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風の中から夢の中へ  作者: 椎名未来
第一章 裁かれるもの
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第一章 裁かれるもの 五



「人を殺したいと思ったことはありますか?刑事さん」

 横の和美ちゃんは膝に置いたバームトップ型のパソコンに目をこらし、時折キーをたたきながら僕に問いかける。

「ずいぶんな質問だね。でも僕は刑事じゃないよ。一応自衛隊のほう」

 ふーんと和美ちゃんは足をぶらぶらとさせる。数メートル先は何もない、資料によれば三九二メートルの落差があるだけだ。それにしても風はなく、僕たちの会話は途切れることなく続く。

「じゃぁ自衛隊のお兄さんで。で、答えは?」

「そうだね。そりゃ人間だから僕もあるけど、その質問の問題の核心は実際に実行できるかどうか、だろ?」

 そういうと初めてにこっと笑う、が相変わらずパソコンに目を落としたままだ。

「その通りだね。たいていの人はそう考える時もあるけど実行するには及ばず、それでおわっちゃうわけ」

 ふー、と息をつくと、

「じゃぁ殺されると思ったことは?」

「うん?それはさすがにないな」

「私はありますよ」

「どうして?」


「人を殺したことがあるからですよ」


「…………」

「理論的には実に簡単。実際殺してみて、『自分もだれかにこういうふうに殺されるんじゃないか』という無意識にうもれていた感情が出てくるんです。当事者にしかわからない当事者だけの感情。だからこそ人を一回殺してしまった人は殺しつづけなければならない」

「……ふむ。一種の麻薬みたいなものかな? 殺したという不安がさらに駆り立てる。でもさっきもいったように一回やったとしても絶対にそうなるとは限らない。それじゃぁ殺人鬼が右往左往しちゃうよ」

 ふふふっと和美ちゃんは僕の台詞のどこが可笑しかったのか少し笑って、

「それもその通り。まぁこれは個人の理論なんでほっといていいです。それでは人が人を殺す理由というのは?」

「……僕はこれでも一応人を助ける立場なんだけれどね……。それはとっさに、とかつい、とかじゃない?」

「んーん。六十点だね」

「それなら単位はもらえるよ」

「そうだね。でも私は『障害』になったからこそ人は人を殺すと考えるの」

「障害……」

「そう、障害。俗っぽくいっちゃえば道にころがってる石を蹴飛ばして遡行に落とすのと同じ。自分の人生に障害的なものが発生したらそれを排除しようとするのは自然だからと思う」

「それはまた極論だね。じゃぁなんで障害になれば殺すんだい?」

「いい質問ですね。それはまたまた簡単。私が言っているのは人間関係のことでその中で生まれる殺意のことです。人間だれかと仲良くするからこそ関係がうまれるわけですが、それでは絶対的な矛盾が出るんです」

 僕は自然と腕を組む。

「誰かと仲良くするということは誰かを選ぶ、ということであって、逆説、それは誰かを選ばない、ということが必ずおきるわけです。選ばれなかった人間はよほどの場面がない限り殺意は芽生えませんが、そのようになるなら、芽生えると考えるのは十分です」

 喋っている和美ちゃんを僕はじっとみつめる。長い、きめ細かいそれを後ろで一つにまとめたさらさらの自然な茶色の髪。生真面目に制服を着て、資料どおりの可愛い容姿。

「ふむ。和美ちゃんの考えはわかった。でもそれでも殺人は許容できるものじゃないよ」

 僕がいうと、和美ちゃんはふふっと笑う。

「私はできます」

「おや? はじめて意見が分かれたね」

「そうですね」

 そうして初めて僕をみてにっこり笑う。さてさて……。どうしたもんか。説き伏せるのが不可能なら少々癪だけどワイルドカードをだすか……。

「もう一度いうけど殺人というものは許容できるものじゃない。色々な理由はあれど、殺されたほうはそれで終わりだ。殺したものは誰一人かまわず地獄に落ち込むべきだと思う」

 少し語調を強めてみた。が

「しかし、殺したほうがそんなことを感じなかったら? それで障害が取り払われたならどう思うます? 嬉いと思いませんか?」

「それは違うね。僕としてはそれは、言っちゃ悪いけど人間じゃない」

 そういうと和美ちゃんは不思議そうに首を傾げる。

「人間と言うのは多かれ少なかれ、感情移入できる生き物だよ。できるからこそ、かわいそうだなとか、幸せそうだな、とか僕もああなりたいとか、思うわけさ。でもコレにはデメリットがあるのはわかるよね?」

 和美ちゃんは答えずに頷くだけにした。

「つまり逆の負の感情、あいつをけおとしたい、奪ってやりたい、うるさいからいなくなってほしい、そして殺したい。つまり感情移入できることは人間に生きるうえで必要であり不必要なのさ。そして和美ちゃん。君は許容できるって言ったよね?」

