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風の中から夢の中へ  作者: 椎名未来
第二章 救われるもの
19/22

第二章 救われるもの 十

 しばらくよく自分でも資料を読み込んでみる。ほとんどが「証拠がない」僕の証言から考察された資料だった。概ねの目的、方法、経過観察、その後の反応や世論の対策等、ざっくり十ページ程度しか書かれていない。つまりながら、これからどうやって捕まえるかを算段するのをただ明確に記述しただけにすぎず、確実に捉える事ができるという文書ではない。

 だが会議室のメンバーは誰一人として疑問の声すら上げなかった。つまり最後まで聞いてからと言う事なのだろう。

「来日するアルヴィン・マッケンジー英国外務・英連邦省アジア国連担当閣外大臣は、一番の護衛対象とおもわれますが、大使館へ宿泊後に翌朝の首相官邸にての会談に臨みます。これはアークライト駐日大使も同じですが、その後都内の大学への講演と周り、唯一スケジュールが開いているのはレドリー・アストン英陸軍第七師団長です。軍人がこのような会談にくるのはかなり稀なのは分かるかと思いますが、アッチ側のパフォーマンスかと思います」

「はい、しつも~ん、いい?」

 随分気の抜けた声を上げながら手を上げてる武藤さん。別段、手なんかあげなくてもいいのに上げてるのは彼の性格からしての悪ふざけ。

「どうぞ」

「その中将さんが来る事は分かっていたように言うが、何故だ?」

 確かに。そこは話してなかったか。

「中将はオーストラリアの東側、つまり州都を含めた大都市を管轄する第七師団の長です。つまり殆ど本国からの行政の命令にも関わっている人物です。西側の第八師団よりも彼を送ったほうが民衆受けに良いと思われたからと」

 そう視線を真奈さんに送ると、少し顎を引いて首肯する。「あちら側」の内情に関してはすでに情報通信局を通して伝わっている。

「いや、そうじゃなくて」

 武藤さんは少し苦笑しながら言う。

「お前は中将が予め来ることが分かっていた。外部機関からの情報抜いてな。さらにその中将を殺すのが最善だとも分かっている。俺じゃなくてもここまでは不思議に思う、何故だ?」

 武藤さんが今度は具体的に、僕の真意を確かめるような目で聞いてきた。

 さすがにここまでは隠し切れないか。だから明かす。

「この作戦の大本を考えたのは僕だからです。どれを対象にしてどうやって殺害するか、全て昔僕が考えた物だからです」

 少し会議室は静まりかえる。武藤さんはやっぱりという風情で梶原さん、高木さんは驚きすらせず、真奈さんも無表情。驚いているのは四課の課員のみだった。

「まあ、大体そういう『構図』だとは思ってはいたが、俺もちょっとびっくり。全部は吐いてなかったわけな。それで『どうしてこの作戦がお前が考えた物だと証明できる?』」

 武藤さんは腕を組んで座ったまま鋭い目つきで見てくる。疑っているわけではないのだろう、恐らく、「仲間であるという証明をしろ」と言っているのだ。この場合、「自分がやっていない」ことを証明するよりも「自分がやった」という証明をするほど難しいものはない。

その発言を聞いてから僕は真奈さんに言う。

「例のもの渡してもらっていいですか?」

 真奈さんは細いレンズに直角のリムの眼鏡を一回手で押さえ、隣に座っている若いスーツの男性を一瞥した。すると自然と全員の視線が行くので、おそらく真奈さんの部下であろう男性は素早く立って、会議室のメンバーに一枚の紙を配る。

「……これは」

 そうそうに受け取った武藤さんが顔を顰める。書面は左上に極秘の印。さらに文頭に警視庁公安部外事課の文字に責任者と作業者の文言。文面は全て英語だったがこのメンツならば全て読めるだろう。ざっと見た感じ概ね報告書で「早急に武力をもって事態への対処をしなければならない」なんて物騒な言葉で締められている。

