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考えられていない作品

作者: マサキ樹


【考えられていない作品】


 その建物からは時折奇声が発せられる。

 なぜか。

 建物は一昔、いや、それ以上前の時代を感じさせるぼろぼろのアパート。

 そこには近くにある芸術系大学に通う学生が住んでいて、作品提出の締め切りが迫ると、我を失った学生が普段黙々と作品を制作していたことを忘れ、ストレスを発散、もしくは自分の作品の出来の悪さに嘆いて奇声を発している、地元でもそこそこ有名なアパートだ。

 だが、今回は締切間近になってもいつものような奇声は聞こえない。

 今回は二年に一度の全学年、全学科を交えてのコンテストがある。

 出展する作品のジャンルは自由。それこそ科目にないものでも何でもありである。

 このコンテストは毎回大物芸術家を呼んで参加生徒の作品を直接評価してもらい、次代の芸術家の成長を促すことと同時に最前線で活躍する者の意見を聞き学生の気を引き締める目的で開催されている。

 もちろん、その大物芸術家に参加する生徒のすべての作品を見てもらうということはしない。

 まず教員陣により大きくふるい落とされる。

 次にコンテスト会場である大ホールで、厳選された作品を全生徒が集まる中で初めて公開し評価する、といった具合だ。

 自分の作品を直接評価してもらいたい。そして、コンテストで優勝したい。そんな考えを持った学生は奇声を上げる暇も、食事をする時間も、鼻をすする時間も惜しみ、作品を完成させようとしていた。


 ◆ ◆ ◆


 ああ、違う、これじゃあない。

 この色じゃあない。

 もう少し赤を混ぜるか。

 いや、それだとこっちが映えない。

 だが、このままじゃあこっちが主張しすぎてしまう。

 どうすればいいんだ……。

 今回のコンテスト、必ず入賞してみせる。

 いままでだって優秀な作品を残しているし、教員達の反応も悪くはない。

 今回もうまくやってみせる。

 いや、入賞じゃない。

 今回は優勝してみせる。

 僕の実力ならいけるはずだ。


 ◆ ◆ ◆


 どうすれば立てる……。

 この絶妙なバランス。

 美しさと共に、この、いかにも倒れそうな姿。

 設計は完璧なはずだ。

 五分の一で試作した像は立ったし、こちらもパーツを少し崩せば倒れた。

 何がいけないというんだ。

 そういえば、昆虫などは大きくなりすぎると自重で動けないとかかんとか聞いたことがある。

 だが、強度や重量のほうも計算にいれた。

 これでいいはずだ、なのになぜ、立たない。

 この像が立てばきっとみんなあまりの美しさに驚き、賞賛し、そして作り手である私にひざまずくだろう。

 今回はこの美しい木像で必ず優勝してみせる。


 ◆ ◆ ◆


 あーまたやぶけちゃったかー。

 そろそろ紙もなくなってきたから、調達しないとな。

 折り方を変えたほうがいいのか?

 俺は他の学生たちと違って絵も上手くないし、成績も下の方だ。

 でも……だから、小さいころからやっている折り紙で今回のコンテストに臨む。

 折り紙なら誰にも負けないし、何より折るのは楽しい。

 折り紙の大会で優勝したことだってある。

 まわりの人たちも俺の折り紙を褒めてくれた。

 優勝は高望みだとしても、出場する以上は狙いたい。

 そして、この折り紙でみんなを驚かしてやるぞ。


 ◆ ◆ ◆


 あーねむ。

 なんかいつもより静かだな。

 あー、なんだ、頭いてぇ。

 飲みすぎたかなあ。

 ねよ、ねよ。


 ◆ ◆ ◆


 コンテスト当日。

 会場に設置してある観客席は生徒たちによって埋めつくされていた。

 そしてステージでは事前に選ばれた作品が、司会進行役の生徒がエントリーナンバーと作品のジャンルを述べることで登場する。

 それに一歩遅れてステージ上部の正面に設置された巨大モニターに、観客にも見えやすいように作品が映し出される。

 今回のコンテストで評価をつける五人の教員とゲストの大物芸術家はそれに次々と評価を下していった。

 いくつか作品が登場し、評価され、ついに自分の作品が紹介される。

 風景画は教員の審査員には概ね好評だった。しかしゲストの審査員にはあまり好評でなかった。

 何故だ。今まで登場した中で、一番素晴らしい作品じゃないか。

 一体なにが気に入らないというんだ。


 ◆ ◆ ◆


 あれは上の階のやつが描いたものだろう。

 タッチが以前見たものに近いし、この大学であんな絵を描くのはあいつぐらいなもんだ。

 そう考えていると今度は自分の番がきた。

 自分の作品も概ねウケがよかった。しかしゲストの審査員にはウケがよくなかった。

 あの美しさがわからないのか?

 ゲストには木像の素晴らしさがわからないようだ。

 そして、あんなやる気のなさそうな態度で評価するのもナンセンスだ。


 ◆ ◆ ◆


 ああ、俺の作品が紹介された。

 他の作品に比べれば少々小さいが、出来はいいはずだ。

 なんたって俺の最高傑作だ。

 ほら、みんな驚いてる。

 教員の審査員も驚いてる、驚いてる。

 でも、あのゲストの審査員……反応がいまいちだったな。


 ◆ ◆ ◆


 あーオレの作品でてるわ。

 センセーも晒し者にするなんてヒドいよなー。

 あんないい加減に作ったモノをさ。

 まー単位取るためには仕方なく作ったやつだからしょうがないんだけど。

 それにしてもヒドい。

 オレの作品もヒドいが、センセー達の評価もひどい。

 あれか。フルボッコってやつか。

 わざわざこんな場所にもってきてそんな当たり前な評価しなくてもいいのに。

 ゲストのお偉いさんはじっと見てるだけだけど。

 さすがにヒドすぎて評価もできねーってか。


 ◆ ◆ ◆


 えー……今回ゲストとして君たちの作品を見させて貰ったが、とてもよくできていたと思う。

 もちろんお遊びとしては、だが。

 君たちよりも、より真剣に取り組み、数倍上手い人間が世間にまったく相手にされず、夢を諦めただのサラリーマンになっていくのを私は何人も見てきた。

 今回見せて貰った作品も遊びとしてはいいほうだろう。

 しかし、プロの世界でやっていくならもっと真剣に取り組みたまえ。

 絵画は小手先の技術ばかりで対象に対する気持ちがまったく入っていない。ただ綺麗な絵を描くだけなら練習すれば誰でも描ける。

 木像も一見アンバランスなもののようでいかにも倒れそうではある。しかし自立しているという驚き、ただそれだけの像だ。美しさも躍動感も何もない。

 この折り紙か? こんなものいくら折っても所詮は子供の遊びだ。大学はそんなものをする場所ではない。論外だ。

 それにこの――


 ◆ ◆ ◆


 ゲスト審査員様は今日出てきた作品一つ一つに文句をつけていった。

 オレの作品もさぞ、ボロボロに評価されるだろう。

「しかし、最後の作品はとても素晴らしかった。あれぞ、歴史に名を残すであろう画家の作品だ。他の適当で、思いつきで、何も考えていない作品とは違って、これはよく計算され、考えられ、思いも込められている。私のような者では言葉で言い表せられない素晴らしい作品。それが最後にでてきた作品だ。君たちもこれを描いた者と作品を見習って精進するように。プロになるのであればな」

 Zzz……



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