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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第四章 死んだら死んだでそれまでよ
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魔王とパン

 白いベレー帽と白いスカーフは高い意識の証。


 兄であるキングマンボウの後を追って異世界へ転生する時、転生ハローワーク職員が言ってくれた言葉だ。


「お兄様であるキングマンボウは、今でこそ姿形はマンボウと違えども、とても高い意識と崇高なる暴力とで世界を変えようと戦っています。お兄様とともにあなた達も、ぜひ、人々の意識をさらなる高みへ、ともに行きましょう、ネクストステージへ!」

 

 そして早期転生希望者108匹のマンボウ達は異世界のオークへと転生した。彼等を送り出す時にノーラは言った。


「シャンプーと、白ベレー帽と白スカーフは私からのサービスよ」


 なるほど、オークと言う種族はこんなにも複雑に思考を張り巡らせ、二本の腕でさまざまな仕事をこなす事ができる高尚で力に恵まれた生き物なのだな。これなら兄さんとともに世界の生きとし生けるものの意識を植え替える事も可能だろう。


 コロシアムで曜市の指示に従い、カラスとトカゲが混じったモンスターを狩り取っていた元マンボウは思った。


 さて、生まれてきた意味を再認識しようじゃないか。この手で働き、この脚で歩き。ん、こんな所に扉なんてあったっけ? あ、誰か、出てきた。


 そしてオークは吹き飛ばされた。


 巨大ムカデ戦士に組み付いていた曜市の頭上をひゅっと音を立てて飛び去り、大上段から大剣を打ち下ろしたレイノとその大剣をがっしりと真剣白刃取りで受け止めたアーサーとの間をかすめて落下し、二人を軽く弾き飛ばし、闘技場の地面にガリガリと溝を掘り削りながらちょうどまりあが観戦していた最前列の壁に激突した。


 まりあが小さく悲鳴を上げて飛び上がって、壁から前のめりになり闘技場を覗き込むように吹き飛んできたオークに目をやった。オークは一度か細い呻き声を上げて腕を持ち上げようとしたが、ぱたりと、力を失って腕を地面に投げ出してついに動かなくなった。


「何で、何があったの?」


 オークの巨体が飛んで来た方を見やると、白髪の魔法使いが宙に浮いているのが見えた。アーサーとレイノも戦いの手を止めてその魔法使いを見上げている。


「何だ、こいつ」


 アーサーが一歩後退って言う。無言のまま、ジロリとアーサーを見下ろすクリストフ。フッと口元に笑みを浮かべ、白髪の魔法使いはアーサーとレイノの間に割って入るようにゆっくりと降り立ち、手にしていた長くごつい杖でとんっと地面を小突いた。


 その瞬間にアーサーとレイノの身体が弾き飛ばされ、闘技場の空気がピシャリと冷たくなった。


 アーサーは弾き飛ばされながらも空中で側転するように身体に捻りを加えて姿勢を整え、ぐいと脚を振り上げて大きく回転して宙を舞い、右脚から地面に接地するとそのままクリストフへ向けてダッシュした。


「何なんだよ、おっさん!」


 全身をバネにして腰に貯めたエネルギーをすべて右の拳に注ぎ込み、身体を一直線に伸ばすようなストレートを打ち放つ。空を切り裂くアーサーのパンチはクリストフが突き出した杖とぶつかり合い、金属がねじ切れるような音を立てて青色の火花を散らした。


「ほう、いいパンチを放てるんだな。少年よ、能力引継ぎに成功したな。転生は二回、いや三回か?」


 クリストフがアーサーの顔を覗き込むようにして言った。その声の冷たさにアーサーは思わずバックステップで距離を置いた。


「何で、わかった?」


 拳を握り締め、アーサーは歯噛みするように言う。自分から後退るなんて、俺は何をしてるんだ。自分自身に叱咤する。アーサーの戦闘スタイルは超接近戦だ。それなのに、クリストフとの間合いを自ら拡げてしまった。


「少年よ、チートって知っているか?」


「チート?」


 アーサーとクリストフが何やら言葉を交わしている。レイノは弾き飛ばされ、立ち上がり体制を整えると、アーサーとのバトルがすでに終わっている事を知った。あの少年はもう自分を見ていない。クリストフと対峙している。クリストフが闘技場に降りて来た以上、この場での自分の役割は終わったようなものか。


