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風の中から夢の中へ  作者: 椎名未来
第一章 裁かれるもの
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第一章 裁かれるもの 三




 都心に近いある一つの高層ビルの屋上、正確にはその屋上にある落下防止用のフェンスに少女が一人、絶妙なバランスで座っていた。膝にはバームトップ型のパソコンに耳にはワイヤレスイヤホンマイク。

 地で茶色い綺麗な髪を両側で結んでツーサイドにしている。その髪がビル風になびき、そして少女の身体もすこしばたつく。

「うん。大丈夫だよ。こっちはうまくいってるから。もしものときは、……あ、いや、これは私の独断だからフォローは気が向いたらでいいよ」

 少女は友達と明日どこへ行こうか、カラオケは飽きたから遠出でもしようか、といった感じで、歳相応に楽しげに会話していた。実際口元は綻んでいるが、しかし目の前のパソコンのキータッチは止まらない。

「うん、うん、……わかってる。あ、ごめんちょっと待って」

 そう言うとスカートのポケットからリモコンらしきものを出して、パソコンのモニタを見ながら、なんの躊躇いもなくスイッチを一つ押した。

 するとゴゴゴンっ、と地鳴りのような、地下鉄が傍を通り過ぎるようなくぐもった音がビル内から聞こえ、そしてだんだんと静かになっていく。

 だが屋上だけは静寂だ。相変わらずのビル風に小女の長い綺麗な髪が遊ばれる。

「あ、ごめんごめん。お邪魔が入ったから消してた。うん、大丈夫。……え? 『レアノア』は動かせないよ。うん。じゃぁ、そうだねぇ、また何かあったら連絡するよ、うん、またね――」

少女は本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。


「――優衣(ゆい)



        □



「しかしだなぁ、こんなご時勢だってのに俺たちが出張る理由ってのはわかるか?」

 高速を近場のインターチェンジより出て、一般の幹線道路を走る白いバンの中で一見若いようだがよくみれば毎日のように続く激務のせいか、目の下にはクマができている二十代半ばと誰でもわかる容姿の男が横の女性に話しかける。しかし相変わらず眠たそうな、余裕がありそうな顔は変らない。

「なによ、急に」

 女性は男のいつもとは違う口調に訝しげに眉を顰め、道路を右折する。女性は細いリムのメガネをかけた秀麗な美人の顔立ちだった。しかし来ているのが紺のパンツスーツにブラウスなため、あまり目立たない恰好になってしまっている。こだわりでもあるのか髪に花柄のガラス細工の髪留めをつけていてそこだけ際立っていた。

「別に。このままだと俺が寝ちまいそうだから」

「寝たらぶん殴るわよ」

 そんなこと言ったって、と男はリクライニングさせた助手席で両腕を頭に組みふぁーっとあくびを一発かます。

「昨日だって家屋全壊だの、人殺しだの、そんなの警察でも消防団でも商工会議所にでもまけせとけってのに……。下のほうで緊張状態だからってウチラが引っ張りまわされてさぁ。テロじゃねぇだろどう考えても、ったく」

「ふーん。それはご愁傷様ね。私、昨日は五時で上がって焼肉食べてたわよ」

 ふんっと男は鼻を鳴らし、あくび交じりにまた言う。

「んでー……、なんでかわかるか?」

「さっきの? 答えは自分で言ったじゃない。緊張状態が続いてるから、なんかことあるごとにテロだって思っちゃうんでしょ」

「まー……そうなんだがなぁ」

 女性がハンドルを回して公園を左折すると、目の前に天を突くような巨大なビルが見えてきた。見方によっては五十階はありそうだが、ところどころから煙が上がっているのを見ると尋常じゃない雰囲気が伝わってくる。しかしバンの中の男女はそれをぼんやり見つめながら、少しもそんな緊張感の欠片もなく話し続ける。

「それもあるけど、つまりは警察だっていろいろやるけど結局わからなくなって損害が大きくなると俺たちに回しちまうのさ。『もう手に負えません。こっちはほかにも事件が抱えてんだてめぇら暇なら動け、税金ただでもらってんじゃねぇぞ』ってことさ。まぁつまりは面倒事の押し付け合いってわけだ」

