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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第一章 あなたの未来を鷲掴み
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灰谷曜市の場合 その1

 人気MMORPG『ブリリアント・ストーリーズ・オンライン』のサービス終了が発表された。


 追加シナリオのシリーズ第二弾『ゴッド・スピード・エピソード』の大型アップデートまで2週間を切ったタイミングでのサービス終了発表。それはプレイヤー達のみならずゲーム業界にも大きな衝撃を巻き起こした。


 ネットでは、ゲーム制作の中心となっていた宮原宗馬の過労死と、キャラクターデザインを担当していた端本まりあの失踪が原因である、ともっぱらの噂だ。


 他にも例の二人が会社の金を持って逃げた、だの、ライバル会社であるS社が工作員を紛れ込ませてサーバーを物理的に破壊した、だの、ネット界隈では無責任なゴシップが飛び交っていた。最終的には、開発者の宮原ソーマは異世界に召喚されちまったんだ、と落ち着いたようだ。しかしゲームプレイヤー達の中でも重課金者と呼ばれるヘビーユーザー達にとってはゴシップ合戦を楽しむどころの話ではなかった。


 いったい今までいくら貢いできたと思ってるんだ!


 大型アップデート前に新実装された特殊装備を手に入れるために課金し、ガチャを回し、アップデート後に相当強くなると噂されるモンスターを仲間にするために課金し、ガチャを回し、事あるごとに課金し、ガチャを回してきたのだ。それらのデータが唐突に消えてしまう。今までのプレイが突然に無意味なものとなる。それは人生の終焉に等しい。


 これで正気を保っていられるものか。


 灰谷曜市もその一人だった。


 『ブリリアント・ストーリーズ・オンライン』サービス開始当時からのベテランユーザーであり、強豪ギルド「ドラゴニオ・スペクトラム」の古株メンバーであり、「青の十傑」の一人と数えられ、ゲームマスターとも交流があり、プレイヤーキラー・キラー集団「パトリオッツ」の主要メンバーであり、ゲーム内でもそこそこの有名人であった。


 サラリーマンと言う会社に属している身でありながら月間ログイン時間は200時間を越え、週末イベントでも上位100位常連のヘビーユーザーだ。当然ながら課金額もトップクラスだ。自由に使える金をほとんど注ぎ込んで、文字通り心血を注いで遊んできた男だった。


 それがこれだ。突然のサービス終了だ。


 曜市は、その報せを知るや否や、PC本体を抱きかかえて奇声を発しながら自宅マンションの8階から飛び降りてしまった。


 ぐんぐんものすごい速さで迫り来るアスファルト。ああ、僕の人生はいったい何だったんだ。




「……と、言う訳なんですよ」


 灰谷曜市は言った。


「知らねえよ」


 ノーラ・カリンは答えて言った。


 やっと自分語りが終わったか。ノーラは赤眼鏡を外してさっと埃を拭い、眼鏡をかけ直し、ほんの少しだけ首を傾けて、涙袋がぷくっと膨らむとびきりの営業スマイル作って言った。


