第二章 救われるもの 六
幅広い取調室にいきなり甲高い電子音が鳴った。佐々木真奈は自然な動作で胸内からケータイを出して話す。
「私だけど。……ええ、……うんわかったわ。そうじゃないけれど、とりあえず外に出る。……あんまり言うと残業増やすわよ」
妙な言葉尻でケータイを切ると、さっそく横の武藤が話しかけてきた。
「誰ですか? 緊急用の電話使うなんて」
「うちの部下。どうやら話を聞いていた内務省が情報を求めてるらしい」
あー……、と武藤が額に手を置く。
「くそあのハイエナが。どうせ調査室の連中だろう。私が一つ蘿蔔議員に言って黙らせてやる」
少し息巻いた吉田を佐々木は手で遮り、
「大丈夫です。こちらでうまくやりますので無駄に動かないでください」
そういうと草々に退室していった。
部屋の外の廊下には部下の御崎が、書類を小脇に抱えて両手をポケットに入れ立っていた。
身長はかなり高い一八〇以上はある身長に鋭い目、顔は落ち窪んでいるが丹精で眼鏡と髭が相まっていかにもやり手の男に見える。俗っぽく言えばダンディなおじ様ってとこだろう。
「お疲れ様です局長」
顔はほぼ無表情だが通る声で挨拶をしてくる。
「ええ、それでどこまで漏れた?」
どこまで内閣府に漏れたか。
「一応オーストの子供がここにいるってとこまでですね。話は途中からこっちが予め作っておいたものと差し替えておきました」
……あの兄弟を探しにきたとかいう出任せテープか。
「それで――『アレ』は本物、ですか?」
「本物ってもんじゃないわ、『当事者』よ。参ったことにこんな爆弾うちで扱うことになるとはね」
「話はどこまで?」
「例の事件でイギリスがオーストの攻撃に見せかけ、自分の艦船を自沈させて自作自演の戦争起こして潰そうとしたこと。レアノアというテロ組織はイギリス軍所属であるということ」
そこまで話して御崎が少し目を開く。ポケットから手を出して顎に持っていく。
「と、いうことは。レアノアっていうのはイギリスとは関係がない?」
「おそらく、ね。推測だけどあの事件の収束に一番買ったのは日本よ。オーストのイギリスの一部が復讐目的でそろそろ動いても不思議じゃない。それにイギリスに復讐心を持った孤児で成り立っているレアノアがそのイギリスに潜入、今回のテロ行為の任務に自ら志願し――体のいいところで裏切るつもりでしょうね。ただ潜入してるのはレアノアだけじゃなくて別の特殊部隊もいるでしょう」
「複雑ですね。大英連邦は何を考えているんでしょうかね」
簡潔に感想を言う御崎。
「そうかしら? ぐちゃぐちゃしてて気持ちがいいぐらいだけど」
「で、レアノアの目的は、オーストの独立阻止、と。そこが分からないんですが。オーストが独立すればそのあいつらだって都合がいいのでは」
「あれは『言わされた演技』だったのか、それとも私たちを煙に巻くためか、どちらにせよレアノアっていう組織内部が個別で動くという点からよくわからない。ヘリから来た少年は『手伝いに来た』とも言ってたらしいから今回の狙撃をした子とレアノア全体とでは目的が違うのかも」
佐々木はポニーテイルにしてある長い髪のに手で触ると、
「どちらにせよ、あれはオーストラリア独立を支持する組織よ。現に今智之君の話では近くに日本に滞在してる上役のイギリス将校を殺る」
「つまり、レアノアのほうにはイギリスの『主要メンバーの二人を殺すこと』が伝えられていなく、そして彩夏達は放置した日本に復讐という双方の思い違いがあった、と言うことです。レアノア側のクリストがこんな事件を起こしたことはつまりそういうことです」
僕がマジックミラーを背に高木さんと梶原さんに言うが、あいかわらずに高木さんはどこをみているのかぼんやりとした目でタバコをすいながらミラーを見ていた。梶原さんは真剣な顔で僕を見つめ返し、
