勇者の葛藤
目を開けば至近距離にあるシャムスの顔。
モンドの次はシャムスの幻が見える。
こんな至近距離でシャムスの顔を観察するチャンスなんでほとんどないだろうから、せっかくなのでこの機会にしっかりと観察してみる。
長い睫毛にすらりと通った鼻筋。
意志の強そうな瞳がまっすぐこちらを見つめている。
本当に、ため息の出るほどの美形さんだ。
あまり近くで見すぎると目が溶けてしまいそうなほどの眼福。
・・・どうやら見つめすぎて私の脳のほうが溶けてきているらしい。
「・・・・・・」
シャムスと目が合う。
「気づいたか」
「う、きゅおおぉぉお!?」
シャムスの幻が口を開いた。
ちらり、と視線を下に向ければタオルで包まれてはいるが裸の自分。
思わず奇声を発し後退り、布団を頭から被り自分に落ち着けと言い聞かせる。
何がどうなっている?
そういえばシャワーを浴びていて諸事情により気を失った気がする。
シャムスは倒れた私をここまで運んできてくれただけだろう。
シャワールームで遠のいていった意識は比較的早く戻ってきたようだ。
しかし色々と失ったものは大きい。
それでも今は男なのだからまだマシだと思うべきなのだろう。
では自分の行動は?
まじまじと見つめてしまった気はするがおさわりなどはしていないはずだ。
大丈夫、一線は越えていない。変態という一線は。
「ラピス?」
困惑したようなシャムスの声。
シャムスは護衛対象でしかも同性の私を助けてくれたに過ぎない。
慌てて布団から頭だけだしてシャムスを見る。
「ごめん、その、あまり人に裸を見られるのは慣れていなくて」
「同性でもか?」
その質問でシャムスは私が本当は女だということを知らないのだと確信する。
(男としての)裸を見られてしまった以上、今更本当は女だとは言えない。
色々と恥ずかしすぎる。それはもう色々と。
「あー、うん」
自分を助けてくれている相手に嘘をつくのは良心が痛むけれど、それよりも恥ずかしさが勝った。
その後は何故かと理由も尋ねられることもなく、シャムスに謝罪されてしまった。
そして早く休んだほうがいいと言われ、素直にそれに従った。
シャムスの言うとおり、色々と疲れていたから。
主に精神的に、そのほとんどが自滅とも言うべき事態によって。
こういう時は寝るに限る。
悩んでも答えが出ることのほうが少ないと、祖母がよく言っていた。
悩むぐらいなら行動したほうが何倍も有意義だ、と。
横になれば不思議とあっさり睡魔に襲われ眠りに落ちた。
思った以上に疲れていたらしい。
異世界にきたり、勇者といわれたり、実感はないけれど命が狙われているといわれたり。
『起きてー』
初めて魔法を見たり、一つだけだけど魔法を使ったり性別が変わってしまったり、魔力酔いになったり。
『おーきーてー』
見たこともないような美形を二人も見られたけれど、その一人であるシャムスに色々見られたり。
『起きてってば~~~』
五月蝿い。
頭に響く声は次第に大きくなって無視できなくなっていた。
諦めてベッドから置きだして窓辺へ向かう。
『さっきはルリがすぐに起きちゃってきちんと伝えられなかったから、今こうして声を飛ばしているのにぃ』
なんだか間延びした話し方だが、これが本来のモンドの話し方のようだ。
『もうすぐ朔の夜が来るから・・・朔の夜は気をつけてね~?リヒトの加護はいつも通りでも私の加護はほとんど力を発揮できないのよねぇ』
どうして?
そう思い浮かべればモンドにもそれは伝わったようで。
『私はリヒトの光を使って加護を与えているからなのよ。朔の日は力がほぼ届かないわねぇ』
光を媒体にしてる、ということだろうか。
だとしたら曇りや雨などで月の光が届かない日は・・・
『モチロン力は弱まるわぁ。それはリヒトも一緒、ただ程度が違うけれど~。逆に満月で天気のよい日なら私の力が一番強く影響するのよぉ』
要約すると、月が見えない夜は加護の力が落ちるってことだろうか。
『そう思ってもらって問題ないわ~。ちなみに次の朔は六日後だから気をつけてねぇ?』
そう言われても、実際どういう変化が起きるのかわからないし、どう気をつければいいのかもわからない。
加護が弱くなるということは、魔法も弱くなるということなのだろうけれど。
『朔は魔法が全く使えないと思ったほうがいいわね~。つまり今使っているその魔法も・・・』
それはマズイ。シャムスに女だとばれてしまう。
私の精神衛生上非常にマズイ。
それまでに何か対策を練っておくべきだろう。
わざわざそれを知らせてくれるなんてやっぱりモンドは過保護だと思えば『ふふふ、じゃあまたね』と楽しそうに笑い、それきりモンドの声は途絶えてしまった。
しかしこの電波でやり取りするような会話は傍から見たら相当怪しいだろう。
思わず声を出して答えないように気をつけないと。
ちらりとシャムスに視線を向ければ、やっぱり寝顔も美人さんで、私は涎を垂らした間抜けな寝顔なのにと少し悲しくなった。