怖い夢
街に到着したのは深夜だったがファンタジーの世界らしく冒険者というものが存在し、深夜でも宿を求める客が来るというのは良くある事らしくすんなりと宿に入ることができた。
深夜だが街の中にはポツポツと人通りがあった。
まだ気持ち悪さは残っていたが動けないほどではなかったので、シャムスの背中から街の様子を眺めていたところ、冒険者をチラホラと見かけたのだ。
いかにもゲームの世界の住人というような格好をした・・・剣や杖などをもった人達を見かけた。
シャムスも帯剣していたのだが美形すぎてあまり実感が沸かなかったのもある。
思わず興奮気味に反応してしまったのは仕方のないことだと思う。
少し前までは空想の存在でしかなかった人やものが目の前に存在しているのだから。
そしてアルやシャムスのような美形ばかりの世界でないこともわかって少しほっとした。
美形しかいない世界なら私のような凡人はさぞかし悪目立ちしてしまうだろうと。
これならば髪を隠すだけで、私は人の森の中に溶け込んでしまえそうだ。
宿の部屋へと入るとシャムスは一通り部屋を確認するように見回してから私をベッドへと降ろし、さらに持っていた荷物を降ろした。
それなりに重そうな荷物にさらに私という荷物まで担がせてしまって本当に申し訳ない。
「ありがとうシャムス。迷惑かけてごめん」
「いや、元の世界に魔法が無い勇者が最初に魔法に触れたときに魔力酔いを起こしたという話は聞いたことがある。それを考慮に入れずにいたこちらの不注意で辛い思いをさせてすまなかった」
感謝と謝罪の言葉を告げれば、逆にこっちが誤られてしまう。
やはりその言葉に嘘はないんだと感じる。どうやらこれもモンドの加護の力らしい。
あぁこれは本当なんだ、と不思議とそう感じるのだ。
それからモソモソと外套をはずし、ベッドサイドにあった椅子の背にかける。
同じように外套を外して軽装となったシャムスが荷物から服を一式取り出した。
「とりあえずはこの服を着て、明日ラピスの服を買いに行こう。今のままでは目立ちすぎるしかといって俺の服ではサイズが合わない」
「うん、そうだね・・・」
男の姿となって多少身長は伸びているが違和感の少ない程度で恐らく男としては背が低いだろうと思う。
それに比べてシャムスは私より十センチ以上は背が高い。
服を広げてあててみても、やはり腕も足もしっかり余ってしまうサイズだった。
「今日はもう休め。シャワーも浴びられるようなら浴びておくといい。明日以降は状況次第で野宿になることもある」
「ん、そうだね」
野宿・・・さすがにその経験は無い。
しかもここは異世界で、今の自分は命を狙われている状況で。
冒険者がいるのだからゲームの世界のようにモンスターがいると思ったほうがいいだろう。
怖い。
その不安を誤魔化すようにシャワーを浴びた。
流れ落ちるお湯と一緒に不安も少しずつ流れていくように。
シャワーがお湯であることに感動しつつ。
「ラピス、タオルを渡すのを忘れていた」
がちゃり、扉を開きシャムスが顔を覗かせた。
シャワーだけが設置されたこの場所に脱衣所などというものは無く、扉の上のほうに籠が置いてあるだけのものだ。
恐らく風呂やシャワーは日本でいえばいわゆる大浴場のような場所で済ませるのが普通で各部屋についているのは簡易的なもの、しかもそれでも多少いい宿でなければ設備されていないようなそんな雰囲気だ。
「う、うきゃあぁぁ!?」
変な声がでた。
「ラピス!?」
「と、とりあえずタオル置いて外出て!」
「え?ああ・・・」
見られた、みられた、ミラレタ。
扉に背を向けていたからお尻ぐらいしか見られていないだろうけど見られたものは見られた。
ぐるぐると取り留めない思考が頭を駆け巡る。
少し落ち着こうと深呼吸をして視線が下を向いたときにソレを目にした。
「っつ!」
本来ならあるはずの無いものがそこにはあった。
落ち着いて考えれば今の私は男なのだからあって当然ですぐわかりそうなことなのだが、その時はいろいろなことが一度にありすぎてすっかり忘れていたというかなんというか。
生まれて初めて目撃してしまったソレにさらに思考は混乱し、ふらふらとよろめいた拍子に壁にごつんと頭をぶつけてしまった。
「・・・痛い」
情けないにもほどがある、と他人事のように考えながら意識を手放した。
目が覚めたら全部夢だったりするのだろうか。
ふわふわとおぼつかない足元が今は心地よかった。
きっとこれは夢。
異世界に召喚されたり男になったりというのも怖い夢だったのだろう。
今はちゃんといつも通り女で髪だって黒い。
ふと見れば目の前にはやっぱり現実離れした美しい女性が立っているが、これは夢なのだから何でもありだろうとふらふら近づいてみる。
「こんにちは」
へらり、と笑って声をかけると美人さんもにっこりと笑う。
無性に嬉しくなってさらに頬が緩んだ。美人さんの言葉を聞くまでは。
「さっき教えるのを忘れていたことがあるの」
「さっき?」
前に会ったことがあっただろか、と思い返してみるが思い当たることもなく首を傾げる。
「私の加護は朔の日にとても弱くなってしまうの。魔法もほとんど使えなくなるから気をつけてね」
「え・・・?」
「でも貴方にはリヒトの加護もあるし大丈夫。リヒトの加護はどこにでも届くから」
一応伝えておきたかったの、と美人さんは微笑んで景色に溶けるように消えてしまった。
リヒト、と彼女は言っていた。
すっと血の気が引くのがわかった。
気がつけば髪も銀色で体も男の人のそれだ。
あの怖い夢は夢じゃない?
それともこれを含めたすべてが夢?
再び思考の渦に飲まれながらも、モンドはやっぱり美人さんだったな、と考えている呑気な自分もいた。