 内容は「先ほど僕がプレゼンした中将暗殺計画がなされているというオーストラリア内情に関する諜報文章」だった。

 僕は真奈さんを見たが、彼女は整った顔立ちを机に広げてる文章を見ているのか見ていないのかただ伏せているだけだった。つまりこっからは自分で説明しろってことですか。まあ、僕もここまでは警察庁のお世話になっているし、なるまでに色々苦労があったのだが、これ以上甘えるのは後々よくないだろう。

 会議室の全員が書面に向いているうちに考えをまとめ、口を開く。

「書面は日付どおり『二年前に作成された』当時の警視庁公安の諜報文書です。二年前、軍学校にいた僕は、当時の『あいつら』と一緒にどうやったら今の情勢を打開できるか必死で色々やっていました。まあ、つまり、中将暗殺もその一つで提出早々に寮への謹慎命令が下りましたけれど」

 ……ん、なんか昔話をしているようで変な感じ。ちょっと気恥ずかしさを感じながらすでに全員文書から顔上げてこちらを見てる目線、その一つ、武藤さんに話しかける。

「警視庁公安の過去の文書を弄くれるほど僕はコネもツテもありません。簡単に言いましょう、『レアノア』は、いえ、あの二人は過去の僕の文章通りテロ計画を進めているということです」

「おい、佐々木」

 武藤さんが存在に後ろのほうに座ってる真奈さんに首をめぐらせて言う。

「お前この事以前から知っていたのか? ていうかこの文書はなんだ?」

「知ってるわけ無いでしょう『ただの過激思想があるちっさい子供』程度なんて見張る余裕はないのよこっちは。そんなの掃いて捨てるほどいるわ。智之君に直に調べてくれと言われてから調べた。そしたらあらら、興味深いことも出てくる。警備局の公安課には貸しがあってね、ちょと警視庁の公安部に『指導』してもらって捜査本部開いている刑事局経由で捜査資料として貰ったのよ。刑事局長の渡部さんも知り合いだしね」

 ずらずらと武藤さんを一瞥もせずに物凄いこと言う真奈さん。それを聞いていくうちに物凄く苦渋な顔色になっていく武藤さんに同感。調べてもいないことまで調べてしまうし、さらにそれを「貸し」にしてしまう狡猾さ。真奈さんは前には出ないが本当に駆け引きのプロだと思わされる。オーストの子を現在持っていてそれを捜査している刑事局長にも流すような感じでパイプを繋いだのだろう。

「……うんまあ、お前の言う事は分かったが、なぜ今日決行されるとわかる? 確かにこれと智之が言う事は丸々コピーされたようなもんで信用にはなるが、過去をなぞる意味がわからない」

 武藤さんは文書を見ながら独白のように言ったがやはり真奈さんは何も言わなかった。言うだけ言って僕に丸化けですか。

「当時はサークル活動としてそんなことをしていたんですが、海外や単発的なテロが合致していません。日本のビル占拠と今回の事件のみ一致しています」

 そうなの? と武藤さんは真奈さんに目を向ける。

「ええ、梶原君が頑張ったビル占拠については少し違うわね」

「は?」

「いやだって、あのビルの完成は『一年前』でしょう? 手にした文書には『東京タワー占拠』になっていた。よくわからないけれど変更になっていたのよ」

 それを耳にして武藤さんが頭を掻く。それを見て壁を背に立ったままの高木さんが言った。

「出し惜しみはもういいわ。それで智之はなぜその二つだけが日付どおり決行されると思っている?」

 不精に覆われたシャープな顔立ちで言われると鋭い眼光だけで背が伸びる。

「その二つだけが、二人それぞれと一緒に作った物だからです。ビルは長谷川和美、中将暗殺は菅原彩夏と」

 ビルの決行予定日は同じ八月十ニ日。中将暗殺は今日、八月二十五日。

 どちらも僕が関わっていて、あからさまな犯行をしている物の、大体的なテロ活動が起きていない。『六連続爆破広域テロ事件』に関しては話すらしていない、恐らく後から考えた物だろう。つまり共通項は僕。

「つまりこの二つの事件は『元から僕をおびき出すもの』だった。しかしビルでは現れなかったので次も同じくやる。二人の目的はビルからのテロからでもなく、中将暗殺でもなく、恐らく僕の『身柄回収』です」