「それは少し違うな」
いつもの優しい口調で言ってくる。僕がどういういことかと眉を顰めると、
「元々、俺らは同じ警視庁で、そんときにはまだ自衛隊組みじゃなかった梶原も同じだったんだよ。警察官」
そういうとマジックミラーに向かって向こうの誰かにか、ハンドサインを出して続ける。
どうやら「違う」の論点が事故調査のことを言っているらしかった。
「出向、て言えば聞こえはいいが、事件当時の南緯五度海域は第三次大戦でもおきそうなぐらいの緊張でね。監視役と何か不祥事があればとっ捕まえて来いって尻叩かれて行ったのが俺と梶原と現在の情報局の局長さんだ」
ふん、と僕がため息をついて梶原さんの横に座ると、高木さんがふーっと、やはりぼんやりとした感じでタバコを吸い終わって、横の自販機に何気なしに近づいて小銭を突っ込み、缶コーヒーを三本取り出し口から出して、
「ほれ」
となんのモーションなく投げてきた。
なんでもない動作だったが、取るのを一瞬躊躇った。
そのせいでボスッと変な音を立てて僕の膝でバウンドした缶はそのまま床にごろごろと転がる。
「何してんだ? ちゃんと取れよ」
そういって高木さんは拾って渡してくれたけど、横の梶原さんも何かに驚き気付いた様子で、
しまったな……。
そう自分での内だけで舌打ちをしといた。
「いえ、遠慮しておきます。今『歯の治療中』でして」
そういうと高木さんは一瞬固まったが、そうかといって梶原さんに残りの缶コーヒーを渡す。
「先に潜入して色々やっていたのが僕と高木。それから自衛隊と合流していたんだよ」
そういうと缶を開けて少し、中身を飲み干す梶原さん。
ふーんと僕は唸って、
「それじゃぁ、まだ事件で色々なものが霧散している時、ですか」
まぁ、そうだな、と言って高木さんが僕の左に座った。
「潜入するのには少し日本警察ではものたりないのでは?」
悪びれもなく僕がそういうと、やはり、
「適材適所ってことだったんだろうよ」
それだけいってふーっとソファによっかかる高木さん。
多くは語らないのは別に僕に情報を漏らさないためではないだろう。僕が核心を突けばおそらく梶原さんあたりが言うだろう。だがそれは僕が核心に踏み込むということであって、「僕のほうの核心」が多少なりとも露見することということだ。
こちらは多少であっても重大な、というぐらい痛い。互いに持っている情報の重さが明らかに僕のほうが大きい証拠だ。どうするべきか。どうされるべきか。
「お前は……、その彩夏っつー彼女をとめるために来たんだろ? 愛だけのために、ってシェークスピアじゃねぇんだから別の目的は?」
「そうですね……」
僕は左を見て、右を見て、正面を見る。二人ともまったく隙はない。油断もない。むしろ警戒を僕と出会ったときから常にしている。
本当に警察なのだろうか? そこだけでいえばプロだ。
だからこそやれる。
「僕は復讐のだけに生きるのであれば、破壊者になればいい。しかしそれだけでは悲しみと恨みしか生まない。ならば革命者になればいい、と先生に教えられたので。好きな人が破壊者ならばそれをとめるのは当然だと」
少し沈黙した後に、
「その先生って誰?」
梶原さんがにこやかに聞いてきたので僕もにこやかに答える。
「パークタウン州軍学校の円谷先生とアドニス先生です」
「……!」
「……」
二人が明らかに止まり、僕がそのままにこやかに続ける。
「先ほど高木さんが祐樹の母親を暗殺か? と聞きましたが、それはなぜです?」
高木さんが止まったまま動かず、
「祐樹の母親をオーストに潜入して『後からくる仲間に支障が来たさない様先に殺しておく』のが二人の仕事だっ、た」
僕は言い終わると同時に下の歯の裏に仕込んでおいた極細の針を口から取り出して瞬きする瞬間に、
二人の首に向かって投擲した。