ダンジョンでまた会いましょう その1
「ご苦労様でした」
長めの白髪をさらりとかき上げて、クリストフは柔らかな物腰でバトルを終えたレイノに労いの言葉を投げかけた。
「見事な戦いっぷりでしたね。詰めが甘かったようにも思えましたが」
「一方的な戦いじゃなくて、ちゃんと見せ場も作ったつもりだよ。最後は派手に決めたし。盛り上がったからいいだろう?」
レイノが肩をすくめて言った。ダンジョン入り口のエレベーターを降りて、やっと狭苦しい空間から脱出できたと言うのに、何も今言わなくてもいいだろうと床の石畳を爪先でちょんと蹴ってやる。
ダンジョン攻略のためクリストフとユニットを組んだはいいが、この白髪の男は何かと一言多い。まだ若いレイノにとっては父親のような年代の相手で反論も言いにくい。その丁寧な喋り口や落ち着いた態度で細かいダメ出しを食らうといちいち心が折れ曲がってしまいそうになる。
「ええ。観客達は次のバトルではもっと刺激的な瞬間を求めてクリスタルを注ぎ込むでしょう。ヒーローの誇り高き勝利か、魔獣の残虐なる殺戮ショウか」
しかしながらクリストフのマネジメント能力は本物だ。
ドワーフのドンガンと組んでいた頃は闇雲にダンジョンに潜り、適当にクリスタルを稼いでは無計画にガチャを回してその成果に一喜一憂して、酒場で酒盛りしては結局ダンジョンでの稼ぎを飲み干してしまうマイナス収支だった。
今は違う。効率重視でダンジョンを階層ずつに攻略し、クリスタルは貯めておいて週末イベントなどのガチャのセールが入った時に一気に放出して回しまくる。レイノの戦闘スタイルにとって使いにくいアイテムやダブった武器などはすぐに売り払い、いわゆるリアルマネートレードを行い、その現金でまたクリスタルを貯める。冷酷なまでに完全に無駄のないマネジメントをクリストフはこなしてくれていた。
「ヒヒッ、怒られた怒られた。レイノはまたいじけるんだな」
それともう一人のパートナーの存在もクリストフとユニットを組んだ理由にある。
「やめなさい、ミッチェ。レイノはしっかり戦ってくれていますよ。私達のために」
ミッチェは小柄な身体をクルッと大袈裟に振り回してクリストフに向き直った。長身のクリストフを下からじとっと睨み付け、両手で唇を引っ張ってべーっと舌を出してやる。
「べーっだ。あの程度の粘土魔獣で手こずってるようじゃ魔王なんて到底倒せっこないよ」
薄い紫色の肌に金色の瞳。こめかみに小さく尖ったツノ。この娘は悪魔族だ。その数は少ないが、闇の眷属として知られる高い魔力を持った種族だ。
ミッチェは眉毛の上でぱっつんと切り揃えられた金髪をふわりと踊らせるステップを踏んでレイノの周りをグルグルと回った。
「意気地なしレイノは狭い所がキーラーイー」
歌いながらグルグルと踊るミッチェをレイノは苦笑いしながら眺めるしかなかった。まるで子供のような外見だが、その実はレイノの何倍も生きている長寿の種族だ。
天真爛漫で自由奔放に笑い踊るミッチェを見ていると、もしも姪っ子がいたらこんな気持ちなのかと感情が落ち着いて安らいだ気持ちになれた。そしてこの悪魔族の娘はレイノの目的達成のために欠かせない存在だ。
レイノの目的は魔王の討伐。このダンジョンの奥底に眠っているとされる魔王を倒すため、この悪魔の娘と冷酷な男と行動を共にしているのだ。悪魔族は魔王と言う存在を感知する能力を持つと言う。
「さあ、レイノ。クリスタルを。今日はバトルイベントで、Sレア出現率アップだそうですよ。ガチャを回しましょう」
レイノは先程の魔獣とのバトルで稼いだクリスタルを革袋ごとクリストフに手渡した。
「なあ、クリストフ。いったいいつになったらこのダンジョンの最深部へ潜るんだ?」
そこに魔王が眠っているはずだ。噂が正しければ。ミッチェの嗅覚が正確ならば。