 その後は侃侃諤々、質問と人員の配置と、概ねの作戦を伝えて解散となった。ただ、直に和美と話した梶原さんは「本当に日本のみを破壊しようという思想が見て取れた」という反論をしたが、現状、僕の言う事のほうが強いので起こり得るであろうテロ活動の阻止優先、そしていきなり保護対象となってしまった僕の保護優先の二班に分かれた。ただ回収にくる本人が裏にいてはビルの二の舞になるかもしれないということで梶原さんと一緒に前線配備での行動にされた。この辺はかなり、かなり武藤さんに反対されたけれど。

 そんなこんなで早朝がすでに昼前になっていたので梶原さんが弁当屋から買って来てくれたので一緒に肩ならべて食事をしているという感じだ。

「でも結局は何時やるかってのはわからないんだよねー」

 そんなこといつつ梶原さんはしょうが焼き弁当をほおばる。

「まあ、そうなんですけどね」

 そう言いつつ僕は牛丼をほおばる。身柄拘束しようとする二人を僕を餌にしておびき寄せて逆身柄拘束という、つまりはそういうことなのだから。時間に関しては中将が夕方頃来日する時から、ホテル、首相官邸、それ以外の移動を護衛することになる。つまり本格的行動は夜となるので食って寝とけと武藤さんが言っていた。

「僕は智之君を信じるけどね。直に話した感じではそんなもんだったから」

 直で話した、ね。

 現在の作戦は本当に行き当たりばったりだ。僕が真奈さんに頼んだ物も現物ではあるけれども、今回のものとの因果関係ははっきりとしない状況証拠。僕を回収するというのも現状、状況証拠。そんな中で情報作戦課総動員に別の部署、組織も動かしての対策。自分でいって自信が無いわけじゃないけれど、一体どこまでこっちの思惑に乗ってくれるのかが肝なのだが。

 僕が食べ終えて箸を置くと、お茶のペットボトルを開ける。そういえば梶原さんは和美と彩夏二人と直に話したんだっけ。前に聞いた風では僕の印象と全然違っていたけれど。まだ食べ終えていない梶原さんを見る。

「えっと、それで梶原さんは二人と話したんですよね。改めてどう思います?」

 変な質問だと思った。すでに「日本破壊を目的」と断定してる彼にこれはつまり、別の答えを下さいといっているのだから。でもそんな僕を見透かしてか、梶原さんは咀嚼しながら眉間に皺を寄せ、考えるように言う。

「うーん、前も言ってるように本当に過激的としかいいようがなかったけれど、もしさっきの『智之捕獲』が目的とすれば見方が変わってくるね。僕と話した和美ちゃんはそもそも会話自体どうでもよく、ビルの爆破すらはったり。後ろの伏兵だったお仲間に助けてもらい、彩夏ちゃんの言葉も全部はったりというか雑談。そして、」

 そこで言葉を切ってお茶を飲む。

「割を食らわせられたのが、ウチの課に、日本政府への国民の不満。さらに英国がらみと露骨に露見させている。だから見方によっては、自分達で国を破壊するのではなくて、不信感を煽り、巧みな民意の誘導で国を崩壊させる」

 過激派というより戦略尽くめの戦争屋って感じだね、と最後の弁当の一口をいれる。

「…………」

 梶原さんの言う事は一番近い真実にあるのではないだろうか。

 日本に二人しかいないというのはわからないけれど、クリストらがテロを起こすならもっと大々的にできるはずだ。でも六連続爆破のテロも死人がいないという怪しさ。もし今回で英国を裏切るというならなおらさ。

 でもねーと、梶原さんがいう。

「二人はどちらもそれほど言っていたことより本気ではなかったのは確かだよ。特に和美ちゃんのほうはいたって普通の高校生らしかったかな」

 そうコップに注いだお茶を飲みながら笑顔で僕に言う。

「それは……敵意がなかったということですか?」

「本当に君を心配してるってことさ」

 いつも笑顔を絶やさない彼の言葉に僕はぐっと息を堪えた。思わずありがとうと、いってしまいそうだったから。今夜、彼女たちに会えるのだろうか。

「しっかしここの弁当上手いねぇ」

 梶原さんの性格が本当に好ましく思える。



「この画面は? リアルタイムだけれどどこの持ってきてんだ?」

「もちろんIGS(情報収集衛星)だ。現在は六基稼動しているが、レーダ衛星が二基で撮影が困難だ。一応中将在住はこちらの衛星で賄えるが米空のグロバールホークも引っ張る予定だ」

