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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第四章 死んだら死んだでそれまでよ
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最強少年

 その拳に神は宿るのか。


 山田中獅子王はスポーツライターにインタビューを受けた時、そんなふざけた質問を食らった。何かバカにされた気分になったので、とてもゆっくりとそいつを殴ってやった。


 こんな風に人を殴るのに神の力なんていらないだろ。不確定な要素は強さに結び付かないからな。


 そして、こう答えた。


 で、今の拳がすげえ速かったらどうなってた?


 誰よりも速く、そしてピンポイントで人体の構造上の弱点を打ち抜けば、相手の行動力を一瞬で奪う事が出来る。そのためにガキの頃から、それこそ生まれ落ちた時点からスピードと正確性を磨きに磨いた。


 ボクシングと言うスポーツのルールは、極論を言ってしまえば相手を十秒間動けなくすれば勝ちだ。相手を動けなくするために、ゴリラみたいな腕力で何度も何度も殴ってやる必要はない。目にも留まらぬスピードで相手の弱点をピンポイントで狙撃してやればいい。俺はスピードと正確性を特化して鍛えてきた。マジヤベぇくらいに。


 アーサーは語った。


 マジヤベぇ速さで、ココを打ち抜くんだ。


 アーサーはライターを睨み付けながら、再びゆっくりと拳を繰り出してその顎の先端をかすめてやった。


 もう、そのスポーツライターはアーサーを下に見る態度は取らなかった。


 転生する時に世界の仕組みをノーラから教わった。基本プレイ無料期間の14歳までどれだけ鍛えられるか、だ。そこから先は課金勝負だ。アーサーは戦慄して生まれた瞬間から、歩むべき道を決めていた。




 アーサーの左の拳が空気を切り裂く。踏み込むステップと同時に左肩から伸びるパンチだ。気が付けば拳が鼻を捉えている。いや、鼻を触られて初めて拳が迫っていたと気付く速度のパンチだ。


 鼻先を掻っ攫うような左のジャブに一瞬だけ目を閉じてしまう。アーサーのジャブはダメージを与えるためのパンチではなく、その空白の時間を作り出すための一手だ。相手の目が閉じた瞬間、左の拳を戻す動作で回転力を高めて右腕を腰ごとぶん回してガラ空きになる腹へ深く打ち込む。


 さらに一歩踏み込んで密着した状態での横隔膜までめり込む右の拳だ。腹を打ち抜かれた相手はそこでようやくアーサーが懐深くまで潜り込んでいた事に気付く。さっきまで、2メートルは離れていたはずなのに、と。


 腹を深くえぐられて、嫌でも身体は前にへし折られて顎が突き出てしまう。アーサーの三撃目がそれを見逃すはずもない。一瞬の間も置かずにすぐさま左のショートアッパーが顎に食らいつく。こつんと下から小さく突き上げる一撃だ。この左アッパーもダメージを与えるためのパンチではなく、むしろ相手の顎を固定するために左の拳を添えるようなものだ。


 そして最後の一撃。身体が前に折れて、無様にも顎を突き出したところへ、アーサーの渾身の右フックが再び襲いかかる。狙いは顎の先だ。頭ががくんと横に振られ、頭蓋骨の中で脳みそが派手に暴れ回るようにピンポイントで顎の先端を狙い打つ。相手の頭が真横を向くように顎を打ち抜き、長い腕を振り抜いて相手の意識を根こそぎ刈り取る。脳がこれだけ跳ね回れば、もはや十秒間身体を動かす事なんて出来やしない。


 このアーサーの四連撃がまばたきをした瞬間に打ち込まれるのだ。ボクシングの防御を知らない異世界の冒険者がこれを食らって立っていられるはずがない。まさに瞬殺だ。


「オラァッ! 次はどいつだ!」


 十五人目の挑戦者を瞬殺し、アーサーは両方の拳を突き上げて吠えた。その拳にはメタリックな光を放つナックルダスターがはめられていた。拳だけでなく手の甲を覆うようにデザインされたもので、戦闘開始前にバトルガチャで当てた戦闘効果アップのアイテムだ。相変わらずガチャ運の強いアーサーであった。


「アサオくん、やるじゃない」


 闘技場のリングサイド席でまりあは祈るように両手を組んでぽーっとアーサーを見つめて言った。


「私の予想を上回る成長をしてやがるわ。どいつもこいつも」


 その隣で憮然とした顔のノーラがぼそっと。


「宗馬と言い、曜市と言い、そしてアーサーと。何でまあこうも私のとこに曲者が回ってきちゃうのかしらね、もう」


 社畜に、意識高い系に、ニート。それぞれ人間性に偏りを見せるダメ人間ズに見合った転生先を半ば強引に斡旋してやったのだが、こいつらはノーラの転生プランを軽く斜め上に飛び越える転生者として進化を遂げていた。


「アサオくんかっこいいじゃない。何か問題でも?」


 まりあが自分の立場も忘れてアーサーに拍手を送りながら言った。もしもアーサーが負けてしまえば、自分はダンジョン新管理人の元へ連れて行かれる。そこで何が待っているのか。しかしそんな不安も払拭できるアーサーの戦いっぷりだ。