「ふーん……。あ、だから最近空自の災害出動とか多いわけ?」

 いやいやと男はめんどくさそうに右手を振る。

「空自だけじゃない。陸自だって海自だって機動隊だってとにかく武装して銃もってる集団ならどこだって緊急出動って感じなんだわ」

 女性は赤信号で車を止めると思案げにちょっと考えて、

「じゃぁ、昨日一緒に焼肉食べた早川に悪いことしたわね」

「なんで?」

「明日も仕事なんですよー先輩ーって言ってたから。今頃空母にでも乗って太平洋上じゃないの」

 はー……、そりゃ大変だと男は全然大変そうじゃなく言う。

「でも早川は今現場いるぞ」

「え? なんで?」

「呼ばれたんだと、よ。上に」

 ふーんと女性は言うと、

「やっぱなんかおかしいわね」

「だから俺がさっきから言ってるだろ。実際、完全のA装備で連絡のあった現場行くとなーんにもなくてな。そんなのもう十回や二十回じゃきかねぇくらいある。意図的に振り回されてるって感じ、してくるだろ」

 そう言ってもう目の前の見上げるのも億劫になるぐらい高いビルの頂上を指差す。

「その原因が長谷川ちゃんってことね」

「そ。一応防御に回って中央は守ってるけどなにせ人が足らなくて。そこらへんのもぐりのハッカーやらも集めてプロテクトって感じ」

「でもそれだったらあの子たいしたもんだわね。米軍との連絡完全に遮断したんだから。もう少し幕僚のジジイ共が予算降ろしてくれたらもっといいの作れるのに」

 目の前にはもうビル入り口が見え、その周りを警官が野次馬やら報道陣やら車やらを近づかないように押しとどめている様子が見える。雑踏はどうでもいいが、それを押し留めている警察関係者は明らかに混乱しているのがわかった。

「まぁ、その技量は買ってやってもいいな。コレ終わったらうちにスカウトするか?」

「そんなことしたら鼻フックしてあんたの首ひっこ抜くわよ」

 おー怖、と男が苦笑するとサイドブレーキの後ろにあるテレビリモコンを三枚に重ねたようないかつい無線機がピーピーと鳴る。

 それ聞くと男はまるでさっきとは別人のように無線機を引っつかみ口に当てた。

「武藤だ。状況は? ……ああ、もう目の前だちゃんと全員揃ってるか? ああそうか……」

 女性のほうは、武藤の話を聞きながらビルの地下駐車場に野次馬をさけて入り口から入り、そのまま同じような大型バンが止まっている集団のところに向かう。

「は? 梶原が? はー……、んじゃあいつになんとかしてもらうか。ちょうど適材適所だろ。労災はおりるって言っとけ。ん? 宮崎? ああ、わかった」

 そして横の女性、宮崎に武藤がんっ、と無線機を渡す。宮崎は何も言わずそれを取り、

「なに? ああ、わかったって。それはそっちの分野でしょ。畑違い。もう着くから」

 そう言うと早々に無線を切った。

「なんだって?」

「先輩なんとかしてくださいーだって」

 あそ、と武藤はリクライニングを起こした。バンはまるで野営のテント張っているかのような集団の横に駐車し、そのまま武藤と宮崎は降りる。

「お疲れ様です」

 黒服で地下だと言うのになぜかサングラスをかけている中肉中背の男が武藤に近寄ってきて言う。

「全員配置についてるか? 準備は?」

 テントの中に入りながら、さっきのぐーたら男とは見間違うかのようなしゃきっとした感じに宮崎は少しほくそ笑みながら後につぃていく。

「ダメですね。三十九階までが最高でそこで吹っ飛ばされました。警察の一機の二名が死亡、五人重症です」

「ふーん、なんかゲームみたいだな、とかいったら一機の隊長にタコ殴りにされるな」

 でも発言の内容はあんまりかわらないようだった。

「そんでウチの梶原はどこにいる?」

「四十一階。ちょうど先頭にいたんで爆発はさけたようですね。ラッキーだとか助けてとか言ってましたが?」

「そのまま上に行けって言っとけ」

「は? しかし、」

「いいから」

「わかりました」

 そう言うと同じような黒服は同じような集団に走ってテント内に戻って行き、野戦服をきた見れば明らかに自衛隊の隊員達が何十と設置しているコンピューターを前にわきめもふらずなにか作業しているテント内に武藤は入って言った。

