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異世界転生ハローワーク  作者: 鳥辺野 九
第二章 来世に期待をアイキャンフライ
19/47

アーサー王とマンボウ王

 空は高く、海は青く、マンボウは濃く。


 世界的にもマンボウの一大生息地として知られるようになった東尋坊は、平日の午後だと言うのにそこそこの観光客で賑わっていた。


「ようこそ、東尋坊って言われたって、いったい何をやったんだ?」


 アーサーは呆然とした。瞬き一つする間で、ボクシング試合会場側のバス停にいたはずの自分が、こんな世界の果てのような異界の絶景を前に立ち竦んでいるなんて。


「あなた達の言葉で言うならテレポートかな? 単にx、y、z軸に加えてt軸移動しただけよ」


 ノーラがうーんと気持ち良さそうに伸びをして言った。


 湿り気をたっぷり含んだ潮風が巻いて、アーサーの前髪をざらりと撫でて消える。足元を見れば、そこは断崖絶壁。奈落の底まで続いているような崖下には海があり、荒れた波が岩にぶつかり砕けて白い波しぶきを飛ばしていた。


「意味わかんねーよ」


「考えないの。感じなさい」


 いやいや、無理無理。目を開けたら即東尋坊だなんて、玄関開けたら二分でゴハンくらい意味不明だ。感じろったって到底受け付けられない。


 東尋坊と言えば、前世の、いや、一瞬だけマンボウに生まれ変わったから正確には前々世か、その前々世のタカシが愚かにも死に場所に選んだ地だ。結局東尋坊にたどり着く事なく最寄り駅で事故死した訳だが。


 しかし何の因縁だ。オリンピック代表に内定した人生で最も輝いている今頃になって、転生ハロワ職員に東尋坊へ吹っ飛ばされるなんて。


「今や東尋坊と言ったらマンボウでしょ? あなたに会わせたいヒトってのがね、あのマンボウの王なの。あなたのお兄さんよ」


 ノーラがさらっと言ってのけた。


 アーサーは頭を抱えた。これで混乱するなと言う方に無理がある。トラウマの地、東尋坊のみならず、選りに選ってトラウマの前世、マンボウか。しかもマンボウ時代の兄さんかっ! マンボウの王かっ! マンボウとして生きた時間は三秒くらいだぞ。兄も弟も王もあってたまるか。


 ボクの名前は山田中アーサー王です。子供の頃から鍛えて、ボクシングのオリンピック代表選手になりました。そして前々世で死に場所に選んだ東尋坊へテレポートしました。そして前世でお兄さんだったマンボウの王様と会いました。楽しかったです。


 僕の人生と言うタイトルで作文を書けば、四百字詰め原稿用紙半分でとてつもなくアクロバチックな人生を書き上げられるぞ。


「何処からか海岸に降りられないかな?」


 そんなアーサーの心の声を無視するようにノーラは足元の海を覗き込んだ。


 アーサーは東尋坊をただの険しい岩場だと思っていた。自殺の名所とよく聞いていたのでこの地を死に場所と選んだのだが、その目で見てみると、なるほど、こいつは異世界感に溢れるこの世の終わりの地だと思えた。


 大きな岩がゴロゴロしていて、断崖絶壁が海の側に切り立っているイメージだったが、実際の東尋坊は見る者を鋭い角度で切り刻むかのような岩場だ。角張った岩の柱が海から突き出して、それが何本も何十本も束になって深くえぐれた崖を形作っている。波が大地を洗って作った海岸線だとは思えないほどに刺々しく、荒ぶった海が牙を剥いて大地を咬みちぎったような地形だ。


 ここからダイブすれば、まず間違いなく地獄逝きだな。はるか遠く下には渦を巻く海が見える。今更ながら、ゾッとする。最寄り駅で事故死してよかった。


 と、こんな崖の上からでも巨大な魚影が渦の中に見えた。でかい。凄まじい存在感だ。


「いたいた。アーサー、見える?」


 ノーラも巨大な魚影を見つけたようだ。あれが、兄さんか。マンボウの王か。




 福井県と言えば日本有数の恐竜化石の産出地である。福井県に横たわる手取層群にはフクイサウルス、フクイラプトル、フクイティタンと言った日本独自の恐竜化石が眠り、福井県立恐竜博物館は世界有数の恐竜、古生物化石の展示、研究機関施設となっている。


