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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第四章 死んだら死んだでそれまでよ
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重課金ランカーの登場

 ノーラを宗馬の元へ送り届け、ついでにI.K.A.H.O.の通常業務であるダンジョン内メンテナンスを軽くこなしてから闘技場に戻った曜市が見たものは、やたら盛り上がっている冒険者達と、闘技場で圧倒的強者のオーラをまとって戦っている少年と、さっき別れたばかりのノーラの呑気な笑顔だった。いったいどうしてこうなった。もう何が何だかさっぱりわからない。


「ノーラ! 何でここにいる? さっき宗馬さんとこに行ったばかりじゃないか!」


 曜市は巨大な身体で冒険者達を強引に掻き分けて観客席最前部まで降りて行った。リングサイド席のような特等席で腕組みして戦闘を見守るノーラがそれに気付き、うむ、と名セコンドぶって小さく頷く。


「うむ、じゃなくて。ここで何しているのさ? この騒ぎは何?」


 冒険者達の喧騒に負けないよう大声を張り上げる曜市。


「挑戦を受けたからには全力でそれを叩き潰すのが私のやり方なの」


「そんなの聞いてないし」


「ダンジョン新管理人とまりあを賭けてバトルしてんの」


「ダンジョン新管理人? 宗馬さんどうかしちゃったの? まりあさんを賭けてって、隣にいるじゃないか」


「ハーイ、曜市くん。パンの耳食べる?」


「いただきます」


 オークのごっつい指がまりあの差し出した紙コップに盛られたパンの耳ラスクを数本摘み取って、真っ白い牙の生えた口へ運ぶ。サクサクとやりながら曜市は、腕組みしたまま闘技場を見つめるノーラにさらなる説明を求めた。


「ノーラ、もうちょっと解りやすく言ってくれないか? 何一つ解らないよ」


「まったくもう、モフモフしたプードルみたいなあんたの目は節穴? リングで戦ってる子が誰か解らないの?」


 リングじゃないし。コロシアムの闘技場だし。曜市はモフモフした毛に埋れそうなつぶらで大きな目を闘技場へやった。そこには細身の少年がボクシングスタイルで冒険者を一瞬で殴り倒している光景があった。


 誰だ、あの少年は。金色のラインが入った黒ジャージを袖まくりして、目にも留まらぬ速さで拳を繰り出している。ボクシングスタイルと言い、あのジャージと言い、この世界の住人ではないと一目で解った。


 ああ、あれは、マンボウ時代の!


「アーサーくんか! アーサーくんだ!」


 アーサー王とか言う変な名前の、オリンピック代表候補まで登りつめた、まだ自分がマンボウだった頃の兄弟だ。彼もこの異世界へ転生を果たしたのか!


 十九人目をまたも秒殺で決めたアーサーは、黒ジャージの前をふぁさふぁさと扇いで冷たい空気を胸に当てながらノーラとまりあの元に戻ってきた。


「ふー、マジヤベぇ。休憩だ、休憩」


 十九連戦でさすがに額に玉の汗が浮かんでいる。それでもアーサーは両腕を軽く振るって、闘技場の石壁を軽く乗り越えてまりあの隣にどっかりと腰を下ろした。


「まりあさん、何か飲むのない?」


「アサオくん、もう、かっこよかったよ!」


「いやいや、だからアーサーオーだよ。それより、水でいいから、ない?」


「はい、パンの耳ラスク。食べて」


「わーい、喉カラッカラの時にラスクをサクサクって、口の中パッサパサになるって! ラスクは無理! 水ちょうだい! ミ、ズ!」


 と、余裕でノリツッコミをかましてみたアーサーは、まりあの隣に座る巨大な筋肉の塊をしたプードルみたいなモフモフ顔のオークにようやく気付いた。

 

「うおっ! でけえ! 何こいつ!」


「アーサーくん! 君の素晴らしいバトルを見せてもらったよ! さすがはオリンピック代表候補! そしてさすがは懐かしの我が兄弟!」


 オークの曜市はアーサーに抱き付き、モフモフの剛毛を擦り付けるように顔を押し付けた。ふわっと石鹸のいい香りがして、柔軟剤を使った洗いたてのタオルのようにアーサーの汗はオークのモフモフに吸われていった。