「そんなのどうやって協力要請するんだ?」

「なにいってんだ武藤。米空は紛争始まってからずっと日本上空こいつで監視しっぱなしだぞ。英国がらみっていえば一発で貸すよ」

 警察庁内の捜査本部。刑事局内に設置された中にはまだ多くの人員がいた。情報収集班に一般情報、聞き込みの見回り、通信班など各局から技術者がつめており、ひっきりなしに人が出入りしている。その前の机で衛星画像を見ている武藤は刑事局長の渡部と今後の話をしていたのだが。

「あんまり米空に貸しつくりたくないんですけどね」

「それは自衛隊の事情だろう、警察は知らんよ」

「今回の件でかなり警察には色々本当に色々言えない貸しがあるのは、佐々木局長から聞いていると思うが」

「…………」

 全く関係ない話でにらみ合っていた。渡部は五十代の中年をその絵にしたような風貌で、皺の増えた顔に少し後退した髪を後ろに撫で付けている。ぱっとしないスーツ姿で一見何も出来ない上司に見えるがこれでも幾多の事件を解決してきた老獪な人物だった、だがそれが武藤には面倒くさいところである。渡部は日本の国益、利益しか考えないため、簡単に非情な決断を下す傾向がある。国粋主義、とまではいかないが、部下の命を軽んじる傾向がある。それが正解で、現在の地位にいるのも頷けるのだが、英国がらみはかなりデリケートな物であるのを全く理解していないというか、しない。そのためこうやって「頭」である所の自分達がくだらん対立を生み出しかねない事になっている。

「ええ、えっとまぁ、上からのはこれで大丈夫。で、中将周りの警護は?」

 武藤は無難な話題にずらすが、さっさと話、終わらせたいだけ。

「警視庁のSPを出すよう指示してる。国賓だからな、あちらとの警護との合同。周囲警戒は所轄との合同だ。そっちは……例のA案件の子供を使ってるのか?」

 さっそく探られたくないことをやはり言ってくる。オーストラリアとは公言できないため、イニシャルの「A」扱いで智之は一部の上層部でやり取りされてる。

「ええ、彼の言うとおりなら彼を前線に配備しているが、まあ、こっちも本隊を警備に回してるんで大丈夫っすよ。ええ」

 それで渡部は黙り込む。

 面倒くさい。別にそんなことはどーでもいいだろうがこのおっさんは。もっと考える事があるはずだ。どうやったら死人なしで今回の件を終わらせるとか。必ず渡部は和美と彩夏保護不可能となったら殺害許可を出すだろう。

 そのとき、雑多な捜査本部にスーツをきっちり着て眼鏡が印象的な佐々木真奈が入ってきた。というか一直線でこちらに来て目を細めた。どうやら前々から渡部を警戒していたらしいこのおっさんに終わるまで終始付きまとうらしい。

「どうも。こんな夜遅くの時間に失礼。そろそろ中将がホテルに戻るころですが、まだなんの変化もありませんか?」

 佐々木の姿を見て明らかに嫌な顔つきになった渡部は近場にいた捜査員を呼んで報告させる。

「え、えーと、現在レドリー・アストン中将は東京タワー横のホテルにての遊説を終え、今米大使館へ戻られる準備をしています」

 それを聞いて武藤は佐々木に顔を向け、彼女は無表情で渡部に言う。

「ようやく始まりそうですね」



「さて、これでようやく終わるわね。結構めんどくさい事になってるけれど」

「そんなこといって彩夏、結構楽しんでたじゃん」

 ある高い場所の最上階作業エレベーターの配電盤室。暗闇の中で二人の少女が普通の声量で話している。周囲にはここ数日居座っていた事がわかるように、食料のごみに衣服の買えなのかそれらが床に散らばっている。中にはゲーム機やケータイに無線機、携帯ゲーム機に銃が一丁ずつ床においてある。

