ダンジョンでまた会いましょう その5
すまないが ちょいと一人に しておくれ
異世界のダンジョン管理人、宮原宗馬の辞世の句である。死んではいないけど。
ぐったりと項垂れる宗馬を見て、ノーラもまりあも、それこそうっかり触れればパチュッと飛び出てきそうな腫れ物に触るように声をかけてみたものの、宗馬は「月はどっちに出ている」などと意味不明な供述を繰り返すばかりだった。仕方ない、これは放置しとくしかない、とノーラとまりあは結論付けて、とりあえずダンジョンを抜けてコロシアムへ避難する事にした。
管理人室にある回転椅子を前後ろ交互に並べて、その上に胸で手を組んで横になり、穏やかな表情で現実からの逃避行を始めた宗馬を横目に、まりあは金属扉のカードスリットに自分の社員証を通した。白く細い指でテンキーを突つく。
「宗馬さんって煮詰まるとあの状態に入ってリセットかけるの。大丈夫、起きた時にはきっとけろっとしてるよ」
がちゃっと金属扉のロックが外れる小さな音がした。まりあは扉に肩を押し当てて重そうに押し開け、ノーラにちょいちょいと手招きした。
「だといいけど」
扉を支えるまりあの脇をすり抜けて、ノーラは薄暗い石畳の通路に歩み出た。流れてくる空気はやや熱を帯び、遠くに聞こえる歓声が場を震わせていた。闘技場だ。
「直通の扉があるなら言ってくれればよかったのに」
「社員専用の通路だよ。バイト扱いの曜市くんにはまだ教えてないし」
「あいつバイトなんだ」
「御社の就業規則に引っかからないようにアルバイトとしてこき使ってくださいって言ってた」
「社畜として将来有望ね」
闘技場はまだまだ熱く盛り上がっていた。
まりあとノーラが部屋を出て行ってからしばらくして、妄想のお花畑で現実逃避に勤しんでいた宗馬は爆発音に叩き起こされた。
熱を帯びた爆発の残響音が宗馬を現実へと引きずり戻す。何事か、と宗馬は身体を起こしてコントロールルーム内を見回した。もうもうと黒煙が湧き上がっている。ダンジョン各ブロックに繋がっているスタッフ用マルチプル通用口からだ。
「誰かいるのか?」
宗馬は黒煙に向かって声をかけてみた。まりあとノーラはさっき出て行ったはずだし、曜市ら運営スタッフだとしても登場シーンには派手すぎる。何をやらかした。
黒煙はすぐに小さくなった。そして潮が引くように煙が消えると、そこには三つの人影があった。一つは大剣を構えた薄汚れたプレートメイルを装備した剣士、一つは白髪の魔法使い、一つは悪魔族の特徴を持った少女。
「どうもはじめまして。このダンジョンのマスターでありますか?」
白髪のクリストフが宗馬へゆっくりとした動きで頭を下げた。その礼儀正しい態度に、宗馬も一人の社会人として思わずかしこまる。
「あ、これは失礼しました。どうも、当物件の管理、運営責任者の宮原宗馬と申します」
椅子から立ち上がり、ダークグレーのスーツの懐に手を忍ばせて三人につつっと歩み寄る。その怪しい動きに、レイノは宗馬を制しようと大剣を突き出すが、するり、宗馬は最小の動きで大剣をすり抜けてレイノ達三人の懐深くまで潜り込んだ。びしっと小さく白い紙片を突き付ける。名刺だ。
「どうぞ、ご挨拶として」
「……これはこれは、どうもご丁寧に」
クリストフは宗馬からうやうやしく名刺を受け取った。ただ紙片を差し出すだけなのに無駄のないまるで流れる水のような動き、この男、只者ではないな。手に持っていたのがこの紙切れでなくナイフであったなら、と背筋に冷たいものが走るクリストフであった。
「さすがはダンジョンマスターですね」
「君達は三人組と言う事は、ダンジョンマスタリー挑戦者だな。まずは攻略おめでとうと言っておこう。ダンジョンマスタリー初クリアだ」
宗馬はくるりと三人に背を向けて、モニター群に手をかざすようにして喋り続けた。
「ゲームマスターは往々にしてすべてを掌握したがる傾向にある。マスター側が用意したシナリオに忠実であり、正攻法でダンジョンを攻略する。そしてそれ以外は邪道と認めない。だが自分は違う」
モニター群に様々な映像が流れ込んでいる。無人のダンジョン通路であったり、出口を求めてのしのし歩くオークとドワーフであったり、バトルで盛り上がる闘技場でお喋りに花を咲かせる女二人組であったり。くいと顔を上げて、モニター達が放つ光をメタルフレームの眼鏡に反射させて、宗馬の語りは続く。
「邪道? 大いに結構! 運営スタッフ用の隠し通路を見つけ出すような裏技的攻略法。いいじゃないか。自分はそんなゲームマスターの期待を斜め上に飛び越えてくプレイヤーを待っていたんだ」
自分で言ってて興奮してきたのか、次第に声も大きくなり、ばっと大袈裟な身振りで振り返る。
「もう一度言おう。クリアおめでとう! 君達冒険者はやり遂げたんだ!」
「ちょっと、聞きたい事があるんですが、いいですか?」
いつまで経ってもきりがない、とばかりに走馬の独壇場にクリストフが割って入った。会話の主導権をとっとと奪い取らないと。
「なんだ?」
「ここにある機械装置はこの世界のものと性能がまるで違います。ダンジョンも不思議な構造をしていました。あなたは、異世界からこれらの技術を持ち込んだ異世界人ですね?」
「ああ、そうだ。自分は異世界から転生してきた」
「やはり異世界からの転生者ですか。次の質問です」
レイノは明滅するモニター群を眩しそうに見つめ、ミッチェはテーブルに置きっ放しになっていたコーヒーとパンの耳ラスクの匂いをくんくんとかいでいた。
「このダンジョンのどこかに魔王が眠っていると聞きます。どこに、いるんですか?」
宗馬が少し口ごもって首を傾げて見せた。
「それは、なんだ、ちょっと構造が複雑で口では説明出来ないな。後で案内してやる」
「では後でお願いします。そして最後の質問です。異世界からの転生者が何故魔王の眠るダンジョンの管理をしているのですか?」
「それが自分に与えられた仕事だからだ」
今度は即答だった。
「それ以外に理由はない」
びしっと言い切ってから、宗馬はニヤリと笑ってさらに言った。
「それもたった今で終わりだ。自分の仕事は完了した。次は君達がダンジョンを管理する番だ」
「……何ですって?」
「自分が目指すゲームの新しいスタイルとは、プレイヤーのゲーム運営への参加だ。対戦要素も然り、プレイヤーがゲームの本質部分へ参入する事できっと斬新なスタイルが生まれるはずだ」
「つまり、私達にこのダンジョンを運営、管理してみろ、と言うのですか?」
「ダンジョンマスタリーのクリア報酬はダンジョンの運営権だ」
宗馬は再びモニター群を仰ぎ見るようにして両手を広げた。
「できるか? 嫌だと言うなら、他のプレイヤーがクリアするまで待つだけだ」
今度はクリストフがニヤリと笑う番だっ
た。
「それはもう願ったり叶ったりです。実は私は、それが目的でダンジョンを攻略していたのですから」
そしてバックパックから輪っかを取り出した。人の頭の上に浮かばせるのにちょうどいい大きさの輪っかは、クリストフの手の中でぼんやりと光り始めた。
「魔王ごとこのダンジョンを戴こうと思ってたんですよ」