 そして福井県の名産品は恐竜化石だけではないと、それに加えて、東尋坊に福井県立マンボウ博物水族館が建設されたのはごく最近の事だ。福井県近海から採集されたマンボウの卵から幼魚、成魚に至るまで展示、研究され、謎に包まれていたマンボウの生態が徐々に明らかにされ、日本のみならず世界のマンボウ学者達からマンボウ研究の最前線基地と称されている。


 福井県の県の魚は越前蟹と設定されているが、昨年はマンボウが追加された。


 越前蟹と同じく、越前の名を冠する生物がいる。エチゼンクラゲだ。大きなもので傘の直径が2メートル、重量が200キログラムを越える巨大クラゲだ。


 大量発生したエチゼンクラゲは定置網に引っかかり、その重さから網を破り、底引き網漁船を転覆させ、網にかかった魚をクラゲの毒で死に至らしめ、福井県の漁業に甚大な被害をもたらしていた。しかし、福井県沿岸にマンボウが現れてから、エチゼンクラゲ達はマンボウに食べ尽くされ、漁業は復興を遂げた。


 福井県沿岸に人を呼び、魚を呼び、経済界に多大な貢献をしたと、東尋坊付近に棲み着いたとされる一際巨大なマンボウは、マンボウの英語名から「モラモラくん」と名付けられ、東尋坊のある福井県坂井市から名誉市民として住民票が交付されたのは記憶に新しいニュースである。




「さあ、アーサー。お兄さんよ! キングマンボウことモラモラくん。私が転生させた灰谷曜市さんよ」


 と、ノーラが胸を張ってドヤ顔で言うものの、アーサーは目の前に広がる光景のあまりのシュールさに言葉が出てこなかった。


 浅瀬にどっかりと横たわり、ヒレで海面を叩くようにして泳ぐ超巨大マンボウ。そこらの自動車どころか小型バスくらいのサイズがあるモンスターマンボウだ。時折海面から顔を出すように口をパクパクとやり、アーサーの方へ目を向ける。そして不思議な事に、アーサーにはこのマンボウの声が理解できた。


「オリンピック代表とは、逞しい若者に成長したな! 君は我が一族の誇りだ! アーサーくん!」


「あ、あざーっす」


 なんでマンボウの言葉が理解できるんだよ。と、ツッコミたくても誰につっこんでいいのやら。


「あんたもマンボウだったんだもん。会話できて当然でしょ?」


 ノーラがあっさりと言う。


「そう言うもんなのか?」


「世界はそう言う風にできているの」


「そう、世界は不思議なものだな。僕は君が魚に食われるのを見て、マンボウ達に意識革命が必要だと思ったんだ。この弱肉強食の世界に生き残るために。言わば、アーサーくん、君はマンボウ達の命の礎となったんだよ」


「そうっすか」


 としか言えないアーサー。モラモラくんはうんうんと頷いて続ける。


「もしも、だ。魚に食われるのが僕だったら、今のマンボウ達はこの海にいないはずだ。導く者がいないからね。君だって遅かれ早かれ魚の餌食になって、オリンピックどころか人間に再転生だって難しかったかもしれない」


「そうっすね」


 としか返せないアーサー。灰谷曜市はやはり嬉しそうにヒレをパタパタさせた。


「アーサーくんのその素晴らしく成長した姿を見て、僕は思ったよ。間違っていなかったんだ。僕が生きてきたこの道は正しい道だったんだ、と!」


「そりゃどーも」


 それにしても意識高いマンボウだな。アーサーがノーラの方をちらっと見やると、ノーラはその視線に気付いて優しげな笑顔を見せて肩をすくめた。


「もはや僕の仕事は完了だ。役目は果たした。あとは次の世代のマンボウ達に任せるよ」


 不意にキングマンボウはヒレを大きく羽ばたかせた。浅瀬であるにも関わらず、その大きな身体をぐいっと起こし、身をよじり、海面から空へと舞い上がった。


「あぶねっ!」


「きゃっ!」


 アーサーがノーラを抱きすくめ、岩場に身体を投げ出した。そして次の瞬間に、二人が立っていた場所に巨大なマンボウの体躯が降ってきた。ずしん、と数トンはあろう巨体が岩場を揺るがす。