「まあ、クリストには悪い事はしたわね。結構あっちも頑張ってたらしいから」

 そう話す少女――彩夏は肌理の細かいロングの髪を後ろでアップに括って美麗な顔を無骨な長い銃のスコープにくっつけている。VSR-10という狙撃銃で銃身が異様に長く明らかに改造されているのが分かる。一発ごとに装填するボトルアクションのかなりある重量のそれを、撃った時の反動でぶれないよう、部屋の空けた窓に枕を挟んで突き出している。

 彩夏は話しながらも一切油断もなにもせず、一心にスコープを内を見続ける。向きはあるホテルの駐車場出入り口だ。

「わたしはあんまり興味ないなー。なんか変な演技させられたしそれでギブアンドテイクってやつじゃないの」

 軽い口調で喋る少女――和美は最近まで、厳密にはビルの事件まで背中まであった髪をボブカットに切ってあり、茶色のその髪型は整った顔立ちに良く似合っている。彩夏は私服だが、和美は制服だった。

 その彼女は観測手として彩夏の横で双眼鏡で同じ方向をみている。

「それより智之がわたしらの符号に気づいてるのかどうか、あ、いやあのお兄さんなら気づいてるね」

「何か凄い人、いたの?」

「んー? あのビルであった自衛隊のお兄さん。あ、でも案外智之が気づいてそうだね」

「……でも『本当の意味』では気づいてないんじゃないかしら」

 二人の少女はそれでも一心に駐車場の出入り口を見張る。ホテルの出入り口を。



「これが今日の昼で、そしてこれが昨日の昼です」

 目の前に映し出される衛星からの写真と映像を本部の全員が見ていた。

 実を言うと数時間前に長谷川和美と菅原彩夏の概ねの居場所は掴んでいた。衛星と地道な聞き込みが功を奏し、二人が出入りするスーパーを発見したが、直に見失うということを繰り返していた。

「場所は港区芝公園付近のスーパーですが、人ごみが激しくてとても追いきれません。地下鉄に乗る所を見ると完全に偵察衛星対策をしてるとしか……」

「じゃあ、わざと二人は姿を見せてるということか? なんで?」

 武藤は顎をさすりながら画面をリピートする。昼間の映像だが、解像度が高く、ぎりぎり二人の顔も服装もわかる。こちらを誘導して智之を誘い出す気なのか。いやあの二人はそんなことはしないだろう。米軍を出し抜いたのだからもっとなにか別の意図があるはずだ。

「芝公園から大使館までは遠いわね。どこか高いところからの狙撃となると東京タワーだけれど逆に逃げ場がなくなる。どうにもまだ情報がたりないわねぇ」

 そう冷静な表情で佐々木は言う。

 時刻は二十時十分。もう直ぐ中将がホテルからでるころだ。ウチの課員も行っているが、中にも智之と梶原がいる。



 中将が出てくるはずのホテルの駐車場付近の路上。智之は助手席に座り、梶原と一緒にいた。

 どうにも「眠いねー」とか「退屈だ」とかいう梶原さんは緊張感にかけるのか必ず捕まえられる秘策でもあるのかずっとこの調子だった。

 この段階になってくると一番に期待されるのは、自分、つまり『二人から直接の接触があるかもしれない』ということ。二人が智之の位置確認をするならかならずしてくるだろう。だがそれもない。本部はすでに二人の足取りを追い始めたとこらしいが、時間ももうない。

「ん、来たみたいだよ」

 そういわれて顔を上げる。SPらしき日本人とSSらしき外国人が道路の四方にちって警戒。しばらく連絡をとりあっていた護衛は出てくる黒塗りの高級車を囲み、そしてそれを前後に挟んだまま大使館へと走行し始めた。

