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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第三章 あなたの死後のお手伝い、或いは、あなたの明日をアップデート
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ダンジョンでまた会いましょう その3

 荒ぶるプードルとはこんな具合だろうか。


 モフモフの頭の毛がさらにブワッと膨れ上がって真ん丸くなった筋肉の塊が、三つ首の黒犬の左右の首をそれぞれ左右の大きな手で鷲掴みにしていた。


 モザイクタイル張りの天井が高い広間の真ん中で、三つの首が唸りを上げる巨大な黒犬とモフモフした荒ぶるプードルのようなオークが対峙した。


 黒犬の頭をがっしりと掴む手にさらに力が流れ込む。極太の指が黒い毛を掻き分けて頭にめり込んでいく。黒犬の右の首が、そして左の首がメキメキと音を立てて変色し、灰色の土塊となって砕け散った。


 黒犬の真ん中の首が天井を仰いでぎゃんと鳴く。両手にこびり付いた乾いた粘土の破片を振り払い、曜市は黒犬の悲鳴を打ち消すように吠えて、がっしとその首を掴み取り、ぐいと床面のタイルに叩きつけるように引っ張って切り株のような太い膝をぶち込んだ。


 硬い石が割れる音がモザイクタイルにこだまして、巨大な黒犬は全身を灰色の粘土に変えてあっけなく崩れ落ちた。


 びしっと決めポーズをとる曜市。バラバラと散らばるクリスタル。ワラワラとそれを拾い集めるドンガン。ペラペラとナビブックのページをめくるノーラ。


「どうだい、マンボウ時代に引けを取らないこの巨体から繰り出されるパワー」


「さすがこのブロックの小ボスクラスともなると一匹でけっこう稼げるな」


「ちょっとー、この先は行き止まりじゃないの。突き当たりの壁が見えちゃってるし。道間違えたんじゃない?」


 何ともはやまとまりに欠けたパーティである。


 それにしても。ノーラは思う。それにしても、オークに転生した曜市のパワーは使える。キングマンボウとして生きていた時に得たのは意識の高さだけじゃないって訳だ。


 バトルコロシアム週間ランキングトップのレイノが、最高レベルのSS+レア武器を使用して惜しげも無くクリスタルを注ぎ込んででも倒すのに手こずったあの三つ首の黒犬をあっさりと秒殺だ。しかも素手で。


「ちょっと曜市、いつまでも決めポーズ取ってないで、早く宗馬のところに案内しなさいよ」


 ノーラは目の前の行き止まりを指差して言った。かれこれけっこうな時間をダンジョン探索に費やしている。いい加減疲れた。


 曜市はゆっくりと決めポーズを解いて、足元のモザイクタイルを棍棒みたいなブーツの爪先で突ついた。


「もう着いたよ。ここがスタッフ通用口の一つだ」


 ここが? ノーラは周囲の壁を見回した。足元は薄い灰色の、天井に近づくにつれて青みがかるグラデーションのモザイクタイルが美しく並んでいるが、それらしき扉も階段も見当たらない。


「通用口なんてないけど?」


「ソーマさんが作るゲームは一見してプレイヤーを突き放してデザインされてるように見えるけど、その実はある一定の法則に基づいて設計されているんだよ」


「あんたの説明もいっつも聞き手を突き放してるよね」


「必ずプレイヤーへのサインを記してあるんだ。例えばこのモザイクタイル」


 ノーラの皮肉もどこ吹く風、曜市は目の前の行き止まりへ歩いていった。


「今までのダンジョンは自然の造形だったり、煉瓦とか敷石がけっこう雑だったりしたでしょ?」


 突き当たりの壁へ大きな手を貼り付けて、何かを探るように手のひらを這わせる曜市。


「なのにここに来て急に手の込んだモザイクタイル。配列も整頓されている。これがサインだ。隠し扉を守る小ボスも配置されていたし、このブロックには人為的な何かがありますよって」


