も話さなかった。言いたい事など、視線で充分に伝わったからだ。

その目の前、陳宮と高順は、雪の上に座らされ、そのまま処刑された。

曹操を罵りながらも、全てを受け入れた陳宮と、何一つ言葉を発する事も無く、只々、それを受け入れた高順の命は、死の間際、白銀に艶やかな華を描いた。

その赤紅とした華が、物と化した、生者の最期の意志に思えた。二人は、最期、言葉では無く、己の命を持って曹操、そして孫策に一つの有り様を訴えたのだ。

それを見た曹操の顔が見る間に土色に変化し、早足に呂布の元へと向かった事は、覚えている。そして、其処に描かれた生者の華に孫策自身が魅入られ、時を忘れ、張遼の大喝が響き渡るまで、其処に佇んでいた事も覚えている。

その時の地は、今孫策の視界に映る銀と、同じものであった。

「噂によると、劉備も寿春の方に向かっているとか」

その言葉で、我に返る。

劉備が、寿春に。何を企んでいるか、直ぐには思い付かなかった。だが、寿春と言えば、袁術がいる。

「劉備が。何故だ」

そう訊いた孫策に、斥候は「恐らく、袁術を討とうとしているか、又は曹操軍との接触を計っているか」と、在り来りな答えを述べた。

その時には、孫策の思考に、一つの言葉が鮮明に浮かび上がっていた。かつて、曹操が孫策に言った言葉だった。


「劉備を甘く見るな。奴は、只者ではない。下手をすれば、喰われるのは儂等よ」


そう言い放った曹操の眼光が、異様な光を発していた。

まさか、とあの時は笑い飛ばしたが、孫策自身、曹操を高く評価していただけに、曹操の言葉には俄に胸騒ぎを覚えたものだった。

その劉備が、動いた。一体何をするつもりなのか。

混沌とした恐怖が孫策の心の片隅に、渦巻いていた。それを悟られぬ様、努めて平静に、

「劉備が何をするつもりか、見極めねばならんな」

と斥候に告げた。

「如何致しましょうか」

斥候の問に、孫策は淀みなく答えた。

「太史慈を遣わせ」


その命令は直ぐに、太史慈の耳に入った。

「某に物見を任せると」

「らしいが」

「ううむ」

物見。太史慈は頭でその言葉を繰り返す。しかし、幾ら繰り返しても、違和感が拭いきれない。この言葉には、何か別の目的が隠れている。その様な気がしてならないのだ。

しかし、深淵の中で揺蕩ったまま、その姿を表すことはない。嘲笑っている様にすら、太史慈には思えた。

「物見、か。与えられたのは物見」

「何だ、歯切れが悪い。不満なら、孫策殿に直訴してくれよ。俺みたいな一端の兵に言っても、何ら変化は無いぞ」

まだ若者と言うに相応しい、きめ細やかな肌を持ち、幼さを僅かに残した笑みをするこの男は、凌操と言った。

太史慈は、凌操の若々しさと豪胆な態度が気に入り、話し相手や特訓の相手として、彼を選んだ。凌操になら、ある程度の己を曝け出しても良いだろう、そう思わせるものがあった。

「で、物見は行くのか、直訴するのか」

「行くに決まっておろうが。あの孫策殿の言う事、ただの物見ではあるまい」

「だろうな。孫策もただの虎じゃない。お前を選んだのにも訳はあるだろうよ」

「如何にも」

突然背後から声が聞こえた。二人同時に振り向くと、容姿端麗の男が、笛を片手に此方へと歩いて来るのが見えた。

周郎、周瑜である。周瑜は歩きながら、「勿論、お前を選んだのには訳がある」と告げた。

「何だ、この辺で土いじりか」

凌操の言葉に、棘が混じった。張昭の影響なのかもしれないが、凌操は周瑜をあまり好んでいないらしい。

太史慈自身は周瑜に対して特に思う事は無いが、張昭が陰口を叩いていたのを聞いた事があった。張昭の陰口、それも又事実なのだろう、と太史慈は思ったが、それでも周瑜を嫌いになる事は無かった。

周瑜は凌操の言葉には何も反応を見せず、太史慈を見つめる。

「詳細は、敢えて話さぬ。話さずとも、お前には伝わると孫策が判断したからだ。務まらなければ、それまでの事だ」

「承知、致した」

「期待する」

周瑜はそれだけ言うと、再び何処かへと去っていった。






誤字、あると思われます。改稿時に直すので少々お待ちを。

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