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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第五章 あなたの明日はどっちだ? あっちだ!
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ノーラ・カリンの冴え渡る采配 その4

「ねえ、ノーラ。チートって何さ?」


 まりあが言う。もう空になった紙コップを握り締めてノーラの肩をがくがくと揺らす。


「あんた、MMORPG作ってるくせにチートも知らないの?」


 ノーラが呆れたように返す。まりあは首をふるふると横に振って闘技場のアーサーを見つめてさらに言った。


「そりゃチートって単語は知ってるよ。でも、アサオくんがチートって、どう言う事かさっぱりわからない。ものすごい速さで動いたよ」


 アーサーは荒れた海の押し寄せる波のように燃える炎を消し飛ばしながら、薄っすらと残像が見えるほどの速度で走り、飛び、クリストフを打ちのめした。あの速さは最早人間業ではない。


「アーサーは転生前の人生で、戦闘時のスピードに関してカウンターストップするほどに鍛え上げていたの」


「カンストするほど?」


「うん。前世であの子はすっごく努力した。14歳の時点で速さはカンストして、そして転生時に能力値の引き継ぎに成功した。そのせいでオーバースペックを引き起こしたの」


「バグった訳だ」


「そう。解りやすく言うとね。おかげで、この世界でスピードに関してアーサーの上に立つ者はいない。あのクリストフって男もそうだけど」


 まりあは白髪の魔法使いに目をやった。よろめきながら立ち上がり、ぼんやりと、こちらを見つめているように見える。


「あいつは十何回も転生を繰り返して、魂と肉体の定着が剥がれかかっているみたい。それを利用して、当たり判定を操作しているのね。アーサーのスピードの前には無意味だったようだけど」


「チート行為か。あたしが見つけたらアカウント削除してやるけど」


「滅多にないけどね。さすがは私が見込んだ子よ。アーサーも、そして曜市と宗馬も」


 ノーラが紙コップの底に溜まった砂糖が溶け残った甘ったるいコーヒーを飲み干して言った。


「宗馬さんと曜市くんも?」


「あいつらはチートじゃないけれど、能力値いっぱいに成長して転生してる。次に転生したら、手に負えないくらい化け物級の転生者になるかな」


 紙コップを隣の席に置いて、ノーラは観客席上段を見上げた。まりあもつられてそれに倣う。そこでは、曜市はモフモフしたオーク達を束ねて巨大ムカデ戦士と戦っていた。


「レフトサイド、フォーメーション、ライン!」


 曜市の号令に従い、巨大ムカデ戦士の左側に陣取っていたオーク達が一糸乱れぬ見事なラインを作り上げ、大きく振り上げたそれぞれの武器を大袈裟にムカデ戦士の持つ盾へと叩き付けた。


 ちょうど傾斜のついた観客席の下側からの一斉攻撃にムカデ戦士は機械的に剣と盾を左陣へと向けてそれに対抗する。


「ライトサイド、フォーメーション、クロスオーバー!」


 そこへ曜市の第二波の号令が飛んだ。傾斜の上側、ムカデ戦士の右側で戦っていたオーク達がせえので巨大ムカデの懐に潜り込んだ。それぞれのオークが極太の節足を一本まるまる抱えて、怪力に物を言わせてぐいと強引に持ち上げる。


「ひっくり返せ!」


 モフモフのオーク達が犬が吠えるような雄叫びを上げて渾身の力で巨大ムカデを担ぎ上げた。そのまま観客席の傾斜を利用して怒涛の勢いで押し切り、ついに巨大ムカデ戦士は観客席を転がるように裏返った。土埃がもうもうと舞い上がり、毒々しい赤色をした脚がギシギシとかすれた音を立てて蠢き回る。


「長槍を持っている者は僕に続けえっ!」


 曜市が巨大ハンマーを水平に振り抜いた。ちょうどムカデ戦士の最後尾にいた奴の背中に強烈な一撃を見舞い、その衝撃はさらに前の戦士を撃ち抜き、二体同時に灰燼へと叩き崩してやった。


 灰色の破片と幾つかのキラキラ光るクリスタルが飛び散り、その合間を縫うように鋭い槍先が突き出されて、新たに最後尾となったムカデ戦士の一人の背中を刺し貫いた。


 一気に三体分のパーツを失ったムカデ戦士は大きくのたうち回り身体を捻って起き上がろうとするが、しかし失ってしまったバランスを取り戻す事が出来ずに立ち上がれず、未だ曜市に柔らかそうな腹を見せたまま多くの脚をわきわきと蠢かせた。

 

「アーサーくんに比べて派手さに欠けるが、堅実さに足りた地道な作業の繰り返しこそが業務の効率化をもたらすものだ」


「はいっ!」


 モフモフオーク達が答える。


「最後尾の奴を地道に実直に削っていけ!」


「はいっ! よろこんで!」


 曜市は巻き上がる炎に満たされた闘技場へ目をやった。あっちはどうだ? アーサーが一気にケリを付けに行ったようだが、はたして、あの白髪の魔法使いに次なる一手はあったか。


「リリ、最後の仕事をしなさい!」


 よろめきながらも、コロシアムの天井を仰ぎ見てクリストフはかすれた声で叫んだ。


 観客席の隅っこで悪魔っ子のミッチェと抱き合うように小さくなっていたリリがクリストフの声に反応してぴょんと飛び上がった。頭上に光る天使の輪っかも小さく揺れる。


「仕事です。魔王の眠る部屋を、ここへ。まるごと、瞬間、移動、させなさいっ!」


 残り少ない力を振り絞ってクリストフが叫ぶ。レイノが、アーサーが、曜市が、ざわっと髪の毛を逆立たせて悪魔っ子リリのいる観客席を強く睨み付けた。


 魔王を、封印された部屋ごと喚ぶのか?


 止める? どっちを? クリストフにとどめか、リリを行動不能にか。


 間に合うか? ここから跳んで、間に合うのか?


「はい!」


 リリが苦しげに顔を歪めながらも両手を頭上に掲げた。


 あの悪魔っ子は、確か、テレポート能力が得意だったはず。まりあは思わず立ち上がった。


 まりあの前世である女騎士マリアは魔王の炎に焼かれて死んだ。そしてその魔王を封印したロシア製核シェルターが、今目の前に現れようとしている。魔王の炎に焼かれて魂を捕らえ、魔王本来の力を覚醒させるために。


 大質量の物体が空間転移して、押し退けられた空気が風を巻いてノーラのお団子ヘアを震わせた。


 さあ、どうする? アーサー、宗馬、曜市。あんた達が繰り返してきた転生は、まさにこの瞬間のためのもの。


 ノーラはどっかりと観客席に座り込み、スーツスカートの脚を組み、闘技場の戦士達を見守った。


 とても静かに、魔王が封じられた重々しく大きな箱が闘技場に置かれた。


 クリストフが何も言わずにねじれた杖を振りかざす。


 レイノはまりあの姿を探し、誰よりも早く動き出した。


 曜市は巨大ハンマーを短く構え、目の前に横たわるムカデ戦士を踏み付けた。


 アーサーはコロシアムの大型液晶ビジョンへ視線を送った。


 宗馬はモニター室で画面の中のアーサーにこくんと頷いて、メタルフレームの眼鏡を中指でたんっと弾いた。


 禍々しい魔王の箱が、ばきりと歪んだ音を立てて開かれた。


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