一話
どろりとした濃密な闇に身を包まれる
始めは怖くて仕方なかった感覚も、今は慣れ、どころか心地よささえ感じていた
誰かが耳元で何か言っている
囁くような小さな声は聞き取れない
―何て言っているの?―
聞き返したらその誰かが微笑んだような気がした
トンと背中を押されると、簡単に闇の中から抜け出す事が出来た
背を押した存在を確認する事もままならず、抜け出た途端明るい光に包まれ思わず痛い程の眩しさに目を瞑った
「おはようございます、魔王様」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「御渡り、お疲れさまでした。身体に不具合はありませんか?
あぁ、お召し物は弾かれてしまいましたのでメイドが着替えさせました。着心地は如何ですか?」
「・・・・・・・・・・・どなたでしょう」
芸能人も真っ青な美形、多分男、が目を開いた途端蕩ける様な笑みを浮かべてすぐ近くに立っていた
絹糸のような銀の髪にアメジストの様な瞳
絵画から飛び出てきたような超絶美形さんに対して、私が長い沈黙の後唯一口から出せたセリフがこの一言だった
勿論、色々突っ込みどころが有るのだが(例えばあの闇はナニ?とか、魔王様ってナニ?とかメイドって!?とか)
混乱していた私はとりあえず初対面の美形さんの正体を訪ねることから整理し始めようと思ったのだ
「あぁ!申し遅れました!!ワタシとした事が魔王様に名乗らないなんて!!大変失礼いたしました。
ワタシ、魔国の6大貴族筆頭を務めておりますエルンスト・バルシュミーデと申します。
魔王様の身の回りの御世話をお手伝いさせて頂きますのでどうぞよろしくお願いいたします」
胸に片手を添えて優雅に礼をするエルンストさんに私は固まる
魔王?ファンタジー小説でもあるまいし一体何のジョークなのか
こんな平凡な一般人を捕まえてこんな金持ちもびっくりな豪華な部屋を用意して、スケールの大きな冗談だ。外人は冗談にこんなにも金と労力を使うのかと頬がひきつる
「あの、冗談はさておき家に帰して頂けませんか?
間違いなく遅刻でしょうが無断欠勤より遥かにましですから今から仕事に行かなきゃならないんです。」
無断欠勤なんてしたものなら上司の反応が怖くて二度と職場に行けなくなる
就職氷河時代に奇跡的に入社できた会社なのだ
簡単に数年で辞めたくなどない
「もう陛下は以前まで住んでいらした場所に帰らなくてよいのですよ?今日から此処が貴方の帰る部屋でありこの城が家でありこの魔国こそが、貴方が治める国にして貴方の故郷となるのです」
胸を張り言いきる美形に、思わず通訳連れて来いと言った私は絶対正常だ