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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第四章 死んだら死んだでそれまでよ
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王、ついに降臨す

「王?」


 まりあは一瞬だけノーラから視線を外し、ぐるり、闘技場を見回した。やはりこの場にいる荒くれの冒険者達みんながみんな、まりあとノーラを見ている。その中に王のような人物は見当たらない。秘密兵器がどうしたって、とノーラに向き直ったら。


「ノーラ、王ってなに、いないしっ!」


 いつの間にかまりあの隣からノーラの姿が消えていた。そこには空になったアイスコーヒーのグラスと噛み潰されたストローがあるだけで、頼りになりそうな魔法使いの格好をしていたノーラはいない。まりあは念のため二度見、三度見としてみたが、やはりいないものはいない。


 もう秘密兵器だの王だのそんな問題じゃない。ノーラは何と言った? 五秒って言ったか? 五秒もつのか、この状況で。


 まりあは背後に無言の圧力を感じた。ものすごく感じた。くるり、なるべく時間をかけてそうっと振り返る。


「うわ」


 思わず声が出てしまった。さっきまで遠巻きにこちらの様子を窺っていた荒くれの冒険者達が、ぐるりと何重にも輪を描いてまりあのすぐ背後までにじり寄っていた。花に止まった蝶を捕まえるように音もなくじわりじわりとすぐそこまで迫っていた。


 これは、もう、ダメかも。何が何だかわかんないうちに揉みくちゃにされて、一度でいいからフォアグラ食べたかったなんて思う間もなく男達の手にかかって、ああ、あたしの人生ってなんだったんだろう、まだまだ美味しいもの全然食べてないよ、あ、最後にラーメン食べたい、と思ってると、ぽんと肩に手を置かれた。


「えっ」


 ついに冒険者達に捕まったか。いや、その手は後ろから、優しく。後ろから? 背後には誰もいないはず。


 まりあはその手にぐいっと身体を引っ張られ、彼女と体を入れ替えるようにして、スラリと背の高い少年が一歩前に進み出た。その姿格好からこの世界の人間ではないとまりあにはすぐに解った。少年はゴールドのラインが入った黒ジャージに身を包み、長い手足を大きく伸ばしてさらに一歩踏み込む。


「もう大丈夫。俺に任せて」


 アーサーは振り返らずに言った。その黒ジャージの背中には金色の翼が描かれていた。


「まりあ、お待たせ。私のとっておきを連れてきたよ」


 ノーラの声がまりあの後ろから聞こえてきた。振り返れば、五秒前とは衣装が違うノーラが笑顔で立っていた。赤眼鏡とお団子ヘアは変わらず、転生ハローワークで出会った時の黒スーツに目にも鮮やかな紅いネクタイ。手にはタブレットPCを持って、細い指先で何やらタッチ操作を行い、その薬指で赤眼鏡をくいっと上げて言う。


「アーサー、ここは強い者こそが正義と名乗れる世界よ。転生を重ねて引き継いできたあんたのその強さ、存分に見せつけてやりな」


 ノーラが言い終えるや否や、まりあを捕まえようと取り囲んでいた冒険者達がザワワと音を立てて退いた。


 何が起きたの、とまりあが忙しくもくるくると回るようにまた振り向けば、そこにはリズムを刻むように左腕を軽く振るっているアーサーと、彼の足元に崩れ落ちた三人の冒険者達がいた。


「準備運動にもならねえな」


 アーサーが両肩をぶるんと回してとんとんと軽やかなステップを踏み、まりあに向けてまだあどけなさが残る笑顔をちらっと見せた。


「まりあ、この子が私の秘密兵器。現代日本では王になり損ねたけど、この異世界でなら王になれる素質十分ね」


「誰のせいで王になり損ねたんだよ」


 まりあよりも頭一つ大きくて、かなり細身に見えるがその身体は相当に引き締まっている。戦闘スタイルはボクシングか。左腕を前に突き出し、右の拳は顔の脇に添え、その様子はまるでライフルを構えたスナイパーのようだ。かっこいいじゃん。王と言うよりも王子様ね。まりあは思わず見惚れてしまった。


「聞きなさい、冒険者達!」


 ノーラが甲高くハスキーな声を張り上げた。そのきゃんきゃんとコロシアムに響き渡る黄色い声に、まりあを取り囲んでいた冒険者達の目がノーラに集まる。


「さっき新しいダンジョン管理人がこの子を連れてこいって言ったじゃない?」


 黒いスーツにタイトスカート、眩しいほどに鮮やかな紅いネクタイと赤眼鏡。見た事もない奇妙な格好をした女は冒険者達に大音声で上から目線で続けた。


「それじゃあちょっと面白味に欠けるわね。はっきり言ってつまんない。あんた達も一端の冒険者でしょ? そしてここはバトルコロシアム。暴力にモノを言わせてみない?」


 ノーラがアーサーに歩み寄り、その弾む筋肉を纏った肉体にしなだれかかり、妖しく言い放った。


「この男の子の名前はヤマダナカ・アーサーオー。異世界からやってきた最強の少年よ」


「アサオくんって言うのね」


「いや、アーサーオーだから」


 アーサーがまりあにつっこむ。


「私のとっておきのファイターと戦って勝てたら、この子を、まりあをあげるわ。好きにしなさいな。その代わり、負けたら私の部下になりなさい。アーサーみたいにこき使ってあげる」


「えっ」


 驚いて声を上げたのはアーサーとまりあだった。


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