 短いヒレをびちびち。大きなおちょぼ口をぱくぱく。マンボウの王、モラモラくんはその巨体を完全に岩場に打ち上げてしまった。


「何がしたいんだよ、兄さん!」


 この大きさだと、水から上がっただけで自重で自らの命を押し潰してしまう。アーサーはマンボウの顔の所に駆け寄ったが、もはや人の手でどうにかできる大きさではない。


 どうしたらいいんだ。何か触ったらぐにゃってなりそうな皮膚してるし。


「いいんだよ、アーサー。僕は君に会うこの日のために生きてきたんだ」


 びちびち。ぱくぱく。


「アーサー、曜市の言う通りなの。この身体は、東尋坊で生きるには大きくなり過ぎた」


 ノーラが黒スーツの乱れを直し、赤眼鏡を薬指でくいっと上げながら言った。いや、それはそうかもしれないが、そろそろ曜市だかキングマンボウだかモラモラくんだか統一してくれないと訳がわからなくなる。


 びちびち。ぱくぱく。


 ふと見れば、岩場に近い海にはマンボウ達が整列していた。アーサーには感じ取れた。姿形こそ違えども、アーサーの兄弟達だ。皆、マンボウの王の死を悼んでいるのか。


 びち、びち。ぱく、ぱく。


「我が人生に一片の悔いなしっ!」


 灰谷曜市は最期に叫んだ。びちっ。ぱく……。


「そこはマンボウ人生だろ、兄さん」


 送る言葉として、アーサーはつっこんだ。


 顔を上げれば、まるで敬礼するかのように海からヒレを突き立てるマンボウ達。偉大なる王を送り出すにふさわしい壮観な光景だった。


「死んだ」


 ノーラが静かに言った。


「さて、アーサーくん、ごめんね。私もう行かなきゃ」


「行くって、どこにだよ? まだカニも食ってないし、何より兄さんをこのまま晒しとけって言うのか?」


「曜市なら観光客が見つけて警察かテレビ局へ電話するはずよ。それよりも転生ハロワに戻らないと。曜市は絶対転生条件クリアしてくる。こんなおもしろ、偉大な功績を遺した人をきちんと転生させてあげないと」


「今、おもしろいって言いかけただろ」


「細かい事は気にしないの。はい、これ」


 ノーラは黒スーツのポケットから一万円札を十枚取り出してアーサーに握らせた。


「これでカニでもマンボウでも、美味しいの食べて電車で帰って。ね?」


「マンボウって、これ見た後にマンボウなんて食えるかよ」


「何よ、今やマンボウ料理は金沢県の名物料理よ」


「金沢県って、あんた福井と石川の両県民を敵に回したぞ」


「だから細かい事は気にしないの。じゃあ、バイバイ。また会いましょう」


 ノーラの身体が霞に包まれたようにぼんやりと輪郭が滲んできた。


「あ、それと。さっきは助けてくれてありがと。かっこよかったぞ。お姉さんがあと300歳若かったら放っとかなかったかもね」


 そしてアーサーが口を開く前に、風に巻かれるようにノーラは消えてしまった。ぽつんと残されるアーサーと曜市の巨体。


 どうすりゃいいんだよ、この状況。




 アーサーはやっとの事で岩場のてっぺんまで登り付き、ふうと大きく息を吐き捨てた。降りるのは楽だったが、登るのはかなり急な階段を登らされる感じでかなり足腰に来るな。いいトレーニングになりそうだ。


 さて、とりあえず、うちに帰るために最寄り駅を目指すか。何か金はあるし、カニ弁当でも買って北陸新幹線に乗ってみるか。


 と、いつの間にか、目の前に黒スーツスカートに赤ネクタイ、赤眼鏡、そしてお団子ヘアの女が立っているのに気付いた。


「うわっ! ノーラ! びっくりした!」


「……アーサーくん」


「何だよ急に出てきやがって! ハロワに戻ったんじゃなかったのか?」


 つい今しがた霧みたいに消えてしまったはずだ。それがまた不意に現れやがって。


「うん、ちょっとね」


 ん? どこか様子がおかしい。目を伏せて、うつむき、言葉にいつもの有無を言わせない勢いがない。


「アーサーくんにお願いがあって、ね」


 つと、ノーラが手のひらをアーサーの胸に置いた。そのまま倒れこむようにアーサーにもたれかかる。ノーラのお団子ヘアがアーサーの鼻先に揺れて、シャンプーの花のような香りが鼻をくすぐった。


