第一章 裁かれるもの 八
消音どころか、まったく音がないヘリのおかげで彼女の静かな声ははっきり聞こえる。彼女の声は上ずってもいなく、怒気も孕んでいないただの音の連なりで、綺麗だと思えた。彼女どこか日本人離れしていなく、それでいてその無表情は普通のただの少女にしか見えなかった。
「……そうだよ」
僕はワイシャツの袖を腰のナイフを振り抜き、切り出し、横に転がってる細い鉄骨を視点に太ももに止血帯ささと巻く。
そして、……こんなことだれが進んでやるか、自分の左足の膝に麻酔銃をつけ、――撃った。
「ぐううううっ! ……っくっそが……」
すこし痛みに悶えてると上から『説明役』の彼女が関心したように、もしくは呆れたかのように声を出す。
「随分と……度胸あるのね。軍隊の方。さてと、しかし――ここまで面白いようにひっかかってくれるとやる気も失せるわ。それとも馬鹿なのか阿呆なのか」
どうやら今度は日本人らしい女性の声に激痛を堪えながらなんとか皮肉気にやける。
「ありがと……さん。まさか……『後ろに』……もう一人いるとは思わなくてね」
彼女は夕日に目を移すと、肌理の細かい髪を掻きあげる。長い髪がヘリの下降気流に弄ばれ、綺麗な顔に似合い、ますます銃が不釣合いにみえた。
「えっと、さっさと言っちゃうけど。あ、これちゃんと中央の偉い人に届いてるわよね? 私達は例のトイス海峡事件で被害者となった海自の遺族の子供たちよ。まあ、馬鹿なあなた達でもそのうち辿りつくでしょうけれど。あとさっきのレアノア、というのは、そうね、まぁあたしたちの集団の名称みたいなものよ」
彼女が銃を膝までさげる。僕は麻酔が効いてきて麻痺し始めた左足を立て膝にした。
「トレス海峡事件をうやむやにした日本政府のせいでわたしたちは残され、そしてあの紛争までに発展した。現在の南の独立は日本が根源に原因があるってわかるでしょ?」
僕は片手をついて半身を起こす。
「そうだね……。昔の政治家は保身だけ考えてたから。調査も列強から弱腰って見られたくなくてあんな結果になった。でもあそこでの政治的取引がなかったら今頃日本は、」
「戦争になってた?」
「…………」
彼女は少し笑いながら言う。
「なればよかったのよ。何の罪もないものが罪をうけ、そして戦争の必要のないところで戦争が起きる。理不尽っていうものが世界を壊すっていうことをまったく知らない無自覚な悪意。当事者がそんな平和ボケてるのなら私達が正してあげる、私達が、和美と私はそう考えて日本にきたの。でもレアノアの中でそう考えていたのはわたしたち二人だけ」
「…………」
ふー……。狙撃チームは全員狙ってるはずだ。無線は……多分大丈夫。
僕はすっかり暗くなってきた空に目を移して、流れている筋雲しっかり見て目を細くして。
片目だけを瞑る。
「だから、彼には無理言って手伝いに来てもらったの。彼は日本という国をどうでもよく思ってるらしいから。もっと言うとレアノアは一つで一纏まりじゃない。それぞれの思想を持って戦争を起こして、必要なところには戦争を潰すっていう感じ。そこらへんにいる過激派とかテロリストだとかとは、違うのね。まあ、もちろん平和的解決を、望んでいる、人もいるけどね」
……ん? なんだろう。なんか悲しげに似たような……。
「随分な考えをお持ちだな。神様になったつもりかい?」
僕が笑いながら言ってポケットに手を入れてなんでもないように出す。
「キリストなんてどこにでもいるわ。あなたにも、私にも。正義は、誰にでもある。判断をするのは世界であり、民衆であって、世論の歴史よ。さて、」
そう言って狙撃銃、おそらくVRS10を僕にむける。その重そうな鉄の塊を軽々と持ち上げ、無表情に、
「えっと、そろそろ終わらせましょうか。下の人にも今狙ってる狙撃の方々にも悪いけど、」
「――確かに悪いね」
僕が台詞に割り込んで、左手に握っていたものをヘリに向かって無造作に投げる。
彼女は反応は出来ただろう。
でもこの「不意打ち」は予測できないと僕は、そう踏んだ。
「―――っ!」
彼女は打ち落とそうとすばやくほぼ反射で反応するが、遅い。
スタングレネード。
小型のハンドサイズの発煙閃光手榴弾は空中でピンが抜けると、
少しの破裂音と同時、屋上近辺を真昼にした。
僕は『ずっと瞑っていた片目を開けて』、彼女たちがしっかり視界を失っていることを確認して。
「三班! 四班! できるなら全チーム全ての弾をヘリに打ち込め!」
そう無線に叫ぶとあっちも予想していたのか、
いくつもの銃弾の風切り音。無線の怒号と弾ける石の音と金属音が光だけ晴れ、まだ煙の残る中、いくつも聞こえて、
『――! ハリアーだ! ハリアーが来たぞ全員撤退! そんなもの置いてけ』
『こちら一班、東京湾方角から戦闘機が来たぞ!』
『交戦中止! 中止!』
「マッジかよ、きいてねぇ……」
戦闘機まで……。バックにはなにかどっかのパトロンがいるな絶対こりゃ……。
SITの無線を聞いて、目の前の煙が晴れると、
「今日は帰れるのかなぁ……」
ただの日没後のにごった東京の空だけしかなかった。