さおり
憧れて、住み着いた海辺の町。
その町が嫌いになった。
裏切り、別れ。
そしてこの町を出ようと決めた。
「兄貴、いつ戻ってくるの?」
「あん。月末には、かな」
「いい加減だな、それに声変だよ」
「久しぶりに出たんだよ」
「扁桃腺?」
「話すのがキツイ。ああ、もう切るぞ」
「子どもみたい」
「妹のお前に言われる筋合いない、ガキが」
「私はもう子どもじゃないもん! 兄貴の馬鹿! 帰ってくるな!」
携帯を切り、ジーンズの後ろポケットに突っ込む。
少しイライラしていて妹と喧嘩した。
荷物を片付けたり何かと忙しくて体調を崩して数日寝込んでいた所為なのかもしれない。
久しぶりに外に出ると春風が心地よかった。
掛かり付けの病院に行くと『お前は初診しか来ないからな』と薬をこれでもかと処方された。
「伊是医院の藪医者が毎回こんなに薬出しやがって」
薬をパーカーの上に着た作務衣の上着のポケットに入れるとパンパンになってしまった。
ふと足元を見ると桜の花びらが舞っていた。
「漁サンで出て来たけれど、今日は温かいしな」
独り言を言いながら帰り道からそれて石段を登り始める。
「病み上がりにはきついな」
息が上がり呼吸が苦しくなる。
堪えながら石段を登りきると、まだ満開までには日がある桜が咲き乱れている。
そして沢山の桜の木の向こうには好きだった海が広がっていた。
ここは町を見下ろせる小高い丘の上にある、俺のお気に入りの公園だった。
「やっぱり、ここは最高だな」
古い町並みがありその向こうには青い海が輝いていた。
「さぁ、部屋でも片付けるか」
町に下りる石段の方を向いた瞬間、春疾風が駆け抜ける。
桜の花びらが乱舞して堪らず目を閉じるとこめかみに何かが当たった。
「痛っ!」
手で触り指を見ると少し血が出ていた。
何が当たったのか辺りを見渡すと白い日傘が風に吹かれて揺れている。
「どこから飛んで来たんだ?」
日傘を拾い上げて風上を見ると、そこには着物を着た女の人が倒れていた。
年の頃は10代後半か20代位だろうか。
薄い水色に桜の小紋だろうか桜色の帯を締めて萌黄色の肩掛けをしている長い黒髪が風に靡いていた。
「おい、大丈夫か?」
体を抱き起こすと少し熱を帯びている、呼吸が苦しそうだった。
呼びかけると少しだけ目を開き、俺の顔を見ると直ぐに目を閉じてしまった。
閉じられた瞼が苦しそうに動き、桜貝のような口から浅い息遣いが聞こえ、透き通る様な白い肌は熱のためかほんのり赤くなっていた。
「厄介な事になったな」
周りには俺しか居ない、仕方なく抱き上げて石段を町に向かい降りた。
そして石段を降りて通りに出るとそこは自分が知っている町ではなかった。
「ここは何処だ?」
訳が判らず立ち尽くしていると突然声がした。
「沙織お嬢様!」