 やがて目的のものを探り当てたか、ごつい指先で一枚のタイルを器用にめくり上げた。タイルの裏側にカードスリットとテンキーが現れる。


「何て近代的な装置なんでしょ」


「この世界の人達にはこれが何なのか理解が及ばないから、言うなれば逆説的に安全なセキュリティでもあるよ」


 曜市は冒険者カードをスリットへ通して、太い棒切れのような指先でテンキーを操作した。


「ゴクローサン、っと」


「何て判りやすい四桁パスなんでしょ」


「ニホンゴ解らないこの世界の人には絶対通じないパスコードだよ」


 ガコン。何かが型に嵌るような音が小さく響き、ノーラの目の前のタイルが数列横にずれて隠し扉が現れた。


「こんなシークレットドアが幾つもあるんだ。スタッフはそれらを通用口として使ってソーマさんのとこに行ったりしてるんだよ」


「スタッフもダンジョン探索を楽しめってとこかしらね」


「ソーマさんらしい遊び心だね」


「ラスボスに通じる隠し扉があちこちにあるなんて冒険者にバレたら、みんな殺到するでしょうね」


「ちゃんと次の一手も考えているって言ってたよ。ダンジョンは決して終わらないらしい」


 ノーラは確認のためナビブックのページをぱらりとめくった。どれどれ、宗馬へ、ラスボスへと続く道は、っと。


 なるほど、さっきまで行き止まりだったこの通路に扉のマークが書き加えられ、そこに短い通路が一本伸びていた。この通路の先に宗馬のいる管理人室へ通じるゲートがあるんだろう。


 と、ノーラが見ているページに不意に自分達以外のアイコンが登場した。このブロックに他の冒険者達がやって来たのか。


「あ、誰か来たみたい」


 そのアイコンはレイノの物だった。


「レイノだ。レイノがこのブロックに来たっぽいよ。なんでレイノが私のナビブックに?」


 大量のクリスタルを拾い集めていたドンガンが戻って来て、ノーラの手元を覗き込みながら言う。


「一度パーティを組んだ者は自動的にフレンドとして冒険者カードに登録される。その地図は近くのフレンドの位置も表示されるんだろ」


「レイノって、コロシアムのランカーのレイノ?」


 曜市が険しい顔付きをした。モフモフの頭に埋没しそうな大きな黒目がきゅっとしぼむように眉毛のようなものがハの字になって、丸太みたいなごつい腕でノーラの背中をそっと押して隠し扉の奥へと促す。


「それはあまり良くない展開だよ。レイノが所属するユニットが今のところ一番攻略が進んでいるんだ。ソーマさんのところまで行っちゃったら、何がどうなるか予測できない」


 ノーラを隠し通路に押し込めて曜市は言った。


「悪いけど案内はここまでだ。ノーラ一人でソーマさんのとこまで行って。僕とドンガンでレイノを足止めする」


「ちょっと待ちなさいよ。レイノぐらいなら私で問題なくひとひね」


「いいから、早く。ヤバイのはレイノじゃなくて、レイノと一緒にいる奴なんだ」


 ノーラの声を遮って曜市は隠し扉を締め切り、カードスリットにもう一度冒険者カードを通してモザイクタイルを元通りにした。


 ぽつんと一人、暗闇の隠し通路にノーラ。


「何さ、仲間はずれにしてくれちゃって」


 こん、とねじ曲がった杖でタイル張りの床を叩く。すると杖の先端がぽわっと淡く光を放った。ノーラの視線の先、短い隠し通路の行く先にゲートが照らし出される。


 とりあえず宗馬に会っておくか。後のめんどくさそうなことは曜市に全部任せよう。




「そこにいるのは誰だ!」


 レイノがショットガンソードを構えて広間に躍り出た。モザイクタイルが美しく配列された広間には二つの、ちょっと形は変わっているが、人影があった。


 その二つの変わった人影はゆっくりと立ち上がり、武器は持っていないとアピールするように両手を上げてレイノに向き直った。一つはやたら毛がモフモフとした巨大なオークで、もう一つはレイノもよく知っているドワーフだった。二人とも白いベレー帽をかぶり、白いスカーフを爽やかに首に巻いている。


