旅の同行者
「魔法なんて空想の世界のものだとばかり思ってました」
「貴方はリヒトとモンドの加護を受けるお方ですから魔法は使えるだろうとは思っていましたが・・・まさかそんな・・・」
「男になるなんて?」
アルさんの言葉に自嘲の笑みがこぼれる。
幼いころ魔法が使えたらどんなにすばらしいだろうと憧れたこともある。
正義のヒーローみたいに悪者をやっつけたり、シンデレラのように魔法でお姫様に変身するとか。
まさか本当に自分に魔法が仕えるようになって、最初に使う魔法が『男になる魔法』だとは思いもしなかったけれど。
「女神様はかなり私に過保護なようです」
「確かに、モンドは月の女神だといわれていますが・・・まだそれはお伝えしていないのに何故それを?」
「今月の光を浴びたときに、一気に魔法の知識が頭に流れ込んできました。そして綺麗な女の人の姿も」
一度流れ込んできた知識は到底すぐ覚えられるようなものではなかったのだが、使いたい魔法を思えばその魔法が頭に浮かぶという感じでチート感満載だ。
ただそれはモンドに関する魔法のみで、残念ながらリヒトに関する魔法の知識は皆無らしい。
命がかかっているというのになんとも中途半端なチートだが。
私の言葉を聴いてアルさんは目を伏せ、静かに息をつく。
そして視線を私に戻したアルさんの目には強い意志の色がみえた。
魔法で男の姿になってるとはいえ中身は元の女子高生なままな私が盛大にときめいてしまっても仕方のないことだろう。
アルさんは周りの友人たちが騒いでいたアイドルが比べ物にならないほどの美形で、その意思の強そうな瞳で見つめられているのだから。
「その姿は身を隠すには都合がよいですね。とても可愛らしかったので少々残念な気もしますが」
「へっ?」
アルさんの言葉に顔に熱が集まるのが分かる。
きっと彼は特別な意味で言ったのではないだろうが、こちらは美形にもそんな言葉にも免疫がないのだ。
真っ赤になっているであろう私をみて、再び先ほどまでと同じ優しい笑みを浮かべるアルさん。
今私は男になっているのだからちょっと引かれているんじゃないかと心配にもなる。
その時コンコンと扉がノックされ、アルさんがちらりと扉を一瞥してからこちらに向き直った。
「こちらの世界に来たばかりの貴方を一人で送り出すわけにもいかないので、貴方の意見も聞かずこちらで勝手に同行者を決めてしまいました」
「あ、いえ。そのほうがありがたいです」
「シャムス、入ってください」
アルさんが再び扉を振り返り声をかけると、「失礼します」と控えめな声が聞こえて一人の青年が部屋へと入ってきた。
「彼はシャムス。貴方の護衛を兼ねた同行者です」
「シャムスと申します。どうぞよろしくお願い致します、勇者様」
シャムスと名乗った青年は、アルさんとは別のタイプの美形だった。
柔らかそうな金の髪にすこしきつめの紫の瞳。
アルさんが綺麗といわれるタイプの美形ならシャムスさんは格好良いといわれるタイプの美形だ。
こんな美形と一緒に過ごすのは落ち着かなくて、心臓に悪そうな気すらする。
まぁ今の自分は男なのだから毎回赤くなったりしていたらさぞ気持ち悪がられるだろうが。
「シャムス、こちらはル「ラピスです。よろしくお願いします」・・・は?」
アルさんの声を遮って名乗る。
思いっきり偽名だが、(そんなに良くはない頭でだが)ちゃんと考えてのことだ。
「私のもとの世界の名前では目立ちそうなので・・・この名前のほうが違和感が少ないかと思ったのですが」
「確かに・・・そちらの名前の響きのほうがこちらの世界の名前には近いですが・・・」
「隠れるには少しでも目立つ要素を減らしたいのです。この髪だけでかなり目立つきもしますけどね」
髪を指にくるりと巻きつけ、男の姿になり髪が短くなっていることに気づき苦笑がもれる。
髪も私のイメージに添うように短く変化したらしい。
そんな私たちのやり取りを、シャムスさんはただ静かに眺めていた。
