序章 1話 届いた聖剣
カタカタカタカタカタカタ
ボロい格安アパートの一室、204号室。平日の昼間なのにこの部屋の主、柊修は引きこもってパソコンに向かう。今日の彼は休みなので、今は趣味の小説の執筆活動をしている。
カタカタカタカタカタカタ
高卒後、特に夢も無く就職しようと就活するも失敗。今は小説家になるという無茶な夢を追いかけつつバイトと親からの仕送りで生計を立てている。
カタカタカタカタカタカタ...ターンッ
「よし、完成っと」
修は現在人気イマイチの連載小説の最新話を書き上げ、小説サイトに投稿する。彼はそこまでの派手な遊び癖は無く、貯金があった。さらにネットもちゃんと繋げており、意外と充実しているのだ。それに彼の父はそれなりに儲けている自動車修理工場を営んでおり月に15万、「支援金」という名目で振り込まれる。結果、彼はバイト代のほとんどを貯金でき、夢を追えている。
ピンポーン
修は執筆が終わり、一息つこうとコーヒーを入れているとドアのチャイムがなった。時計を見ると4時前。
「あ、アイラちゃん帰ってきた」
ある人物の来訪と時間で判断した修はコーヒー片手に玄関へ向かう。扉を開けるとどこか歳の割にと言うべきか歳相応と言うべきかどこか幼さを残す黒髪で背中まである長いツインテールの、ランドセルを背負った女の子が立っていた。
「シュウお兄さんただいま」
「おかえりアイラちゃん」
監禁や誘拐と思う事なかれ。彼女は隣の205号室の住人東目愛蘭、れっきとしたお隣さんである。彼女はとある事情により、19歳の姉と2人で暮らしている。まぁ、彼女の姉は修の高校時代の後輩なのだが。彼女が小学3年生の頃に引っ越してからの2年間、学校が終わってから彼女の姉が帰ってくるまでは修の家で預かっている。基本的には修の家で姉妹と夜ご飯を食べるので結局は8時位まで預かっているのだが。
「アイラちゃんお菓子とジュース追加しておいたから好きに食べて良いからな?」
「やったぁ。ありがとうシュウお兄さん」
彼女はもう5年生で1人で留守番も出来るのだが、成り行きというかなんというか、今まで預かっていたのに急に1人になるのは修が寂しいという理由もあり結果2年間ずっとこの時間修は愛蘭と2人きりだ。この時間は一緒にお菓子を食べたり、宿題を手伝ったり、ゲームをしたりと結構楽しく過ごしている。
「シュウお兄さん、投稿お疲れ様」
「おう」
愛蘭は修が小説を投稿した日に必ずこう言う。最初は気になって聞いてみたものの、「顔を見たら大体わかる」と言われて納得出来ぬものの流していた。少し疲れが顔に出ているのだろうかと修は顔をぺたぺたと触る。
そんな事をしている間にも愛蘭はランドセルを置いて手を洗いに行った。その間に修はおやつとジュースを用意する。
「あ、そういえば今日クラスの男子にラブレター貰ったの」
「またか。最近のガキはませてんな」
「ねぇ。好きじゃないって言ったら悲しそうにしてた」
修は愛蘭とおやつタイムをしながら愛蘭の1日を聞いていた。愛蘭は愛らしい容姿で告白される事も多く、修も聞いて驚かない。ただ、告白された事を自慢も恥ずかしがりもせずに修に伝える事の方が不思議だった。ついでにいえば愛蘭は思いやりのある優しい娘|(と修が勝手に思っている)だが、意外とSっ気があり告白してくる男子をフォローもせずにフッていた。
「じゃあ、宿題終わらせようか」
「はぁい」
2時間後
宿題を終わらせた愛蘭と修は昨日の愛蘭のたっての願いで晩御飯のカレーを作っていた。
ピンポーン
