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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第五章 あなたの明日はどっちだ? あっちだ!
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ノーラ・カリンの冴え渡る采配 その3

 ギシリ、重い金属が擦れ動く音がコロシアムに響き渡った。コロシアムの四方に開けられた出入り口が鉄製のシャッターを閉ざし、戦いの場を密閉させる無情の音だ。


『あー、業務連絡、業務連絡』


 そして闘技場の天井部分に据え付けられた大型液晶モニターにメタルフレームの眼鏡を中指でたんっと正す男が映し出された。宗馬だ。


『コロシアムの防火シャッターを下ろした。これでこの場は各ダンジョン、地上への道、それぞれ断絶されて独立した空間となった』


 ノーラはコロシアムの四方の出入り口を見回した。確かに現代技術の頑丈そうな防火シャッターが下ろされ、もうどこにも移動できそうにない。


「気が利くじゃないの」


『イカホの連中とノーラが連れて来たオーク共がギャラリーとスタッフの避難を完了させた。もう邪魔者はいない。外界から邪魔も入らない。存分に残業をこなすんだな。手当はちゃんと出すぞ』


 それを聞いたまりあが眉間に人差し指を添えて形のいい唇をへの字にひん曲げた。


「宗馬さんの言う残業手当を出すってのはね、終わるまで帰さねえぞって言う意味なの」


「大丈夫、問題なしだ。次のラウンドでばっちり決めてみせるよ」


 アーサーが自分の頬をパシンッと強く引っ叩き、勢い良く立ち上がった。インターバルは終わりだ。第二ラウンドが始まる。


「行ってきます」


「うん、がんばれ、アサオくん」


「アーサーだ」


 冒険者ガチャで当てたナックルダスターを装備し直してガチンとぶつけ合わせ、アーサーは一つ二つ素振りをして見せた。


「お待たせ。ラウンド2だな」


 闘技場の真ん中で立ち尽くすレイノの隣に立ち、肩を大きく振り回し、ニカッと笑顔を作って見せた。


「なんて言うか、余裕だな」


 呆れたようにレイノが言う。


「律儀に待っててくれなくてよかったのに」


「そう言うな。だって、相手も、クリストフもインターバルを取ってるんだ。俺だけ無防備な相手に攻撃する訳にもいかないだろう」


「へえ、真面目系なんだ」


「悪いか?」


「いやいや、かっこいいっすよ。それよりさ……」


 アーサーがつとレイノに近寄り耳打ちする。


「その爆発する剣さ、もっと広範囲に拡げられる?」


「……? 出来なくはないが、ダメージ効果は弱まる」


「いいんだよ。あいつはチートで当たり判定を操作してるっぽい。見えてる像と攻撃が当たる本体とがズレてるんだ。マジやべぇ」


 チート? 耳慣れない言葉に眉をしかめるレイノ。


「だからだ、本体と見えてる像に炎を当てればさ、わかる?」


「よくわからないが、やってみるよ。それが最善の方法なんだろ?」


「そうそう。任せろって」


 アーサーとレイノがそれぞれ一歩前に踏み出して、拳を、大剣を、クリストフへと突き出して戦闘態勢に入った。それを見て、やれやれと言ったふうに腕組みを解き、白髪の魔法使いは長くねじれた杖を二人に向けた。


「ここからは容赦しません。二人まとめて片付けましょうか」


「やってみろ」


「マジやべぇ自信だな」


 レイノとアーサーが同時に動く。右へ、そして左へ。お互いに目配せもなく、二人の戦士は左右に展開し、闘技場と言う舞台を大きく使って魔法使いを挟み込んだ。


 レイノが大剣を上段から一気に振り下ろし、大地を真っ二つに割るかの勢いで闘技場の地面に刃先を全力で叩き付け、ためらうことなくトリガーを弾いた。爆音とともに湧き上がった疾走する炎の塊がまるで絨毯のように燃え盛りながら地面を覆い尽くした。


 ガチャで得たレア武器、爆裂する大剣の効果範囲を目一杯に拡げた爆炎攻撃だ。闘技場の半分は炎に包まれるが、しっかりとしたブーツを履いていればそう熱く感じるほどのものではないだろう。野生動物にはある程度効果はあるだろうが、はたして装備を固めた冒険者に効くかどうか疑問な攻撃だ。