「こちらは転生ハローワークです。そのナントカってゲームに関する問い合わせはナントカってゲームの運営事務局へお願いします」


 デスクの引き出しから金色の小さなトンカチを取り出して、速攻で振りかざすノーラ。


「さて、マダガスカルゴキブリに転生をご希望でしたね? 行っちゃいましょうか?」


「待って待って、ちょっと、おかしいよ、それ」


 曜市は頭上の光の輪っかをガードするように頭をかばってノーラのデスクに突っ伏した。


「じゃあウスバカゲロウでしたっけ?」


「幼体のアリジゴクには興味あるけど寿命短過ぎじゃないですか」


「ミンミンゼミ?」


「土の中に居過ぎです。しかもセミになってからの寿命短いし」


「ホタルなんてどう? 儚くて綺麗よ」


「なんでホタルすぐ死んでしまうんって名台詞知ってます? しかも儚くてって言っちゃってるし」


「寿命が長いのがお好みなら、シロアリの女王蟻なんていかがです? 100年以上生きた記録がありますよ」


「てか、なんで昆虫限定なんですか? 死亡ガチャとやらでSSランクレアを引き当てたのは解りました。でも僕はまだ転生に同意していません」


 ノーラは舌打ち一つして曜市から目をそらした。まためんどくさいのが来たもんだ。ぶっ壊れるのを承知で強制理解装置のボタンを連打したくなる。


「どう言ったシステムなのか説明をお願いします」


「ここへ来るなり、あんたがゲームの話をしだすから説明が遅れちゃったんじゃないの。黙って聞きなさいよ」


 曜市は片手を口に持っていき、チャックを閉める仕草をして指でOKサインを作って見せた。いちいち鬱陶しいやつだな。ノーラはイラっとした。


「こちらは転生ハローワークです。死んだら死んだでそれまでよ。私、ノーラが転生のご案内をさせていただきます」


「死んだら死んだでそれまでよって、もっと希望のある言い方ないんですか?」


「しぃっ!」


 ノーラに赤眼鏡の奥から睨まれて、曜市はオーバーリアクション気味に両手で口を塞いだ。そして、どうぞ続けてとばかりに片手を差し出す。


「はぁ。元ハイタニヨウイチさんは死亡ガチャでSSランクレア当選されました。人生の実績解除項目、課金貢献度、ともに文句なしです」


 うんうん、と大袈裟に頷いて見せる曜市。ほんと、いちいちウザい。金色トンカチでこめかみを殴りたくなる。


「立派な会社員として無遅刻無欠席無残業で、営業成績も優秀。課金貢献度に関しましては、パソコンのオンラインゲームに可能な限りお金をつぎ込んだようで、転生先も多岐に渡って選択が可能です」


「そこなんですよねー」


 曜市が口を開いた。


「いやあ、多岐に渡っちゃいますかー。選び放題ってのも迷っちゃいますよね」


「だから転生ハローワークがあるんです。なんでしたらランダムでパパッと決めちゃいます?」


 ノーラは金色の小さなトンカチを割と本気でスイングして見せた。ヒュンッと鋭い音を立てて曜市の鼻先をかすめる。


「それはなしです」


 おや、ビビらない。なかなかの肝の据わりっぷりだ。


「せっかくの人生経験ですし、記憶や経験、能力も引き継いで転生出来るのなら、是非とも転生先でも能力を遺憾なく発揮して世の人々の役に立ちたい。そう思いますよ、僕は」


「意外と意識高い系なのね」


「系、は余計です」


「じゃあその意識高い元ヨウイチさんは何に転生を望むんですか?」


 曜市は何か言いかけて、言い澱み、一度頭の中で丁寧にロジックを組み立てて、首を傾げているノーラに告げた。


「ゲームの中に転生って可能ですか?」


「全然人の役に立つ気ないじゃん!」


 ノーラは思わずつっこんでしまった。


「『ブリリアント・ストーリーズ・オンライン』は自由度の高いゲームですけど、その自由度の高さが逆にプレイの幅を狭めているんです。何でも出来ちゃうから、何をやったらいいか解らない。だからこそ、僕はゲームの中でビギナーのみんなの道標になりたいんです」


 ゲームはあまり詳しくないノーラに、なんとなくだが、ちゃんとそれっぽく聞こえるから困る。言いくるめられてる気もするが、考えようによっては誰に迷惑をかけるでなく、転生者の希望も叶える形になりノーラもノルマを一つこなせる。


「確かに、前例はあるわ。私はゲームは解らないけど、ゲームって言うデータの集合体へ転生した例はあるの。その人がどうなったか、顛末は知らないけど」


「僕が確認してあげますよ。この目と、この手で」


 さあ、どうする? ノーラ自身には何の責任もなく、ちゃんと死者が望む結果を与えられる転生先だ。やらない理由はない。


「いいのね? ゲームの中で魂がどう定着するか、どうなっても私は知らないよ」


「やらないで後悔するより、やって後悔したいんですよ、僕は」


 何だろう、この胸のムカつきは。ノーラは曜市の些細な挙動に、言葉のその一字一句にイライラを募らせた。まあ、いいか、転生後にこの男がどうなろうとノーラには関係のない話だ。


「じゃ、行くよ。転生」


「カマン、ネクストステージ」


 ノーラはいつもより五割り増しの力で、光の輪っかをかち割る勢いで金色トンカチを振り抜いた。


「くらえっ、転生っ!」


 がきーん。いつもより重い音が響いた。


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