「んー。何も起きないね」

「そー……ですね」

 あっさりしすぎている。本当に何もしないのか、それともするのか。彩夏。

 僕たちは「予定通りダミーの車」を護衛するかのように後ろについて走行し始めた。本物の中将の車は入り口から出ているはずだ。



「はい、きたよー。中将殿」

「ここまであっさりすぎると味気ないわね。まあいいけど」

 暗闇の中、東京の夜の明かりを見て二人は呟く。



 ダミーの車は桜田通りを登り、予定通り大使館へいくが、やはり渋滞で混雑していた。もちろん智之たちのダミー車のほうもだ。

「こういう任務にはなれてるけれどさ、あちらさんもこっちのことをわかっているっていう頭脳ゲーム見たくなると面白いんだけどね。こう何もしてこないとつまらない」

「まあ、そうですけど。逆に武藤さん達が先に捕まえるんじゃないですか」

 そこまで行って智之の携帯が震えた。少し不審に思ったが、本部へ録音できるようにつけてある装置をオンにして梶原さんに目線で許可を貰うと出た。

『久しぶり。元気してた智之?』

 いきなりだったので声に詰まった。思わず噴出しそうになる。隣で聞いていた梶原さんも驚き顔で指をくるくる回してる。「会話をして伸ばせ」ということだろう。

 声は和美。何年ぶりだろう。

『ちょっと、智之? 何黙ってんの?』

「え、あ、いや、うん久しぶり」

 そういうとなぜか和美は噴出す。

『なにそれ。なんか他人行儀。ああ、それでこれ色々漏れてるんでしょう? ま、人様の電話内容聞くなんてマナーなっちゃないわねー。でもいいけどさ。それで智之はコッチ帰ってくる気ないの?」

 目の前は渋滞。動けない。横の梶原さんはなにやら無線機で誰かとひそひそ話しをしている。

「はあ。帰る気なんてないよ。アッチでも行ったとおり僕はただの学生でいたいし、彩夏ともただの恋人でいたいだけなんだ」

 そう言うと少し間があった。

『やっぱ、智之はそういうんだね』

 ……どういう意味だろうか。

「それよりも僕はお前らを迎えに来たんだよ。一応今は自衛隊に保護してもらってるけど二人はその気ないの?」

『んーあるっちゃある、といえばないかもしれない』

「…………」

『ま、今回のことおわったら一緒に考えようぜ! 彩夏も一緒だから』

 ブツっと電話が切れる音がすると、すぐさま梶原さんを見る。どうやら本部と連絡していたらしく、

「逆探知で発信元がわかった。六本木にある建築中のビルだ。走るよ」

 そういうやいなや、ダミー車を通り越して車を出て梶原さんが走りだしたので慌てて僕も着いて行く。頭に入れた地図を参照すると大よそ六百メートル、十分に大使館を狙える距離だ。

 車道から歩道に移ってダッシュする。夜間に人が少なくなって走りやすいが、梶原さんの速さは尋常じゃなかった。後ろからSPやらの護衛もついてくるが、僕がぎりぎり追いついている感じだ。

「本部のほうは何ていってたんですか!」

 自然叫ぶ形になる。

「君が喋り始めてから絞り込めたのはそこだってさ。確認された芝公園付近の映像からも地下鉄の六本木駅に近い。逆探知の発信源は基地局から絞り込んだから本当かどうかわからないけど」

 走りながら横目に外務省を素通りして首都高速の十字路から六本木の目的の建築中ビルへと護衛と一緒になだれ込む。

「でも、やっぱりおかしいですよ」

「君もそう思う?」

 絶対に感づかれないようにしてきたのにこのタイミングでの電話。あからさまに「逆探知してください」というような電話。中将が襲えないと思っての投降、ではない。

 建築現場一階から護衛と連携して二人一組で抜いた銃で警戒しながら上へ進む。トラップの類があるんじゃないかと思ったが全く何もない。

 とそこでまた僕の携帯が震えて危うく銃を落とす所だった。梶原さんにアイコンタクトしてそこで膝立ちになって出る。

『あ、さっき言い忘れたけどさー。一応もしこっちがそっちに行ったら結構いう事きいてくれるわけ?』

 なんの話しだ? なんで今そんな話をする?

