意識高い系 VS 悪魔っ子
「もー! こーなったら、みんなまっとめてミートボールにしちゃえーっ!」
さらさらとした金髪の少女がキンキンと金切り声で叫んだ。
悪魔っ子のミッチェの甲高い声に反応し、クリスタルをこれでもかと全身に散りばめた粘土の塊が大きく膨らみだす。
「リリ、入力キャンセルを!」
曜市がモフモフの頭髪を震わせてつぶらな瞳をさらに大きくして叫んだ。リリが生み出すクリスタルモンスターはいくつのクリスタルを内包するかで強さと大きさが決まる。曜市のこれまでのダンジョン管理の経験上、これだけの数を身体中にくっつけたモンスターは見た事もない。とんでもない化け物に成長してしまうだろう。
「ヨーイチさん、ダメです。私は、仕事をするを、やめられませんっ」
もう一人の悪魔っ子リリが泣きそうな顔で言う。
「いや、それはそれでいい事だよ、リリ。でもそれは今じゃないよ」
「そこのオーク! 何言っても無駄だよっ! 強制理解装置が光ってるうちは、あったし以外のだーれの言う事も聞くもんか!」
悪魔のくせに頭の上に天使のリングを浮かせているリリを見て、曜市は自身もこのリングに支配されていたのを思い出した。転生ハローワークでノーラにいいように振り回されていた時に、確かにこの光の輪っかが曜市の頭上にも輝いていた。
「あれには嫌な思い出があるな」
曜市はちらっと転生ハローワーク職員の方を見てみた。ちょうどノーラも曜市とクリスタルモンスターの方を見ていたのか、ぱちっと視線がぶつかり合った、気がした。
ぐっと親指を突き上げるノーラ。いやいや、意味がわからない。曜市はとりあえずハローワーク職員の事は放っておく事にした。
喧騒の闘技場で、クリスタルモンスターはまるでその冒険者達の声を食べて成長しているかのようにむくむくと大きくなり、それに反比例して冒険者達のざわめきが沈黙していく。
おいおい、コロシアムは非戦闘区じゃなかったのか? あのでけえモンスターはなんだよ。I.K.A.H.O.のオークは何をやらかす気だ? なんか、やばくね?
しーんと静まり返るコロシアム。剣と盾を装備した人の背丈ほどもありそうな巨大なムカデが君臨し、巨大オークと悪魔っ子はギリギリと睨み合い、最強の少年と最高の勇者とは戦いを忘れてぽかーんとして周囲を見回していた。
混乱の予感が場を支配した。ちょっとしたきっかけで理性の堤防は大決壊して鉄砲水が一切合切を押し流してしまいそうな、はち切れそうな緊張感が空間に充ち満ちていた。しかし、そんな空気も読まずに甲高いハスキーな声をあげる女がいた。ノーラだ。
「ほらほら、アーサー! さっさと倒しちゃいな! あんたにいくら賭け、と、投資してると思ってんの!」
ノーラの張り上げた声にぱちんと緊張の風船は弾けた。
首のない屈強な剣士が連結したような、節足動物の鎧を纏った巨大ムカデはぐいっと身体を起こして三対の腕を振り上げた。それぞれの腕が剣と盾とを振り回して手当たり次第に近くにいた冒険者達に襲いかかる。完全に観戦モードに入っていた冒険者達は怒号と悲鳴を鳴り響かせて我先にとその場から逃げ出そうとするが、何分狭いコロシアムだ。逃げ惑う冒険者達の身体は折り重なるように将棋倒しになり、混乱がより一層深く渦巻くばかりだ。
「あのお団子頭に赤眼鏡の女性と知り合いかい?」
レイノが一歩下がって間合いを外して言った。アーサーはちらっと視線をレイノから外して喧騒の中響き渡った甲高い声の方を見やる。世界設定の間違った黒いスーツ姿がやたら目立つ女の姿がすぐに目に飛び込んできた。
「まあ、因縁とでも言おうか。ノーラを知ってんの?」
「一度だけパーティを組んだ事がある。なかなか好戦的な魔女だったな」
「よかった。そっち関係か。転生ハロワ絡みだったらやりにくい戦いになってたね」
「転生ハロワ?」
