第二章 救われるもの 四
僕が日本入りしたのは例の彩夏たちがテロなんていうことをやった八月十三日の翌日だった。
僕は特別特区指定校であるリッチモンド州立大学付属高校にいたのがさいわいで、スキップによって大学の研究生までいっていたのも助けになった。一般渡航者が禁止されていた『北』には容易にパスポートが教授の許可で取れ、翌日にはエアバス1900便で日本に向かうことができた。
僕のすることは、彩夏をとめるためだった。
そして、
この二年間。
日本のどこにいるかもしれない彩夏をさがすために、邦人としていくことができなかった僕の決心を最終的に日本でのテロという形で彩夏たちは居場所を教えてくれた。
僕は彼女が好きだったのだろうか。
好きなのだろうか。
彩夏は僕を好きだったのだろうか。
そんな漠然とした、疑問と不安と、そしてなんとも言えない時間の進むこの遅い解決方法というものにいらだっていた。
だから僕は自分で行動した。
いつまでも彼女と僕の距離は遠く遠く。いつまでも彼女の気持ちはきっとあの海の水平線のように平らで、それでいて遠いのだろうと思う。
彼女に会って言いたかった。そして
僕は何より、彼女『達』を止めたかった、そう思う。
『十四日午後七時頃に新筑波国際空港国際第一ターミナルで起きたオーストラリア人の日本への不法入国事件について、事件の捜査を担当した関東入国審査管理局は警視庁刑事局特捜部への応援を仰ぎ、関連会社のANAなどから監視カメラ等の映像記録や目撃者への箝口令の義務を命じました。この対処に警察庁手嶋警察庁長官は「オーストラリアが関わる本件は国内外に紛争や内乱をおよばしかねない。今回の対処はそれを抑止するため行動であり、他機関の捜査妨害、隠蔽では決してない」と記者会見で弁明しおり、国家公安委員会や国防総省、またイギリス外務省や国連安全保障理事の十二国からも疑問や非難の声が上がっています。特にイギリス、オーストラリアキャンベラ外務省支局は昨日十七日に日本政府に遺憾の意を示しており、今後の十二国会議での主軸となる――』
「なんか矛盾してますねこのニュース」
僕がぼんやりとテレビの感想を漏らすと、
「みんなで猿芸やってんだからあたりめーだろが。全部お前の考え無しの行動だこれは。少し反省しろ」
と横のに座っている高木さんが眠そうに言いながらソファにだらりと座る。僕はまだ続けているニュースをみながら、
「すいません」
そう、高木さんに言うと、なぜかはっ? と言った感じで僕の顔を見つめてきて苦しそうな、嫌なといった表情に落ち着いた。
……なにか変なこといったかな。
「お前みてぇなバカ正直なガキは嫌いだ。それならどうしてもっと普通に行動できねぇんだろうな」
よくわからないけど警察庁のこと怒ってるんだろうか。それとも僕の入国の隠蔽にいろいろ走り回ることになったのを攻めているのか。
「まぁまぁ」
高木さんの横のソファに座っている梶原さんがのんびりと穏やかに言う。
「こっちの痛手は駆けずり回った各所に僕の足ぐらいだから、事件の関係者がこっちに来てくれただけでもお釣りはくるだろ」
確かに今日退院したばかりの梶原さんの左足はまだ完全といえないが松葉杖なら問題なく歩けるぐらいまで回復していた。この年でここまで回復が早いのは軍人並だなぁと考えながら梶原さんに言う。
「昔から止む終えない、切り抜けられない状況になったら実力行使はしなければならないと教わってきたので。あまり彩夏たちのようにデリケートにできないんです」
ふーんと高木さんがいって横においてあったコーヒーの缶を開ける。
「『教えられて』ね。それももろもろ、俺達が聞きたいんだが。こうやって梶原が退院するまでお前の言う通り待ったんだ。警備員の事後処理のお釣り、きっちり返せよ」
そういってコーヒーの缶を半分くらいからにする高木さん。僕はニュースが都内の殺人事件に変ったのを見ながら、怒ってるのはやっぱり前者か、と思って回りを見る。
マジックミラーが対面に、その周りは普通の休憩室のように観葉植物まである。
取調室、らしいがなんだかここまでカジュアルなものははじめてみた。あっちに何人、刑事さんがいようとも関係ないけいど、僕も喋らなくちゃ話が進まないと思う。そのためにここに来たんだし。
十五日に高木さん達と会い、一応保留のまま、今日の梶原さんの退院の十八日まで伸ばしてきた感じだった。今日までは大まかなことだけで、なぜそこまで梶原にこだわる、とまで疑問をもたれたけど。
「それじゃぁ、お話しますか」
そういって僕はニュースから目を離す。
「始まりは、そうですね。二〇〇五年のトレス海峡事件からです」