買い物と心の栄養
朝になった。
差し込む朝日が心地よい。
夢オチというものを期待してペタリと胸に触れてみるが、それなりにあったはずの胸は真っ平らで朝から軽くショックを受けた。
「おはよう」
「おはよう、シャムス」
挨拶を返す私にタオルが差し出される。
条件反射で手で口元を拭う。大丈夫、涎が垂れていたわけではないようだ。
「顔を洗ったら朝食にして、その後服を買いに行こう」
「わかった」
タオルを受け取って洗面台へと向かう。
タオルを置く場所が見当たらないのでタオルを首にかけて洗面台の蛇口を捻る。
水は冷たくて心地よく、バシャバシャと浴びるように顔を洗いタオルでごしごしと水気をふき取る。
洗面台に設置された鏡に映るのは見慣れない少年ともいえそうな青年の顔。
手を伸ばせばその青年も手を伸ばす。
わかってはいたけれど、やはり今の自分の顔らしい。
男にしか見えないが、それでもやっぱり自分の顔だと思える程度に元の顔に似ているのだから不思議だ。
てっきり今までと大差のない程度の女顔だろうと思っていたのだが、予想と違ってしっかり男の顔だった。
この顔で昨日のあの醜態をやらかしてしまったのかとため息をつく。
鏡に映る自分はどう見ても男で。成長途中の青年でしかなかった。
思ったより銀髪に違和感が少なかったのが唯一の救いだろうか。
朝ごはんはパンとスープという簡単なものだったが、噂に聞くような(主にオタクの友人情報)固いパンというわけでもなく、食べやすいものだった。
むしろしっかりと素材の味が生かされていておいしかった。
しかし旅となれば日持ちのする固いパンになるのだろうけれど。
お腹いっぱい食べて、ご馳走様と顔をあげれば心配そうにこちらを見つめるシャムス。
それが何故だかわからずに首を傾げれば、やはり心配そうな声で問う。
「それだけで足りるのか?やはりまだ具合が悪いんじゃ・・・」
「え?いつもより多く食べたぐらいだけど」
食べる量が少ないと心配されたらしいが、実際いつもより多く食べたと思う。
シャムスは納得のいかないような顔だったが、とりあえずそれ以上追求されることはなかった。
しかし実際調子はよいので、元気だよとアピールしてみたら視線を逸らされた。ショック。
朝食を終え、少ない荷物をまとめ宿を出た。
制服は目立つし邪魔になるのでさくっと処分した。
元の世界に戻れたとしても男物なので使えないし。
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買い物は楽しい。
売っているものはあちらの世界とかなり違うけれど、色々なものを見ているだけで充実感で満たされる。
物珍しそうにキョロキョロしていると、店のおばちゃんやお姉さんたちが声をかけてくる。
「お兄さんどうだい、これなんてウマイよ!サービスするから見ていきなよ」
「おにーさん、オマケするから買っていかない?」
サービスとかオマケという言葉には弱く、そちらのほうにふらふらと近寄っていくとシャムスに腕を掴まれ連行されてしまった。
あのお菓子初めて見たけれどおいしそうだったな、と後ろ髪を引かれながらもシャムスに腕を引かれ先を急いだ。
目的の店につくと、シャムスが店員となにやら話し出したので店内見て歩くことにした。
店内にあるのは旅服といわれる旅をする為の服で、着飾るための服は皆無だった。
そのことは少し残念だったけれど、私にとっては旅服も新鮮で面白い。
手にとって見れば不思議と軽くて丈夫そうな布で出来ていて、さらに興味をそそられる。
「ラピス」
シャムスに呼び止められてそちらにいけば、店員が私のサイズを測り数着の服を取り出した。
その服を確認してシャムスが頷き、そのうちの一着をこちらに渡す。
「これに着替えてくれ」
「ん、わかった」
店員に案内され、店の奥にあったスペースで着替える。
やはり軽いその服は、少しかちっとしたデザインなのに体にしっくりと馴染み動きやすい。
今まで借りていたシャムスの服をお礼をいって返すと、シャムスは満足そうに笑う。
「服、ありがとう」
「ああ、サイズは大丈夫なようだな。それじゃあこれとこれを」
シャムスが他の二着を指し、支払いを済ませる。
そして今更ながらに気づく。
私この世界のお金なんて持っていない、と。
「シャムス、お金は・・・」
「アルから預かっているから問題ない。さぁ、もういくぞ」
そして再び手を引かれながら店を後にする。
無事亡命できたら仕事を見つけてお金を返さなくちゃと頭の片隅で考えながら。
街を出る前に昼食用にサンドイッチを買った。
その店の隣は先ほど私に声をかけてきたお姉さんの店で、カラフルなお菓子が並んでいる。
ちょっと奇抜な色のものもあったがどれもとてもおいしそうだ。
「まったく・・・」
背後でシャムスがため息をつく。
そして私をひょいと押しのけて、シャムスはお姉さんに声をかけた。
「オススメは?」
「え、そうですね。これなんていかがでしょう?甘くて疲れた時にオススメですよ」
突然シャムスに話しかけられたお姉さんは頬を染め、少し声が上ずっている。
オススメだというそれは、可愛らしい花のシロップ漬のようだ。
それにしても色気が駄々漏れだよ、シャムス。
「ではそれをもらおう」
「ありがとうございます」
可愛らしくラッピングされたお菓子を受け取り、シャムスはそのお菓子を私へと差し出す。
「ありがとう、シャムス!」
「さぁ、早く街をでるぞ」
「うん」
差し出されたお菓子を受け取り、ほくほくとした私の足取りも軽い。
ついだらしなく頬が緩んでしまう。
そんな私を見るシャムスが再びため息をついていたけれど、これはどうしようもない。
甘いものは乙女の心の栄養なのだ。
・・・今は男だけれど。