 困惑しながら梶原さんと上階を目指す。各階は誰もいないかはSPの人たちが各人確認していく。最屋上は十五階。高さは十分だ。

「それはもう。オーストラリアの子供が日本が匿ってるなんて知られたら終わりだからね」

『うっわ、智之エグイなー。まーそうだよね。でもま、無事に合えたらそんときヨロシク!』

 不思議に携帯を見てしまう。なんだったんだ一体。

「逆探知は?」

 梶原さんに行くが、すでに携帯で話していた。

「解析に時間がかかってる。よくわからないが本物の中将がもう大使館につく。待ってられないよ。いくよ」

 各階を数人で上がって行き、十五階の階段で彩夏達がたべたであろうコンビニ弁当などの空き箱を発見したところで、全員で取り押さえる算段をした。十五階から大使館を狙える部屋は一つしかない。

 梶原さんがハンドサインで扉に張り付き、ノブを捻って先に転がりながら入り、銃を構えるも、誰もいない。

 音を立てないようにと僕が後から来るSP達にサインで指示する。

 その時、僕は気づかなかった。

 「扉の間に紙の紙片が挟んであって両側に鉄板が打ちつけてあるのを」




「六本木じゃありません! タワーです、東京タワー最上階からの連絡です!」

 それに武藤が吠える。

「なんで最初に気づかなかった! 中将と梶原は?」

「中将は大使館に、梶原さんはすでに部屋へ突入したと」

「くっそ」

 やられた。思い切りやられた。これだけの大人の頭脳と機械を使っても出し抜かれた。

「タワーに一番近いウチの隊は?」

「予定候補として直ぐ下にA装備で待機中です。すぐに制圧に向かわせます」

 部下にそう命令してから武藤は梶原の携帯に電話をいれた。無事繋がったのかすぐにでたが、無言だ。

「おい、大丈夫か!」

『……いや、まあ、大丈夫って言えばいいんですかね』



 その時、複数の事態が起きた。

 SPが偶然蹴った紙片に智之が気づき、扉の両側にはって明らかなプラスチック爆薬に繋がっている配線をみて「扉を閉めるな!」と言おうとしたが、遅かった。絶縁雷管と言われる簡単な起爆方法で扉を閉めることで紙片が外れ、電流が通り起爆する。

 智之は死を覚悟したし、それに気づいた梶原は智之を庇おうとした。

 だが彼らを襲ったのは物凄い量の小麦粉だった。

 部屋にいた全員が頭からつま先まで小麦粉にまみれ、何が起こったのかわからず立ち尽くす。そして爆裂と同時にでてきたのか床に落ちてきた紙には「ハズレ」の文字。

 梶原の携帯がなり武藤の吠える声にむなしい声で答える。

「……いや、まあ、大丈夫って言えばいいんですかね」



「さって、パーティよ」

「うん、わかってる」

 彩夏はブレないように左手で狙撃銃を支持、右手でレバーを引いて持っていた長いライフル弾をかませ、レバーを戻して初弾を送り込む。

 「東京タワーからアメリカ大使館の駐車場」までの距離を頭にいれた後に、走行中の中将の車へ狙いを定める。

「距離千二百三十六メートル、風向き北東、微風」

 和美が軍用望遠鏡で走行中の車を観測した情報を読み上げる。

「…………」

 彩夏がちょっとスコープをいじってそして躊躇わずに引き金を引いた。

 反動で銃身が少し持ち上がり、発砲音が室内を埋め尽くす中、彩夏はレバーを引いてからになった薬莢を吐き出し、また新しい弾丸を送り込む。

「後部タイヤ着弾。車両停止。距離千二百五十一メートル」

 彩夏は聞いてるのかどうかわからないぐらい素早くやはり引き金を引く。撃った弾は、防弾仕様のタイヤを軽々と貫き、右側面の二つのタイヤを破裂させた。

 もちろん走行不能となった車はふらふらと蛇行すると対面からの車と正面衝突をして歩道に止まって停止した。

「……っていうかさー別に私の観測いらなくない?」

「いえ、結構これで参考になるものよ」

 そういって排夾する彩夏は涼しい顔だ。

 そこでいきなり部屋が煙に包まれた。転がってるのをみると催涙ガスの缶、と同時にフル装備の武装集団が扉を蹴破りなだれ込み、一瞬で和美と彩夏を拘束した。二人は抵抗らしい抵抗は一切しなかった。

「ごっほ! いまごろ智之も粉まみれかな」

 そんな和美の呟きは誰にも聞こえない。



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