「すっげえ効果範囲だな」


 しかしそれでもアーサーにとってはばっちり狙い通りの効果があった。一瞬怯むような隙を見せたクリストフだが、熱さを煩わしく思う程度に表情を曇らせてレイノに向き直る。どうせあの虚像に攻撃してもすり抜けてしまうだけだ。


 クリストフはチート行為で得た当たり判定を操作する能力で、本体をどこかにずらして配置しているはずだ。この拡がった炎の絨毯に、きっと何らかの痕跡が残るはず。


 あった。あれだ。クリストフの虚像の後方およそ3メートルに、奇妙にそこだけ燃えていない小さな足跡が見える。本体、見つけた。


「魔法使いのおっさん、見つけたぜ!」


 アーサーの声に反応して振り返るクリストフの虚像。アーサーは胸の前に腕を折り畳むように身体を小さくして前方へステップを踏む。


 その瞬間、アーサーの目の前に燃え盛る炎が渦を巻いて直線を描いて掻き消えた。そしてアーサーの姿も陽炎のように揺らめいて霧散し、同時に炎の中の足跡の側に腰溜めにパワーを蓄えたアーサーが現れた。


「なっ!」


 クリストフはそこまでしか言えなかった。


 アーサーの上半身が腰を軸にして回転する。脇腹にしっかりと固定されていた右腕にぐいっと力が溢れ、身体の捻りとともに撃ち出され、クリストフの見えない本体に突き刺さった。


 ぶわっと周囲の炎が煽られて消し飛び、そこに仁王立ちするアーサーだけが残った。


「まだだ!」


 レイノが間髪を置かずに大剣を振り抜いた。ごうと音を立てて火球が爆ぜてアーサーの足元に突き進む。


「ちょっ、まっ」


 アーサーが慌てて飛び上がり、その足元で火球は弾けて闘技場に再び炎の絨毯が敷かれた。


「危ないって、レイノ!」


「君なら大丈夫だろ! 早くクリストフを仕留めろ!」


「そりゃそうだけどさ、何か見た目俺が攻撃されてるみたいじゃねえか」


 一言レイノに言い返してやり、アーサーは炎に巻かれながらぐるり周囲を見渡した。魔法使いのおっさんよ、どこにいる?


 虚像のクリストフは腹部を押さえながらよろめき立ち上がり、捻れた杖を振りかざして魔法を使おうとしている。そのすぐ背後に、また不自然に炎が燃えていない一人分のスペースがあった。そこだ。


「遅え」


 炎の竜巻がまた湧き立った。アーサーとクリストフを結ぶライン上の炎が一瞬にして散り散りに千切れ飛び、ようやくおぼろげに光る杖を前に突き出したクリストフの目の前にアーサーのニヤついた顔が突如にして現れた。


「は、速過ぎるぞ」


 やっと今何が起きているか理解できたクリストフが言う。


「おっさんが遅いんだよ」


 アーサーは凄まじい速さで移動していた。移動したライン上の炎が時間差もなく掻き消えるほどの、まさに瞬間移動のごとき速さだ。


「チートしてるのは自分だけ、って油断してたろ」


「チート、だと?」


「俺も、チート行為してる転生者なのよね」


「バカ、な。二度や三度の転生で、チートなど……」


「もういいって。いくら説明しても遅いか」


 言うが早いか、アーサーの上半身が激しくぶれた。そしてクリストフの周囲の炎が飛び散り、一筋の煙も残さずに消し飛び、クリストフの身体が左右に大きく揺れ動いた。


「スピードを上げるとパンチが軽くなっちまうけど、8発も食らうとマジやべぇだろ?」


 クリストフの視界がぐらりと揺らぐ。アーサーの顔が斜めに傾いて視野から消えて、揺れる闘技場の天井が見え、がくんと頭が落ちるようによろめき、ふと、真正面の観客席最前列にまりあとノーラの姿が見えた。


 瞬間移動のような速さ、か。実体と虚像とをずらす程度の当たり判定操作チートごときでは勝てそうにない。クリストフは朦朧とする意識の中で思った。


 瞬間移動、か。


 手が届かないほど遠くにいるまりあを見つめ、杖を振り上げ、意識が断ち切れそうになるのを堪えて叫んだ。


「リリ、最後の仕事をしなさい!」


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