レイノが大剣をゆらゆらと揺らしながら首を傾げて見せた。アーサーも拳をふらふらと漂わせてサイドステップを交えてさらに間合いを広げた。
「死んだらノーラのお世話になるかもね。ひょっとしたら。それよりさ、いったん休戦しない?」
「何故だい?」
「アレ、気にならない?」
アーサーがチラリと送る視線の先で、クリスタルモンスターのムカデ戦士が縦横無尽に暴れまわっていた。
強大な上半身を鎌首をもたげる大蛇のように持ち上げて三対の腕が装備する剣と盾とで逃げ惑う冒険者達をばったばったと切り倒していく。一対の腕だけでそこらの冒険者では歯が立たないくらいの腕力がある。それが多数連結していて、容赦なく手当たり次第に襲いかかってくるのだ。アーサーとレイノのバトルを見物してただけの冒険者は為す術もなくムカデの怪物に蹂躙されていった。
「あっちの方が面白そうじゃね?」
面白い、か。レイノは大剣を下ろした。
「だったら君があのモンスターの相手をすればいい。オークと一緒にな。その間に俺は自分の使命を果たすだけだ。魔王を倒すため、あの女を捕える」
「真面目系なんだね」
アーサーはまりあがいる方を見上げた。ノーラの側で何か食べながらムカデ戦士を気にしているようだ。
「君がふざけ過ぎてるだけだ。それだけ強いんだ。もっと人のために戦ってはどうだ?」
「人のためなんてやだね。自分の人生を自分のために使わないでどうする」
「そうかい」
レイノは大剣を構え直し、アーサーに向き直った。さて、どうする? クリスタルモンスターに気を取られているとは言え、この少年は打ち込む隙すら見せない。ミッチェとリリの悪魔っ子コンビが喚び出したあのムカデ戦士もあの女を奪い取るために動くだろう。俺は、どうしたらいい?
レイノもアーサーと同じくまりあがいる方を見上げた。あの女が魔王を倒すために必要だとクリストフは言っていた。それなのにI.K.A.H.O.のリーダーもノーラもこの少年も彼女を守ろうとしている。正しいのはどちらだ。
ふと、まりあは視線に気付いた。アーサーがこっちをちらっと見上げたようだ。つられるようにレイノとか言う騎士崩れの剣士もこちらを見上げている。あれ? あの人、どこかで会った事あるかな?
そして、厄介な事に突然現れて暴れ出したムカデの化け物まで確実にこっちに向かって来ているように見える。
「ねえノーラ。あたし急にモテるようになっちゃって、それはそれでいいんだけど、一体何がどうなっちゃってる訳?」
側にいるノーラに話しかけると、ノーラは腕時計を気にしつつ、背後の業務用大型冷蔵庫を見ながら答えた。
「あのバカ真面目なレイノの行動と言い、宗馬の光の輪っかと言い、誰か焚き付けてる奴がいるわね」
「焚き付けてるって、何を?」
「何から何まで私の仕事を邪魔する気か。こっちだって黙ってやられっ放しって訳にはいかないの」
細い革バンドの腕時計をもう一度チラリと。
「もうそろそろ来てもいいはずだけど」
とノーラが言い終えるや否や、すぐ背後の業務用大型冷蔵庫がゴンゴンと大きな音を立てた。それはノックの音だ。
「ほら、タイミングばっちり。さすがは私」
ノーラがタブレット端末を小脇に挟み、大型冷蔵庫の取っ手に手をかけてぐいっと細い身体ごと引っ張った。
「さっきっから何なの、もう。あたしにも解るよう説明してよ」
「援軍を呼んでるって言ったでしょ? 私の読み通り、完璧なタイミングで転生出来たの」
首を傾げるばかりのまりあにノーラは自信たっぷりの笑顔を見せつけてやった。ばくんと口を大きく開いた大型冷蔵庫のその中身は真っ暗闇だった。保管していた食材はどこにいった? そもそも、何故に真っ暗? どこかに通じているのか。
まりあが冷蔵庫の中を覗き込もうとした時、暗闇の向こう側からモッフモフした毛むくじゃらの極太い腕が現れて、冷蔵庫の外枠をがっしと掴んだ。