「ドンガン! と、もう一人は、確か異種族傭兵団のリーダーの……」


「どうも。直接お会いするのは初めてですね。僕はヨーイチと言います。異種族間安全保障機構の責任者をしているしがないオークです」


 曜市がレイノの言葉を継いで、ぺこりと大きな身体を折り曲げて頭を下げた。


「お知り合いでしたか? それにしても、こんなダンジョンの深部でI.K.A.H.O.の方とお会いするなんて。何をしてらしたんですか?」


 レイノの背後からクリストフが姿を現し、ジロリ、曜市に一瞥をくれる。柔らかい光を放つ天井のタイルの下で、曜市とクリストフは強く視線をぶつけ合わせた。


「何って、ダンジョンのメンテナンスですよ。ほら、どこかの誰かが粘土モンスターを倒した。その痕跡を誰が掃除していたとお思いで?」


 曜市は背後にばら撒かれている乾いた粘土の破片をクリストフに示した。


「我々I.K.A.H.O.はこのダンジョンの管理人と契約を交わし、主にビルメンテナンス的な仕事をしています。まあ、時と場合によっては粘土モンスターの代わりに冒険者とバトルを交わしたりしますけどね」


 大袈裟な身振りで胸の前で腕を組み、腕の筋肉をピクピクと躍動させて、曜市はレイノを見下ろした。


「レイノさん、ですよね。コロシアム上位ランカーの。ここで僕と一戦交えてみますか? 非公式バトルになっちゃうけど」


 曜市の言葉に、一歩前に踏み出てショットガンソードを構え直して応えるレイノ。二人の間に鋭い緊張が走った。


「いいえ、やめておきましょう。レイノ、武器を下ろしなさい」


 クリストフがレイノの肩に手を添えて言う。


「あなた達二人が戦えば、どちらが勝つにしろ、お互い相当に消耗してしまうでしょう。ここで戦ってもそれでは何の意味もありません」


「俺としては、いつかコロシアムであなたと戦ってみたいですけどね」


「僕もそう思いますよ。でも今はダンジョンのメンテナンスを優先してもいいですか?」


「ええ、どうぞ」


 クリストフが一歩後ろに下がった。応じてレイノも武器を下ろし、曜市も腕組みを解いてまた足元の瓦礫をまとめる作業に戻った。


「あ、それと、このブロックの粘土モンスターは前のパーティが全部倒しちゃったみたいなんで、クリスタルを稼ぐなら他を回った方がいいですよ」


 曜市が顔を上げずに言った。ちらり、クリストフは曜市の背中を見やり、一拍の間を置いて素直に今来た通路を戻る事にした。


「ええ、そのようですね。他を当たりましょう。レイノ、ミッチェ、戻りますよ」


 曜市とドンガンが粘土の破片を拾い集めるふりをして顔を見合わせて、そうっと背後を覗き見る。レイノ達のユニットはあのまま元の通路に姿を消していた。後には沈黙だけが残されていた。


「行ったか?」


「たぶん、行ったかな?」




 レイノは胸の中に溜まった重苦しさごと息を大きく吐き捨てた。


「ああ、びっくりした。まさかオークのヨーイチと出くわすなんて!」


「しっ。お静かに」


 クリストフがレイノを静かに諌める。


「あ、ごめん。ちょっと安心して、声が大きくなっちゃって。でもほんとビビった」


「まあ、私も驚きましたがね。あそこで何をしていたんでしょうね」


「粘土の破片を片付けていたんだろ? 確かに、倒した粘土モンスターがいつもきれいに跡形もなくなってて不思議に思ってたんだ。そうか、彼らが後片付けしてたのか」


 小声で言うレイノに、クリストフは思わず溜息をついてしまう。この坊主はほんとに緊張感に欠けると言うか、目先の事しか見れないと言うか。


「このダンジョンは三人パーティでしか入場出来ないんですよ。しかし彼らは二人でした」


 レイノは顎に手をやって何やら考え込むクリストフと、つまらなそうに足元のタイルを蹴っ飛ばしているミッチェとを見た。確かに、どうやっているかは解らないが、三人でユニットを組まないと入り口の箱は動かない仕組みだ。


「でも、ダンジョンに入ってしまえば、中で別行動は取れるぞ。一人はぐれてしまっただけじゃないか?」


「そうです。一人いなかったんです。どこに行ったんでしょうね、その一人は」


 クリストフがニタリと微笑んだ。


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