 いつもこうだな。結果を出せず、いつの間にか華やかな舞台から降りている自分がいる。レイノは大剣を下ろし、ふと視線を上げると、目の前にまりあがいるのに気が付いた。


「あの、大丈夫?」


 まりあがいかにも恐る恐ると言った感じで声をかけてきた。連れ去ろうとした相手に情けをかけられるなんて、堕ちるとこまで堕ちたもんだな。レイノはまりあの声にに答えずに溜息をつくだけだった。


「パンッ!」


 突然まりあが叫ぶように言った。不意を打たれてびくっとしてしまうレイノ。


「えっ、何?」


「パン食べない? パン。狙われてるあたしがこんな事言うのもなんだけど、お腹空いてて無理してない?」


 まりあは紙コップに山盛りになったパンの耳ラスクを差し出した。


「パン、じゃあないけどさ、これって実は異世界の調理器具を使って揚げてるから外はカリッと、中もサックサクでこの世界の人達にはきっと新食感で美味しいって思えるはずだよ」


 レイノは思った。あれ、前にもこんなシチュエーションでパンを食べないかって言われた事あったな。いつだ? どこだった? 誰だっけ?


「コーヒーは? この世界の人達はコーヒー飲んだ事ないでしょ? 一杯からでも豆を挽いて淹れるコーヒーメーカーを異世界から持って来てるの。牛乳をたっぷり注いだエスプレッソカフェオレ試してみない? びっくりするほど美味しいから」


 紙コップを突き出してコーヒーを勧めるまりあを真正面から見据えて、レイノの記憶はふわっと蘇った。雨上がりの水溜りの匂い。踏みしめるぬかるんだ泥の感触。泥塗れになって「パンッ」と叫んだ女騎士。その美しく汚れた姿はまりあとよく似ていた。


「ああ、君は、あの時の女騎士の生まれ変わりか」


「えっ。何で転生の事知ってんの?」


 きょとんと首を傾げるまりあ。その仕草も、あの炎に焼かれた女騎士にそっくりだ。間違いない。彼女は転生を果たしたのだ。そしてパンを通じてまた巡り会えた。


「覚えていないのか? 雨上がりの水溜りに青空がきれいに映っていた。君は泥に跪き、俺にパンやチーズ、ワインを勧めた。あいにく持っていなかったけど」


 レイノの言葉がまりあの前世の記憶を呼び覚ます。水溜りの青空。ぬるま湯みたいな温まった泥の手触り。美味しいものを食べられなかった情けなさ。そして、自分に剣を向けた一人の騎士。


「あ、あなたは、あの時あたしをころし、いや、違う。違うね。あなたじゃない」


 古いモノクロの写真に色が宿るみたいに、まりあは見失っていた自らの記憶を、死に際を鮮明に思い出せた。地面が抜け落ちたみたいに青空がそのまま映り込んだ水溜りに跪き、手を差し伸べてくれた騎士がいる。レイノだ。そして背後から湧き上がる炎。そうだ、後ろからだ。


「君は、魔王が寄生していた少女を護衛していた。そして、その少女に焼かれて死んだ。魔王に殺されたんだ」


 後ろから。まりあの、マリアの背後には護衛対象の姫君がいた。魔王が寄生した少女。レイノが言う。


「君は焼かれて倒れた。俺は吹き飛ばされて、命は助かったが、魔王を見失ってしまった。その後、あの場所に急に巨大ダンジョンが出現し、魔王を宿した少女は悪魔族の手によって匿われたんだ。それが、このダンジョンだ。ダンジョンマスタリーだ」


「このダンジョンは宗馬さんが造ったって。悪魔っ子のリリの力を使って。ほんとに魔王がここにいるの?」


 レイノはまりあにこくんと一度だけ頷いて見せて、くるり、大きな足を踏み込んで振り返り、一度は下ろした大剣を構え直した。ちょうどまりあを守るように、そしてクリストフに立ち向かうように。


「クリストフ! 一度だけ聞く!」


 クリストフは杖でアーサーをねじ伏せるように押さえ付け、ゆっくりとレイノの方へ顔を向けた。アーサーはとてつもなく重い物を持つように顔を歪めて両手を頭上に上げて方膝立ちに固まっていた。


「何かな? 早くその女を捉えて欲しいところですが」


「この女性は魔王の封印に役に立つのか? 彼女は一度魔王の炎に焼かれている。本当に、彼女は救われるのか?」


 クリストフは機械仕掛けの人形のようにキリキリと首を動かし、重みに苦しむアーサーを見下ろして冷たく言い放った。


「さあ、そんな事言いましたっけ? 魔王を呼び覚ますため、一度魔王に殺された人物が必要なだけですよ」


「そうか、ならば……」


 レイノが大剣を振りかざす。


「俺はこっちにつく!」


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