めじるしの鈴 霧尾の根雪――わたしが鳴ったあとを、数えていた人がいました
わたしは鈴です。
目はありません。ですから、音で見ています。
わたしの付いている鞄の内ポケットには、二つ折りの紙が一枚入っています。二年前の三月、霧尾という雪の町で、持ち主のちはるさんが受け取ったものです。番号です、使わなくても大丈夫です、と渡した人は言いました。
その紙を、ちはるさんはこの三月、返しに行きました。
わたしは、旅行鞄の持ち手に付いた、小指の先くらいの真鍮です。藤谷ちはるさんが二十二の夏に、駅前の土産物屋で三百八十円で買って、九年になります。
ちはるさんには、走る前や何かを始める前に、鞄の持ち手を握り直す癖があります。握り直されると、わたしは鳴ります。握り直されて鳴るのだけが、わたしの音です。
わたしが鳴って一秒もたたないうちに、何かが割り込んだことが、九年で八度あります。停留所のボタン、団体のバスが二度、駅の発車メロディ、宿の人の知らせ、帳場の電話、クラクション、時雨。言いかけた言葉も、渡しかけたものも、たいていそこで届かずに終わりました。
紙を渡したのは、早見さんという人です。ポケットのファスナーを、上げて、下げて、また上げて、下げる癖があります。二年前、出会ったリフトの上で、ちはるさんがその回数を数えて、四回と言い当てたのだそうです。
紙が開く音は、去年の帰りの電車で一度聞いたきりです。
二月の終わりに、鞄が棚から降ろされました。行き先を電話で聞かれて、ちはるさんはこう答えていました。
「霧尾。返すものがあるから」
語尾は上がりませんでした。ちはるさんの語尾が上がるのは、本当にそうだとは思っていないときです。
「電話で済むって? だめだよ。それだと、使っちゃうでしょ」
去年、霧尾から帰る朝に、宿の帳場の人が言っていました。早見様なら、今年は月の頭にいらっしゃいましたよ、と。
今年ちはるさんは、三月の頭に、また湯守屋を取りました。部屋も二年前と同じ、乾燥室の隣です。濡れたものを吊るして乾かす部屋で、布の膨らんで縮む音が一日中しています。
三月の頭の霧尾には、まだ根雪が残っているのだそうです。冬のはじめに積もって、春まで解けずに残る、いちばん下の雪のことです。
一日目の夕方、部屋へ向かう廊下で、ちはるさんの足が止まりました。
乾燥室の戸の向こうで、ファスナーが鳴っていました。上げて、下げて、また上げて、下げる音です。
声より先に、誰なのか分かりました。
ちはるさんが戸を開けると、吊るされた布の音が一度止まりました。
「……藤谷さん」
「こんばんは」
ファスナーがまた、上げて、下げて、と鳴りました。
ちはるさんが、鞄の持ち手を握り直しました。
ちりん。
ごう、と天井が鳴りました。
乾燥室の送風機でした。スキーの客が戻ってくる夕方の五時に、風が強くなるのだそうです。吊るされた布が、いっせいに膨らむ音がしました。
その下で、ちはるさんが何か言いました。わたしにも聞こえませんでした。
わたしが鳴ってから、一秒もありませんでした。九度目です。
「すみません、いま、なんて」
「明日にします」
送風機に負けない声でした。部屋の戸を閉めてから、ちはるさんは小さく言いました。
「まあ、いいか」
語尾は上がりませんでした。
二日目の夕方、ちはるさんがロビーのソファにいると、ブーツの金具の音が来て、前で止まりました。
「昨日の、明日にします、を聞きに来ました」
「それは、帰るときに言います。玄関で」
「玄関で」
「二年前に、言いそびれたところなので」
ファスナーが一度、上がりました。下がる音は、しませんでした。
「去年も、来てたんです。月の終わりに」
「僕は、月の頭でした。いつもは三日なんですけど、去年は四日いました」
「どうしてですか」
「空いていたので」
二年前、来年も来ますかと聞かれたときと、同じ理由でした。
「わたしも、去年は一日延ばしました。鈴を、なくしかけて」
去年、軒下の雪に一晩埋まっていたのは、わたしです。
同じ町で、三週間ずれて、二人とも一日ずつ延ばしていたことになります。
「手帳、今年も書いたんですか。走れよ、って」