「……ノーラ?」


「……アーサーくん」


 ノーラがアーサーを見上げる。アーサーはノーラの身体を包み込むようにノーラの肩に手を置いた。


「……んで」




 真っ白い空間の転生ハローワークに再び灰谷曜市の姿があった。頭に光の輪を乗っけて、ゆったりとした白いローブを羽織り、カウンターの安っぽい椅子に腰を下ろす。


「やっぱりいいな、ハロワって」


「ハイ、あなたの未来を鷲掴み、ノーラ・カリンがあなたの転生のお手伝いをさせていただきます」


 カウンターの向かいに座る赤眼鏡のハロワ職員がぺこりと頭を下げた。


「うん、お願いしますよ。ノーラさん」


「あんまり調子に乗ってると今度こそマダガスカルゴキブリに転生させるからね」


「世界最大のゴキブリですよね。マダガスカルG。別に構いませんよ。やり遂げてみせますよ、マダガスカル革命を。この僕が」


「やめて」


 それはシャレにならない。曜市ならほんとにやりかねない。マダガスカルゴキブリが人類に代わって地球を支配する日が来てしまう。それこそ終末の日だ。


「しかしまあ派手にやったものね」


 ノーラは手元のタブレット端末に目をやった。曜市の頭の光の輪から読み取ったデータでは、マンボウ達の意識革命は海を渡り、大西洋まで波及してそれこそ全世界規模での海の生態系を変化させる一撃を与えそうだ。


「世界の海はマンボウだらけになるわね」


「大丈夫です。いくら海は広いと言っても有限です。摂取できるカロリーも限られている。だから、ある程度年を経たマンボウは群れを離れて口減らしをしろと教えてありますから」


「あんたが自分自身でやってみせたように?」


「言ってしまえばそうですね」


 福井県沿岸全域に多大な経済効果をもたらし、海の生態系を絶妙なバランスでコントロールし、沿岸部の水質まで改善してしまったマンボウの王。さて、次なる転生先には何者がふさわしいか。


「何になろうかな。何でもなれるって、かえって迷っちゃいますよね」


 曜市が背もたれに身体を預けて天井を仰いだ。安っぽい椅子がぎしっと安っぽい音を鳴らす。


「そんな曜市に朗報よ。とっておきの転生先があるの」


「とっておき?」


「『ブリリアント・ストーリーズ・オンライン』の制作者は知ってる?」


「もちろんだ。宮原ソーマさん。ゲームの中で一度だけお会いした事がある」


 『ブリリアント・ストーリーズ・オンライン』は曜市の人生そのものだった。メインデザイナーの端本まりあが失踪し、制作開発者の宮原ソーマが過労死して、ついにサービス終了となった伝説のMMORPGだ。プレイヤー達の間では、ソーマは異世界に召喚されちまったんだ、ともっぱらの噂だった。


「……! まさか、ソーマさんは」


 曜市は息を飲んだ。がたりと大きな音を立てて立ち上がり、カウンターを飛び越える勢いでノーラに詰め寄る。


「ええ。宗馬さんはいわゆる異世界に転生して、とあるダンジョンを運営しているの。そこでね、ダンジョンの従業員を募集してるそうなんだけど……」


 ノーラはちらっと曜市の顔を覗き見た。もう目がらんらんと輝いていた。よし、食い付いたな。


「やる気ある? 転生先は人間じゃないけど。あなたのマンボウでの実績があれば即採用なはずよ」


「もちろん! ぜひやらせてください!」


 そう来なくっちゃ。ノーラはすらりと金色トンカチを抜いた。


「あなたにしか出来ない仕事よ」


「どんなですか?」


「全オーク社畜化計画」


 そして、光の輪は高らかに打ち鳴らされた。


第二章 おわりです。


第三章『あなたの死後のお手伝い、或いは、あなたの明日をアップデート』は少し書き溜めてから更新するので、ちょっと間を置きます。


第二章までのブクマ、感想、評価あったらお願いしますー。


これからもよろしくお願いします。

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