「調子に乗り過ぎ。私の読みではあいつが戦いに来ると見てるんだけど、ちょっと早過ぎるかな。援軍も用意してたけど、間に合うかどうか」


「援軍って、まだ何か起きるの?」


「常に一手二手先を見て転生先を紹介するのが転生ハロワ職員のお仕事なの」


 ノーラの意味深な笑みに、首を傾げるしかないまりあだった。




 ここにもう一人、首を傾げるしかない者がいた。クリストフは長い白髪をかきあげて、憮然とした顔でモニターを睨み付けていた。


 ダンジョン管理人室に設置されたモニター群の前で、広々としたデスクに両肘を付いて手を組み、そこへ顎を乗せてそっと溜め息をつく。モニターの明かりがクリストフの顔に深い影を作っていた。


「ダンジョン管理人とは言え、冒険者どもを思い通りに動かせるものではないんですね」


 コロシアムに取り付けられた監視カメラの映像が、突如闘技場に現れた少年がまた一人冒険者を倒したところをさまざまな角度で伝えてくれている。またもや秒殺だ。武器を持たず自らの拳で戦うこの少年はバトル開始から一度も攻撃を食らっていない。


「そりゃそうさ。しかし不確定要素がある仕事は面白いものだ」


 頭の上に光の輪っかをぷかりと浮かべた宗馬が言った。クリストフの隣のデスクに座り、ノートパソコンの上で軽やかに指を踊らせている。


「それに邪魔が入った方がやりがいもあるだろ?」


「わかりませんね、その感覚は。私とあなたとでは仕事というものに対する考え方は根本的に違うようです」


「そうか。仕事をこなすと言うよりも、むしろ仕事にこなされてみれば、あるいは自分の領域まで到達できるかもな」


「そんなとこまで行きたくありませんね」


「まあいいか。どっちにしろ、どんな狙いがあるか知らないが、賭けの対象をまりあにしたのはそれなりに盛り上がるイベントだったと思う。いいアイディアだ。しかしあの赤眼鏡のお団子ヘアに全部掻っ攫われたな。さあ、どうする? あっという間に持ち駒はなくなるぜ」


「そのようですね。気に入りませんが」


 そうこう話している間に、モニターの中のアーサーがまた一人、冒険者をスピードののったパンチで闘技場に沈めていた。やはり、闘技場真ん中で向かい合って数秒の事だ。アーサーが動いたと思った時に、すでに決着はついている。


「レイノ、あなたなら勝てますか?」


 不意に名前を呼ばれたレイノは、こちらを見向きもせずに呼ぶクリストフの背中から視線を逸らした。ソファに腰を下ろしたままモニターの中のアーサーを見つめ、少し考えるようにガチャで得たショットガンソードを撫で、そしてのっそりと緩慢な動きで立ち上がった。


「俺に彼と戦う理由があるのなら、きっと勝てるだろうね」


 その言葉を聞いたクリストフはたっぷり間を置いてからレイノに振り返った。


「戦う理由がなければ、負けるとでも?」


「彼は強いよ。本当に強い。一切の迷いもなく突き進んでいる。俺も迷わなければ勝てるだろうが、剣に迷いが生じれば打ち倒されるだろうね」


「……迷う理由でもあるんですか?」


 クリストフがくるり、椅子ごとこちらを向いて問いかけた。モニターに映るアーサーを背後に従えるようにして、前屈みになり、レイノを冷たく睨み付ける。


「あの金髪の女性。彼女が魔王討伐のカギだと言うのは間違いないんだな?」


 レイノはクリストフの凍り付くような視線に真正面から向き合って言った。


「ミッチェが言っていたじゃないですか。あの女性の魂から魔王の匂いがプンプンする、と。前世から因縁があるんですよ。疑うのでしたら、どうぞ、今の魔王を討ち取りに行っては? 負けると解って戦うのも、また、迷いのない戦いとなるでしょう」


 レイノはもう口を開かなかった。静かにソファから立ち上がり、背後にある金属の扉を目指す。


「ソーマさん、この扉からコロシアムへいけるんでしたよね?」


「ああ、スタッフ用直通だ。ロックは外しておいたからいつでも行き来出来る」


 レイノは宗馬に軽く頭を下げて、金属の扉を押し開いた。ギギッと錆び付いたような大きな音を立てて扉は開かれ、眩しい光と、大勢の冒険者達が熱くなっている喧騒が管理人室に流れ込んできた。


「ミッチェ、あなたも行きなさい」


「えー、あったしもー?」


 クリストフがデスクに座っていた悪魔っ子に耳打ちする。


「もしもレイノが負けそうになったら、あなたの魔力であの場の全員を……。解るでしょう?」


「そういう事ならー、喜んでー」


 ミッチェが長い耳をパタパタと震わせて、笑顔でレイノの後を追いかけて行った。


「さて、ソーマさん。あなたには魔王のところへ案内をお願いしたいのですが、いいですよね」


 宗馬の頭上に輝く光も輪っかがぶんっと鈍く光を放つ。


「ああ、喜んで」


 宗馬は素直に立ち上がった。


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