 武藤はそのままその一番左のテーブルで作業してるWAC(女性自衛官)に近寄っていく。隣りには宮崎がおり、なにやら指示を出しては考えていた。と武藤に目をやり、

「柿崎なんだって?」

「一機の葬式には何送ったらいいかわかりませんだって」

「あそ」

 宮崎はそのまま考えるように右手を顎につける。服装が派手じゃない分、あまり目立たないがよくみれば美人というのが宮崎がうけている周りの評価だ。

「あ、武藤さんお疲れ様です。ちょっとこの子かなりぶっとんでますよー」

 早川がパソコンのキーをたたきながら言う。四枚の液晶ディスプレイには目まぐるしくデータが入れ替わっている。

「ん? おい、どうなってんだ今」

 今度は宮崎に言う。

「どうにも長谷川ちゃん、ビル全体の警備システム乗っ取っちゃってるみたいね。あとトラップが」

「千二十一箇所あります」

 早川が言葉を繋ぎ、宮崎は肩をすくめ、どうする? と武藤を見る。

「ていうか、明らかに外に協力者いるんじゃねぇの? これ」

「いえ、」

 早川が野戦服の帽子の下から武藤を見上げパソコンの液晶画面を叩く。

「六時間と三十八分前に第十三B―九九九プロテクトをこのビルのサーバ含む全てのネットワークで展開中です。よって外部からの干渉はあと七十九時間は不可能なので……、多分トラップばかりは誰かがやったんでしょうけど、このサイバーテロはあの子一人でしょうね」

「おおー。ハッカーのアルバイト君たちはちゃんと働いてるようだね。感心。しかし、たしかにぶっとんでるな。まぁーじゃぁー外部の干渉は無理ってんならあれしかねぇかな。もう」

「あれって?」

 宮崎が嫌な予感がする。と言う感じで聞き返した。武藤と言う男は解決するなら駆逐艦に漁業の民間船をぶつけるような男なので嫌な予感がする。

「簡単。このビルにくる電気を『すべて』こないようにすればいい。あとは梶原におまかせってことで」

「え、ですがそれではここも使えなくなりますが」

 早川の応答に武藤は手を振りながら、

「ここ、商業ビルなんだから地下に自家発電だかあるだろ? それ拝借すればいい。もちろんあっちにいかないようにな。物理トラップだけならあいつでも突破できるからなんとかなるだろ。ほら、決まったら動け動け! 野郎共、まずは電力会社に送電ストップさせろ。できなかった区ごとだ。あとは地下に送電線がないか確認しろ。宮元、お前は隣のビル行ってSATについて状況報告。柿崎と奈場と薄野は十階で待機して無線の中継基地を作れ」

 そこまでいうとまわりの動きがさらにあわただしくなった。武藤は宮崎を見ると、にやりと笑い、

「さてと。これで米空も見直してくれるかな?」

「無理よ」

 苦笑する宮崎を横目に武藤は無線機をとり、チャンネルを合わせる。

「武藤だ。梶原、今から指示を伝えるぞ。もう一回きいたらてめぇの今月の給料無しだ」

 早川はその姿をみつめ、その早川の後ろで七十八時間三十二分二十一秒と刻々と時間が過ぎていく。




「だからぁ、今はそこに誰もいけないっていってんだよ、は? だから無理だって。……そうそう、へ? おまっ、ちょっとま、」

 武藤は無線機を耳に当てた格好のまましばらく止まって、はぁ、っと盛大にため息をついて苛立ち気に無線機をテントの中央に置かれているテーブルにガツンっと置いてどっかりとパイプ椅子に座る。

「その様子じゃまた梶原くんは単独つっぱしりのようね」

 宮崎も少し嘆息する。

「ああ。助けるのは無理だから援護が行くまで待てって言うと、今度は逆にじゃぁ僕一人で説得しにいきますなんていいやがって……。あーあーこれだからキャリア上がりは嫌なんだよ。普通一課だろ。あいつみてぇなのいるの。採用したの誰だよ」

「採用のハンコ押したのあんたよ」

 宮崎がコーヒーの紙コップを武藤の前において自分もコーヒーを啜りながらパイプ椅子に座った。

「……そうだっけ?」

 宮崎はもうそんなのどうでもいいという感じでそっぽを向くと、

「でも梶原くんならなんとかしてくれる……ていうかこれで事件解決じゃないの?」

「……そうなるといいけどなぁ。一応ネゴシエーターだし。今日は風呂にはいれっかなぁ」

 武藤がふけくさい頭をがりがり掻いた。



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