「いいました」

 即答。

「それは人間として重要なそれが欠けているのさ。つまり人間じゃないっていうのはそういうこと。感情移入の正負が拮抗していて自分の欲求というものを始めて抑えられる。僕は医者でもなんでもないからわからないけど、和美ちゃんがそういうなら君は正の部分が人間として欠けているんだよ」

 少しひや汗がでてきた。まるで綱渡りしながら会話してるかのようだ。一歩間違えれば即落下。まぁ四百メートル級の高層ビルの屋上フェンスの上に座っていっても冗談にもならないけど。

 ふふっと和美ちゃんはまたわらってパソコンのキーをたたく。

「それは新しい意見ですね」

「否定はしないのかい?」

「ええ。自分でもそう思い当たる節がいくつかありますから。こどもの頃からそう思ってきたんですよ。いい意見をもらえて嬉しいです。ええっと……名前まだきいてませんでしたね」

「梶原玲次。航空自衛隊の傘下にある対テロ対策部隊の情報作戦四課のぺーぺーさんだよ」

「じゃぁこの事件解決したら給料あげてもらえるように上司に頼んだらどうです?」

「どうかなぁ。あの人は人使い荒いから」

 僕がははっと笑い、和美ちゃんはにこっとした。

「じゃぁ欠けている人間はこの社会では生きていけないですね」

 そう結論めいたものをいった。そろそろか。

「いや、そういうわけじゃ、」

「いえ、いいんですよ。私もつねづね考えていたことで梶原さんに言われなくても自覚、自認していたことなんです。あなたを招き入れて正解でした。最後の最後の結論が出てよかった」

「…………」

「これからこのビルしかけた爆薬、まぁC4とかいろいろですが、それをいっきに爆裂させます。地下にいるお仲間さんには悪いですが。それともさっきからスーツの下から狙ってる銃でこのキーを打つ前に私を撃ちますか?」

 おっと。……普通にばれてるし。普通に腕組みしたつもりなんだけど。

「まぁ、君見たいな可愛いこと心中もいいかもしれないけどそれに水を差すようでさらに悪いけど」

「なんですか?」


「君が始めに殺したといった彼氏は生きてるよ」


 ワイルドカードを出した。

「え?」

 和美ちゃんが驚いたのは僕の台詞と自分の左腕にささった麻酔銃から発射された矢羽が突き刺さったことだろう。

 そしてそのまま和美ちゃんは、力が抜けるように、



落下した。



 フェンスの後ろに。


「ふぅ…………」

 このためにここまで和美ちゃんの話に付き合い、スキをうかがってはいたけど、まさか武藤さんの助けをかりるとは。

「僕もまだまだだな」

 そう呟きながらフェンスをおり、和美ちゃんに寄っていく。結構きついからもう寝ちゃって、

「……な、なんでいきているの……彼」

 お。

「ん? 凄いね。その麻酔撃ったらソッコーで効くんだけど」

 ああ……、たしか彼女、肝臓が悪くて麻酔なれしてたか。でもそれでももって数分だろう。

「たしか……毒を。『カクテル』……」

「それはね。さっきいった人使い荒い上司さんが中和しちゃったみたいだよ」

 それをきくとふーっと眠るようにまぶたを閉じた。

 僕は少し躊躇いながら、彼女に近寄り和美ちゃんの耳元で囁く。

「君がさっき言ってた通りならナイフかなにかで彼氏をさしただろう。でも毒なんて、しかもあんな遅延性の毒を使う間接的な方法を選んだ。それってまだ君が彼を愛してる証拠じゃないかい? もしかしたら、彼が異変に気づいて、


 病院にいくことをどこかで祈っていた。


「僕はそう思うよ。」

 と、言葉の途中で寝てしまったのかすっかりまぶたを閉じ、スースーと寝息を立てている。

 僕はまいったなと頭をかくと、

「最後のほうの言葉こそ、きいてほしかったんだけど……ん?」

 和美ちゃんの目の端から水のように涙がこぼれた。

 きいてくれたか・・・。と僕は苦笑すると、無線機をだした。

「梶原です。今終わりました。……はい。大丈夫です。……はいわかりました。あ、それから犯人からの要求ですが僕の給料上げろとのことです」

 そのまま反論を聞かずにぶちっと無線機を切った。

「はー……やれやれ」

 僕はフェンスに近寄りそれに背をあづけ,めったに吸わないタバコをだして火をつける。

「……僕は正しいことやったんすかねぇ」

 彼女は彼女の考えるべき世界が、姿あった。それをとめた僕たちは……。

 一気に煙を吸うと夕日にむかってはきだす。

 やっとふいてきたビル風に僕のタバコの煙がたなびいて、真っ赤に染まった夕日に消えていった。





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