宮原宗馬の場合 その2
とにかく、帰るにしろ戻るにしろ、まずは全部説明させてくれ、と宗馬を納得させるのにやたら時間がかかった。五歳くらい歳をとったんじゃないか、とノーラはぐったりした。
同様にぐったりとカウンターにもたれかかった宗馬は、両手をカタカタとまるで見えないキーボードを叩くかのように動かしながらノーラの説明を聞いていた。
「死者の免責とでも言えば解りやすいかな? もうあなたには何の責任もないんです」
ノーラは出来るだけ声を抑えて、小さな盃に少しずつ酒を注ぐようにゆっくりと話した。
「会社にとってそのゲーム開発がいかに重要かは解りましたが、今のあなたの世界で最も大事なのはあなた自身なんです」
カタカタ、宗馬の両手は小刻みに動いている。気になる。何だこの指の動きは。いやに気になる。が、今は説明が先だ。ノーラは宗馬の蠢く指を無視して説明を続けた。
「死者全員に転生のチャンスが与えられる訳じゃないんです。もう前世のことは忘れて、小さな小川をぴょんと跳び越える気持ちで転生しちゃいましょう。ぴょーんと」
カタ、カタカタカタ。急に指のペースが速まった。うわ、すっごい気になる。
「あの、その指の動きに何の意味が?」
辛抱し切れずに、ついにノーラは聞いてしまった。
「この会話をタイプしてるんだ。会議録取っておかないと」
「いいから仕事すんなっての。もうあなたは前のあなたと違うんですから」
ぐったりとしていた宗馬がむくりと起き上がる。
「前の自分と違うって、今の説明を聞く限りでは、自分は記憶も経験も能力も、それと年齢も次の転生先に引き継げるってことだが……」
「はい。あなたの人生における課金額、社会貢献度はともに素晴らしいレベルです」
「課金?」
ゲーム作りにおいて自分もよく使う言葉だ。死者が集まる転生ハローワークで課金なんて言葉が聞けるとは。
「特に社会貢献度がすごいんです。あなたが制作した『ブリリアント・ストーリーズ・オンライン』と言うゲームは、人々を熱狂させ、課金地獄を巻き起こしました。ものすごい経済効果です」
課金地獄、か。別に自分が課金システムを開発した訳ではない。宗馬は思った。どこかの会社が開発した集金システムを借りて、ちょっとだけ独自のやり方でユーザーの射倖心を煽ってやったに過ぎない。
「実績解除も高いレベルでクリアしていますし、加えて死亡ガチャでSランクレアを引き当てました。これでもう好きなように転生できます。何なりとご希望を言ってください」
「死亡、ガチャでSランクレア? それはすごいな」
宗馬は思わず計算した。『ブリリアント・ストーリーズ・オンライン』ではアイテムガチャでSランクレアを当てるには15%の確率を二度連続して当選させなければならない。
「いいでしょう? Sランクレアですよ」
よし、ようやく食いついてきたな、とノーラは押した。ガンガンに押しまくった。
「あなたが制作していたゲームのようなファンタジー世界の勇者で俺ツエーな人生はいかがですか? 異世界で能力者になってハーレムライフなんてのも最近人気ですよ。あ、それとも海の王者のキングマンボウなんてのもオススメですね」
勇者。能力者。ゲームを作ってきた宗馬にとってはお馴染みの魅力的なクラスだ。俺ツエーだのハーレムライフだのも、さまざまなジャンルで使い古されてすでに聞き飽きてはいるが、確かに転職先と考えれば悪くない案件だ。が、しかしだ。こいつ、さらっと一個すごいのぶっこんできやがった。
「キングマンボウってなんだ?」
よくぞ聞いてくれましたっ! とばかりに赤眼鏡をキラリとさせるノーラ。ぐいと前のめりになってキングマンボウの生態について説明を始める。
「数十年に一度現れると言われるマンボウの中のマンボウで、他のマンボウ達を統べる王の風格を持っ」
「そういえば能力の引き継ぎに関して聞きたいんだが」
「聞いてよ!」
「聞いてるだろ」
「いや、聞いてるけど、そうじゃなくて、もう」
わざとやってるのか、こいつは。ノーラは仕方なく言葉を飲み込んで宗馬の質問の続きを待った。
「記憶、経験、能力、年齢をすべて引き継いで、死んだ瞬間の自分に転生出来ないか?」
宗馬が初めて両手の動きを止めて言った。
「いわゆるよみがえり、コンティニューですね」
ノーラはゆっくりと首を横に振った。
「残念ですが、人類史上でよみがえり、コンティニューを成功させた人物は僅かに数名程度しかいません。元ミヤハラソウマさんのレベルでも不可能な領域です」
「……そうか」
また肩を落とし、うつむき気味に両手をカタカタとやり始める宗馬。
そんなに仕事が、会社が大事か。ならば、本当のハローワークみたいに仕事を斡旋してみるか。ノーラはタブレット端末をさらさらと指でなぞり、とっておきの情報ページを開いた。
「こんなのはどう? 魔王が眠るダンジョンの運営、管理をする人を探してる団体があるんですけど」
カタッと指の動きが止まる。宗馬のメタルフレームの眼鏡がキラリと光を放ったように見えた。少しだけ顔を上げたのか、垂れ下がった前髪に隠れていた瞳が見える。その瞳はさっきまでの死んだ魚の目ではなく、生ける屍の目のような目ヂカラが篭っていた。
「今は誰も管理する人がいなくて、荒れ放題で、勇者達によって魔王が倒されてしまうのも時間の問題だ、とか。でも魔王と言っても、まだ覚醒前の普通の人間と同じようなものですし、運営、管理も危険ではないと思いますよ」
ほーら、あなたの大好きなお仕事よ。ノーラはさらに続けた。
「あ、でも、このお仕事は普通のレベルの人間には到底務まらない厳しい物件だと聞いてるわ。どうしようかしら。元ソウマさん、ちょっとだけ、どんなお仕事か、覗いてみます?」
「……その必要はないな」
宗馬が顔を上げた。ここに来た時と同じ、完全に仕事モードの顔だ。
「きつい仕事ですよ。拘束時間も長いし、休日もなさそうですし、何しろ魔王が眠るって言う不安定要素がありますし」
「問題ない」
宗馬はメタルフレームを中指でたんっと上げた。
「自分、社畜ですから」
「その言葉を待っていたわ」
ノーラはデスクの引き出しから金色のトンカチを取り出した。