時計を見ると7時を指している。さっきもうすぐ帰るとメールが来たため分かる。愛蘭の姉、修の後輩の里緒菜の帰宅時間である。修は玄関へ向かう。扉を開けると少し小柄の、黒髪をポニーテールにした愛蘭と目元や雰囲気の似た女性が立っていた。
「おかえりリオ」
「ただいまです。先輩」
「今日はカレーだぜ。いっぱい食えよ?」
「了解です」
リオは愛称みたいなものである。最初は里緒菜が嫌がっていた愛称も今は諦めたようで何も言わなくなった。
里緒菜と共に居間へ行くと愛蘭がカレーを注いでいた。
「お姉ちゃんおかえり」
「ただいまアイラ」
その後は3人でカレーを食べた。いつもの事ながら片付けは里緒菜と愛蘭がやっている。2人はせめて皿洗い位はやらせて欲しいと譲らない。あと愛蘭は告白されたことをいつも里緒菜には言っていないらしい。今回も然り。
「今日もありがとうございました」
「シュウお兄さんごちそうさま。また明日ね」
「おう。おやすみ」
修が見送ると里緒菜と愛蘭は隣の203号室に帰っていった。
ふと夜風が修の体に当たる。流石に夜は冷えるなと思った修はすぐ部屋に戻る。
「あ、そういえば昼に来た仕送り開けてないな」
今日の修の小説投稿前、昼過ぎに親から仕送りが届いていた。いつも半年に1回食料や雑貨等が送られて来て結構助かっていた。でもいつもは大きいダンボール1箱だけだった。しかし今日はいつものダンボールとさらに二回り程大きいダンボールも送られてきた。昼に配達されて、狭い玄関を通すのに苦労していた。配達員も迷惑そうで、修も申し訳無かった。という事を思い出しながら荷物を開ける。
「デカイダンボールだなぁ。こんなダンボールどこに売ってんだ?」
中を開けると大量のオモチャが入っていた。ミニカーや模型、そして一際大きな玩具の剣。その全てが修が子供の頃に遊んでいたオモチャだった。
「手紙。母さんからか。『修へ 倉庫整理してたらたくさんのオモチャが出てきました。まだ使える物を送りました。捨てるのは勿体ないですが、処分は任せます 母より』って、売れってか?貰っても困るしな」
修はダンボールの中から玩具の剣を手に取り考える。こんなに狭い家なのに置き場が無いのが分かっていて送ってきたとしか思えない母の行動が不思議で仕方が無い。冬に素麺を送ってきたり夏に土鍋を送ってきたりよく分からない事が稀にあるため今回もその類なのだろう。
「でもこの剣は凄く気に入ってたな。確か、バレッドソードだっけか?」
修は玩具の剣をカチャカチャと変形させる。この剣は玩具にしては精巧な作りで、ギミックが多い。意外と凄いことに、柄の部分を回転させ刀身を開くと銃口が出てきてライフルになるのだ。このギミックが子供時代の修の心を掴んで離さなかった。
「うん?確か光る機能なんて無かったはずだけど...?」
唐突に玩具の剣の刀身が発光し始める。次第に光が強まり、次第に眩い光が部屋を包む。やがて少しずつ光が収まると修は忽然と姿を消した。
「あ」
「どうしたのお姉ちゃん?」
「先輩の部屋にスマホ忘れたかも。ちょっと取ってくるね」
「はぁい」
ピンポーン
里緒菜は置き忘れた携帯を修の部屋へ取りに行く。そして里緒菜はドアのチャイムを鳴らす。しかし反応は無い。
「あれ?先輩寝ちゃったかな?」
ピンポーン
もう一度チャイムを鳴らすがやはり返事は無い。
「まぁ、いいか。明日の朝は確か先輩バイトだからその時間に合わせて取りに来よう」
里緒菜はそのまま部屋へ戻って行った。しばらくして愛蘭と里緒菜の部屋の電気が消えた。他の部屋の住民もポツポツと消してゆく。ただ一室、修の部屋を除いては。