理不尽な理由
「何かの間違いでは?」
「貴方が勇者であることは間違いありません。我々が信仰するリヒトによってこの世界に召喚されたのですから」
一応間違いがないか確認してみたがやはりきっぱりと否定されてしまった。
ゆるりと首を振って否定するアルさんの顔は、とても悲しそうだった。
あぁ彼は本当のことを言っている、まだ彼のことを完全に信用したわけではないのにそう確信する。
何故だかわからないけど、すべてが嘘偽りのない本当のことなんだと。
「しかし、貴方はリヒトだけでなくモンドの加護も厚いようです」
「あの、そのリヒトとモンドというのは?」
「説明不足で申し訳ありません。リヒトは我々の信仰する光の神であり、モンドはリヒトの眷属にあたる月の神です。その髪の色がモンドの加護を受けている証でもあります」
「髪の色、ですか?」
言われてそれなりに長く伸ばしている髪を一房つまむ。
「え・・・・何コレ・・・」
一度も染めたことのない私の黒髪は、見事な銀髪になっていた。
引っ張ってみても抜けることはなく髪を引っ張られた痛みもあり、やはり自分の髪に間違いはない。
「私の髪は黒でこんな色じゃ・・・」
「黒、ですか?確信はありませんが、恐らくこの世界に召喚された際にモンドの加護を厚く受けて変化したのだと思います」
ただただ呆然とするしかできなかった。
そしてアルさんがそんな私にトドメをさすような一言を告げる。
「貴方は勇者様で神に遣わされた尊いお方です。しかしアルメイサン王は貴方を亡き者にしようとしています」
「な、ぜ・・・ですか?」
「貴方が女性だからです」
意味がわからない。
突然勇者で神に召喚されてこの世界にきただとか、神様の加護とやらで髪が銀髪になったとか。
おまけに尊い存在だというのに王様に命を狙われている?
しかもそれが私が女だからという理由だけで。
突拍子もないことで、言葉も出ない。
「過去の勇者様が男だったというだけで女性の勇者はありえないと短絡的にとらえるような愚かな王なのです」
青の瞳は悲しそうに伏せられて、「申し訳ありません」と呟く彼になんと言えばいいのかわからなかった。
好きでここにいるわけではないのに。
望んで勇者といわれる存在になったわけではないのに。
まだ兄を見つけられていないのに。
それはあまりにも理不尽で悔しくて、そして恐ろしくて。
ぽたりと涙がこぼれた。
「私は貴方をあの愚王の好きにさせるつもりはありません。しかし今の私にあの愚王を止めることができないのも事実です」
そう言ったアルさんの声は先ほどまでの穏やかな声とは違う、意思の強そうなものだった。
「ちょうど今日は満月でモンドの加護の強い日でもあります。ここから逃げるには都合のよい日です」
「逃げる・・・?」
その言葉に顔を上げれば、アルさんはくっと口角を上げて手を差し出す。
「貴方は私にとってもこの国にとっても大切な方。時期が来るまであの愚王の手の届かない隣国に身を隠したほうが安全でしょう」
その言葉にどきりとした。
信仰するリヒトに召喚された勇者だからということなのだろうが、『私にとって大切な人』といわれれば誰だってどきりとするんじゃないだろうか。
ましてやアルさんは私には免疫のない美形なのだ。
それをごまかすように慌てて言葉を返す。
「隣国、ですか?」
「はい、アルメイサンの隣にはモンドの信仰が盛んなアルデバランという国があります。以前は荒れていましたが今はとても治安もよく、モンドの加護の厚い貴方が身を寄せるには最適の国でしょう」
時期というのがいつなのか、どういう状態の時なのかは分からない。
でも私にこの国の知識など全くなく、生活する術もない。
結局アルさんの言葉に従う以外に道などないのだけれど。
ふぅ、とため息が零れる。
「モンド・・・月の神様なんですよね」
ゆっくりとベッドから降りて立ち上がり、月の光の差し込む窓辺に立つ。
窓から見上げた月はもといた世界と同じようで、でも比べ物にならないほど美しと思った。
「っつ!」
違和感を感じて息が詰まる。
頭に凄まじい勢いで何かが流れていく。
「ルリ様!?」
そんな私をみてアルさんが慌ててこちらに駆け寄る。
違和感はすぐに消え、私はアルさんに振り返ってにっこりと笑う。
「大丈夫です。ただ月の女神様が、少し魔法の使い方を教えてくれたみたいです」
「モンドが・・・?」
「はい、たとえばこんな風に」
先ほど一気に頭に流れ込んできた知識。
それを思い浮かべながらすっと右手を自分に翳す。
光に包まれ、そして体が変化する違和感。
「ルリさ・・・ま・・・?」
アルさんが驚きを隠さずに、私をみて呆然としたように名前を呼ぶ。
私はそんなアルさんの反応をみて頷く。
辺りに鏡もなく窓は磨りガラスで自分の姿を確認できていないが、ちゃんと魔法は使え、成功したらしい。
少しだけ高くなった目線に違和感を感じるけれど、ヒールを履いていると思えばその程度でしかない。
体には多少違和感を感じるけれどそれもじきに慣れるだろう。
「どうです?これなら見つからないと思いませんか?」
にっこりと笑ってそういう私は、完全に男の姿になっていた。
ちなみに服装は制服のままだったが、女子の制服ではなく男子の制服へと変化していた。
さすがにスカートだと変態っぽいのでそれはよかったと思う。
でも男子の制服ということは服装は私のイメージから変化したということだろう。
どうやらこの魔法は使用者のイメージに強く影響を受けることに間違いないようで、頭に浮かんだ魔法の知識は間違っていないようだ。