「何度も言っているでしょう? 眠っているとは言え、相手は魔王です。今の我々ではとても太刀打ちできません」
やれやれ、この若者は。と言った感じで首を横に振ってクリストフはクリスタルをガチャマシンに投入しながら続けた。
「そもそも魔王とは人間や悪魔と言った物理的な存在ではなく、風や雨などの自然現象に近い事象だと言われています」
「大嵐や大洪水のヨウナモノ、かもねー。ヒヒッ」
ミッチェが合いの手を入れる。
「それがこのダンジョンに眠っている。そこまではいい。問題はダンジョンの方です。まずはこのガチャと言うシステムです」
「システム?」
レイノは聞き慣れない単語を口にした。クリストフが一つ一つクリスタルを数えながら投入しているこの機械の事か。
「あなたはこのギミックがどういう原理で動作しているか説明できますか?」
ガチャ。一定数のクリスタルを投入し、冒険者カードをスリットに通すとルーレットが回り、ショットガンソードのように最高級の武器から、眠くなりにくくなるとかどうしようもない使えないドリンク剤までさまざまなアイテムが当たる円筒形の機械だ。アイテムが出てくるその原理だなんて想像もつかない。魔法か何かだろう。
「ガチャだけではありません。このダンジョンの広大さ、複雑さも不思議なものです。毎回潜る度に形を変える。そんな事があり得ますか?」
このダンジョンは朽ちた教会の地下に拡がる地下墓地だと言う。しかしその大きさは地下墓地とは到底考えられないものだ。入場する度に形を変えるとは、ダンジョンが小さなブロックに区切られていて、そのブロックの扉をくぐると別のブロックに繋がる。そのブロックが毎回違っているのでダンジョンの地図を書く事が出来ないのだ。
「だからこそ魔王の魔力が作用しているとの噂があるんだろう」
「いいえ、ハズレです」
クリストフが冒険者カードを取り出して言った。スリットにあてがい、一気に射し込む。
「これらはこことは異なる世界の技術です。まさしく異世界のギミックが使われています」
「イセカイー、イセカイー」
ミッチェがステップを速めてケラケラと笑う。
「異世界と言えば、魔王の噂以外にも興味深い話があるじゃないですか」
「異世界人の噂か?」
「ええ。このダンジョンを管理、運営している人物は異世界からやって来た、と。それと、今何かと話題の異種族間安全保障機構とか言う傭兵団。知ってますよね?」
ジロリ、クリストフがレイノを睨む。魔王討伐以外の事はかなり勉強不足なレイノはそっと視線を外した。
「ああ、知ってる知ってる」
「……そのリーダーであるオークも、異世界からの転生者だと言われています」
それは初耳だ。レイノはクリストフに向き直った。異種族間なんたらとやらは、最近始まったバトルコロシアムの運営に携わっていて、その構成員達もバトルに参加している。リーダーと言われる一際身体の大きなオークをレイノも見かけた事があった。
「どう思います? 異世界人達が何をやろうとしているのか。私はそこに非常に興味があります」
ガチャマシンが光を放った。一発目が回り終わったようだ。クリストフはいったん会話を打ち切り、腰を落として商品取り出し口を覗き込んだ。
「おお、来た来た、来ましたよ」
「何がキターーー? 何がキターーー?」
ミッチェがクリストフの手元を覗き込む。つられてレイノも膝をついてクリストフが取り上げたモノを見つめた。それは分厚い本のようだ。
「オートマッピング機能ですね。こういうのを待っていたんです」
「オートマッピング?」
「レイノ、これさえあればこのダンジョンを攻略したも同然です。さあ、攻めますよ!」
クリストフが笑顔を見せた。それはとても冷酷なもので、レイノは背筋が寒くなる思いをした。




