転生ハローワーク職員 VS 転生者
コロシアムに繋がる従業員用隠し扉からお団子ヘアに赤眼鏡のスーツ姿の女が歩み寄る。
「あんたが黒幕か。ようやく会えたね」
ノーラはタブレット端末に指を這わせながら言った。液晶画面上で踊るように指を滑らせ、チラッとクリストフの顔を覗き見るようにしてすぐ側を通り過ぎて宗馬の脇に立つ。
「宗馬、お疲れ様。こんな風に魔王の管理してたの。完璧じゃないの」
「よう、ノーラ。あっち行ったりこっち来たり忙しそうで何よりだな」
「ほんと、やる事いっぱいで大変」
「コロシアムは放置してていいのか? まりあが奪われちまうぞ」
「あんたが仕掛けてるんじゃないの。あっちは曜市とその仲間達で十分」
ノーラと宗馬の間に割り込むようにクリストフが口を開く。
「どちら様で? 見たところ、こちらの世界の人間ではなさそうですが」
クリストフが回転椅子にふんぞりかえるように座ったままノーラに尋ねた。ノーラの着ているスーツはこの世界では見られない滑らかな素材と細やかな仕立てが施されている。手に持っている何やら光っている板も見た事も聞いた事もない技術が使われた精密な機械のようだ。
「私はノーラ・カリンって名前で、転生ハローワークで働いてる優秀な職員よ。どこの世界の人間でもない」
「転生ハロワの?」
ノーラはタブレット端末をクリストフへ向けた。椅子に腰掛けたまま思わず身構えてしまうクリストフ。
「はい、動いちゃダーメ」
パシャリ。写真を一枚。クリストフは何をされるのか、と緊張に身体が強張ってしまったが、軽いノイズ音がしただけで結局何も起きず、肩透かしを食らったように腰を落としてまた椅子にもたれかかった。
「何てことはない、画像検索よ。宗馬やアーサーのように転生する時に同じ人間になるのはレアな例なの。たいていはまったく別の存在に転生するんだけど、全部データベース化されてて転生履歴を追う事が出来るのよね」
タイトスカートからスラリと伸びる脚をクロスさせ、小さな顎に細い人差し指を添えて、とんとんと静かなリズムを刻む事数秒、ノーラはニヤリと笑顔を見せた。
「ほら、出た。現在の名前はクリストフ・ランパード。過去転生回数12回。超ベテランの転生者ね」
デスクに片肘付いて成り行きを見守っていた宗馬が驚いて顔を上げた。回転椅子をくるりと回してクリストフの方に向き直る。
「転生者か。それも12回。只者ではないと思っていたが、大先輩だな」
クリストフは背もたれに身体をもたれかけたままモニタールームの暗く低い天井を仰ぎ見て、ふうと一つ溜め息をついた。やれやれと言う表情を作って、ジロリ、ノーラを睨みつける。
「何故こんなところに転生ハロワの職員がいるんですか? 転生後の人生への介入は業務上禁止行為に指定されているんじゃありませんか?」
「私は仕事熱心なの。担当した転生者がその後うまくやってるか事後観察業務に就てただけ。別にあんたに介入はしていない」
「おまえ、アーサーって奴の転生後の人生に思い切り介入したじゃないか」
宗馬がボソッと。宗馬をキッと睨みつけるノーラ。
「あれは私の特別裁量権の範囲内。ややこしくなるからあんたは会話に入ってこないで」
はいはい、と宗馬は肩をすくめてモニター群に向き直った。
「ねえ、宗馬に強制理解装置ちゃんと効いてるの?」
「さっきから私も疑問に思ってました。この人への仕事に関する強制理解がなかなか発揮されませんので」
宗馬はメタルフレームの眼鏡を中指でたんっと弾いた。
「自分、社畜ですから。仕事する上でそんなもの必要ないのさ」
「うるさい、黙ってて」
フーッと猫が威嚇するように鼻息を荒くするノーラ。その荒ぶった勢いのままクリストフにぐいと詰め寄る。
「あんたが転生後の人生をどう使おうが構わないけど、魔王に手を出すのは推奨出来ない行為ね。私の業務の邪魔しないでちょうだい」
対して、クリストフは背もたれから身体を起こし、膝を組んでそこへ肘をついて顎を支え、目の前のノーラを見上げるようにして答えた。
「12回も転生してるとね、世界の仕組みも理解出来てしまうんですよ。もう何もかもぶち壊してしまいたくなる程にね」
「いい歳して中二病かよ」
「そんな中、10回目の転生の時に魔王の存在を知りましてね。ぜひともその力が欲しいと思い、こうして12回目の転生でようやくここまでこぎ着けました。あと少しで、魔王に手が届くんです」
「ご苦労な事で。で、今どんな事になってるか確認してみたら?」
ノーラがくいっと顎でモニター群を指した。クリストフは自然な流れで明滅するモニターに目を向ける。
「私の手駒の方がちょっと強いみたいね」
コロシアムに設置された監視カメラが闘技場の混乱を明晰に映し出していた。
重課金者にしてバトルイベント上位ランカーのレイノがSレアアイテムの大剣を振るって火球を撃ち出せば、このダンジョンではまだ無名の戦士だが異世界でのチャンピオンのアーサーが拳の一閃で火の玉を掻き消してしまう。そして3体の白いベレー帽をかぶったオークがジリジリと間合いを詰めてレイノを闘技場のコーナーへ追い立てている。
別のカメラにはターゲットであるまりあが映っていた。こちらも3体の白いスカーフを首に巻いたオークが完璧にガードしているようで、観客席最前列に陣取りコーヒー片手にアーサーとレイノのバトルを観戦していた。
砂糖に群がるアリのように、コロシアム全体にカラスとトカゲが混ざったようなモンスターが飛び回っているが、やはり白いベレー帽とスカーフを装備したオーク達に逐一叩き落とされ、捻り潰され、乾いた土塊と化してバラバラに砕け散っていた。
「なんとまあ……」
「圧倒的ね」
監視カメラに映る一際目立つ巨大なムカデは対になる腕にそれぞれ剣と盾とを装備して振り回しているが、モフモフとした一番大きなオークの指揮の元、完全に統率された集団の動きでオーク達に包囲されていた。悪魔っ子のミッチェとリリがけしかけてはいるようだが、オーク達のチームワークと曜市のリーダーシップに為す術もない様子だ。
「私が直接出るしかなさそうですね」
クリストフが立ち上がった。魔法使いらしいゆったりとしたローブの乱れをパンっと叩いて直し、魔力の篭ったロッドを片手にモニターを見つめた。
「あら、自信あり気ね」
「ええ、まあ。12回も転生すれば幾らでも自信は湧いてきますよ」
「まあ、頑張りなさい。どうやってもまりあを手に入れる事など出来ないでしょうけどね」
ノーラがヒラヒラと手を振ってクリストフを挑発する。
「止めないんですか?」
モニタールームからコロシアムに通じる従業員用隠し扉に歩きかけて、クリストフは振り返ってノーラに聞いた。
「転生現場への直接介入は業務上禁止事項なのよね」
「あなたの手駒がどうなっても知りませんよ」
「どうぞ、お好きに」
「では、遠慮なく」
クリストフは口元に笑みを浮かべて隠し扉へ向かった。