「兄弟? 知らねえよ、こんなでけえ奴。誰だよ?」


「曜市だよ。灰谷曜市。かつてのキングマンボウにして、いまはオークの王として種族を越えた意識改革の真っ最中だ。忘れたか? マンボウとして同じ海を泳いだ兄弟だよ」


 アーサーの記憶がぶわっと蘇った。と言っても、アーサーにとっては本当についさっきの出来事だ。


 ノーラに連れ出された東尋坊の海で出会った福井県の名物、巨大マンボウ。それは灰谷曜市と言う一人の男の転生した姿であり、一瞬だけだが、アーサー自身も転生したマンボウ時代のまさに血を分けた兄弟だ。


 あの岩場で亡くなってしまった巨大マンボウが、またこの異世界で巨大なオークへと転生を遂げていたのか。まあ、アーサー自身もあの後ノーラに断崖絶壁から突き落とされて今のこのコロシアムへ転生してきたんだが。あれから1時間も経ってないんじゃないか?


「兄さん! そんなに思い入れはないけど曜市兄さんか! たった1時間ですっかり変わっちゃってまあ!」


「14年ぶりか、アーサーくんは全然変わっていないな!」


 再びがしっと抱き合う巨大モフモフオークと若き天才ボクサー。


「何なの、この展開。ちょっと萌えちゃうんですけど」


 まりあがぼそっとつぶやいた。種族の垣根を乗り越えて抱きしめ合う二人の男達を見つめながらラスクをサクサク。


「ちょっとあんた達、気合入れ直しなさい。ついにやって来たわよ、このコロシアムのチャンピオンが」


 すっかり蚊帳の外だったノーラが腕組みを解いて言った。あ、ノーラいたのか、と言うようにノーラを二度見するアーサー。眉間にしわを寄せて赤眼鏡をくいっとやっている。


 コロシアムの喧騒が一際大きく膨れ上がった。アーサー達がいる席の反対側、対面の席を陣取っていた冒険者達が海を割るようにざわわっと左右へ別れ、その道を大剣を肩に担ぎ、プレートメイルで身を固めた剣士がゆっくりとした足取りで降りてきた。レイノだ。悪魔っ子のミッチェと、頭の上に光の輪っかを浮かべたリリを引き連れて、闘技場へと降り立った。


 レイノは対面側のリングサイド席にどっかりと腰を下ろして紙コップを片手に首を傾げてるアーサーを見つけ、最強のガチャアイテムの大剣を彼に向けて突き付けた。


「あいつがこのコロシアムのチャンピオン?」


 アーサーが紙コップの水を軽く口に含んでノーラに尋ねた。


「ゲームポイント上位ランカーであり、課金額もトップクラス。間違いなくこのダンジョンで最も名前の知れたプレイヤーね」


「面白え。俺があいつに勝てば、元の世界とこの異世界と二階級制覇か」


 紙コップを握り潰すアーサー。モフモフした曜市がごつい手をアーサーの肩に置いた。


「君は疲れているだろ? 僕がやろうか?」


「お気遣いどうも、曜市兄さん。でも、ウォーミングアップが終わって、全開で行くかってタイミングだったんだ。俺が行くよ」


 アーサーがすくっと立ち上がり、レアガチャアイテムである爆裂ナックルダスターを装備した拳をレイノへ向けた。


「来な、チャンピオン。今の俺はマジヤベぇぞ」


 拳をくるっと返し、くいっと掌を煽ってレイノを挑発する。コロシアムを埋め尽くす冒険者達のボルテージが一気に爆発した。


 大歓声の中、アーサーは闘技場へ舞い降り、レイノは大剣を両手で構えてそれを待ち受ける。最強と最強がぶつかり合おうとしていた。


「曜市、あんたはあの悪魔っ子二人組の相手をしなさい」


 ノーラが顎でくいっと悪魔っ子を指した。


「リリがなんでレイノといるんだ? いつも宗馬さんの側にべったりなのに。それにあの頭の輪っか。見覚えあるよ」


「さっきちらっと映った宗馬さんの頭上にも輪っかが光ってた。転生ハローワークであたしの上で光ってたのとおんなじように」


 まりあと曜市はノーラの答えを待った。ノーラは赤眼鏡を薬指でくいっと上げて、立ち上がって言った。


「あれは強制理解装置。また別の異世界の技術よ。転生ハロワの光の輪っかはそれをちょっと改造したもの」


 ノーラはすうっと胸いっぱいに空気を吸い込んで、コロシアムの大歓声に負けないくらいの大音声を張り上げた。


「アーサー! ここが勝負所よ! 全力でやっちまいな!」


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