よく友人に「瑠璃の話し方は女の子っぽくないよね」と言われていたのだが、それがこんなふうに役にたつ時がくるなんて人生何があるかわからない。
一緒に暮らしていたのが祖母だったからか、口調は大人びているとよく言われたし周りの大人の顔色を伺うことも多かった為に周りの子達と口調が違うのは自覚している。
友人が私の口調を矯正しようとした事があったが、「ごめん私が悪かった」と何故か誤られた。
「アル、神殿の外に人の気配がある。急いだほうがいい」
ふとシャムスさんが顔を窓の外へ向けてそう告げた。
びくり、と体が震える。
「ラピス様、思っていた以上に時間がないようです。シャムス、ラピス様を頼みます」
「ああ、わかっている。ラピス様、こちらへ」
「はい、シャムスさん」
シャムスさんに促され、アルさんに背中を押される形で部屋をでる。
出た所でシャムスさんが振り返る。
「今後は旅の連れということで、お互いに敬語などは一切なしでお願い致します。申し訳ありませんが、銀髪はこの国では目立ちますので」
「わかりました・・・いや、わかった」
シャムス、の言葉に頷く。
そんな私を見てシャムスはふっと微笑む。
「私は正面にいるお客様のお出迎えに行かなくてはいけませんのでここでお別れですね」
「アルさ・・・いやアル、ありがとう」
「・・ラピス、俺達は別の場所から出るぞ」
私の言葉にアルはふわりと微笑んで、すっと背筋を伸ばして歩き出す。
その背中を見送り、シャムスに連れられアルとは反対方向にある別の小さな部屋へ入った。
部屋に明かりはなく、しかし部屋の中心にある台座に置かれた水晶のような石がかすかな光を放っていた。
それはとても幻想的な光で思わず見とれてしまう。
「アルが用意した転移用の宝珠だ。急ごう」
シャムスに手を引かれ台座の前に移動する。
男になって手も多少大きくなっていたが、シャムスの手はそれより大きくて逞しかった。
繋がれている手とは反対の自分の手をみる。
男になったとはいってもこんな手で身が守れるんだろうかと不安になった。
「いくぞ」
その声に慌てて顔を向ければ、シャムスが宝珠に触れすっと目を細めた。
何か暖かいものが緩やかに流れてシャムスの手に集まっていく感覚。
これはシャムスの魔力の流れなんだと判る。
その魔力に反応して宝珠の輝きが増し、そして部屋に光が溢れた。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
光が収まって目を開くと、そこは木々に囲まれた場所だった。
「近くに街がある。今日はそこで宿を取ろう」
「わかった」
シャムスが辺りを警戒しつつ歩き出す。
遅れないように少し急いで足を踏み出した。
「う・・・気持ち悪・・・」
突如ぐらりと視界が歪み、体が傾くのがわかったがどうすることもできない。
しかしすぐにシャムスが支えてくれたので、地面と抱き合うようなことにはならずにすんだ。
シャムスがじっとこちらを覗き込むのを気配で感じる。
「魔力酔いだな」
魔力酔い?なにそれ・・・と聞きたいが話すのも辛い。
「魔力に触れたことがない者や耐性のない者などがなるんだが・・・そうか、お前魔力は高いが異世界の人間だったな。魔力に触れたことがなかったのなら仕方がない。じきに治まるからそれまで辛抱してくれ」
そう言ってシャムスは少しだけ身を屈めて、私を担ぎ上げた。
それはいわゆる『俵担ぎ』だった。
いや、決してお姫様抱っこして欲しかったわけではないのだけれど。
ただ、この担がれ方は・・・胃が圧迫されて余計に気持ちが悪い。
「っつ、悪い」
相当顔色が悪かったのか、すぐに気づいてもらえて背中に負ぶってもらう形となった。
さすがに見た目だけとはいえ男同士なのでお姫様抱っこは回避されたようだ。
結局近くにあるという街までずっとシャムスに負ぶって連れて行ってもらった。
最初から文字通りおんぶに抱っこで申し訳なさすぎる。