「今年は、まだなんです」
ちはるさんは毎年、新しい手帳の表紙の裏に、命は短し走れよ乙女と、小さく声に出しながら書き写します。本当は恋せよ乙女という歌です。今年の一月は、その声がしませんでした。十冊目の手帳で、初めてのことです。
鞄から手帳が出てきて、表紙の開く音がしたところで、紙より厚いものが床に落ちました。
拾う音は、二人ぶんありました。二年前、この町で手帳が落ちたときも、そうでした。
「写真ですね」
「去年の十一月に、撮ってもらったんです」
空白は、二秒でした。
「鞄、握ってますね」
「鈴の紐が、切れてたんです。握り込んでたのに、気がつかなくて」
「じゃあ、この朝は鳴らなかった」
「はい」
ファスナーが、上げて、下げて、一度ずつ鳴りました。
「その鈴、二年前に二回聞きました。乾燥室で鳴って、断られるまで、三秒ありました」
ちはるさんが、笑う息をこぼしました。
「数えてたんですか」
「数える人に、うつされたので」
空白は、四秒ありました。
「玄関でも鳴って、藤谷さんが一回止まって、そこに宿の人が来ました。藤谷さんは、その鈴が鳴ると、一回止まるんです」
わたしは、そのどちらも数えていません。
わたしが九年数えてきたのは、鳴ったあとに割り込んでくる音のほうです。
鳴ったあとで、ちはるさんが黙っている時間は、数えたことがありませんでした。わたしのあとに来る空白は、わたしの音のうちに入らないと思っていたのです。
一秒より三秒のほうが長いことくらいは、わたしにも分かります。それより先のことは、わたしには数えられません。
ここからは、帰ってから、ちはるさんが電話で話していたぶんです。
止まる、と言われて、ちはるは自分の右手を見た。
持ち手を握るのは、なくさないためだ。二十二の夏、空港のターンテーブルの前で、自分の鞄がどれだか分からなくなった。あれから、何かを始める前には、鞄がそこにあるのを確かめる。確かめて、鈴が鳴って、それから動く。
その、それから、のところで自分が止まっていたとは、思ったこともなかった。
二年前の乾燥室で、自分が何を言うのか分からなくなった、あの短い間。玄関で、言葉が出る前に宿の人が来た、あの間。自分の中では迷っていた時間でも、向かいに立っている人から見れば、ただ止まっていただけなのだ。
この人は、それを二年覚えていた。
断った夜も、誘い直さなかった人だった。その人が、断られるまでの間を数えていて、それを笑いながら話している。
ちはるも笑った。笑いながら、明日はちゃんと玄関で言おう、と思った。
三日目、昼のバスを、玄関で待ちました。
二年前、わたしが二度目に鳴ったのは、この玄関でした。すぐに宿の人がバスの知らせに来て、ちはるさんが何を言うつもりだったのかは、分からないままでした。
廊下から、ブーツの金具の音が来ました。ファスナーは鳴りませんでした。
内ポケットのファスナーが開きました。外のものより小さい音です。二つ折りの紙が、すっと出てきました。
それから、袖の擦れる音が、持ち手のすぐそばまで来ました。
そこで、止まりました。わたしは鳴りませんでした。
「二年前、ここで言いかけたこと、言ってもいいですか」
「どうぞ」
「使います、って言うつもりでした」
何も鳴りませんでした。五秒ありました。衣擦れは、一度もしませんでした。
「使いませんでしたけど」
紙が、手から手へ渡る音がしました。
「使わなくても、大丈夫でした」
「……そうですか」
二年前の乾燥室で、断られたときと同じ言い方でした。
紙のしまわれる音がして、ファスナーが一度だけ鳴りました。
「言われてたら、鳴らない電話を、毎晩数えてたと思います」
笑い声が重なりました。重なったのは、わたしの聞いてきたかぎり、九年で八度目です。
玄関の戸が開いて、外の音が一度に入ってきました。宿の人の声がしました。
「バス、着きましたよ」
二年前は、わたしが鳴ってすぐに来た知らせでした。今年は、言うことが全部終わってから来ました。
それから、持ち手が握られました。
ちりん。
「バスには、間に合います」
二年前、乾燥室で一本だけ滑りませんかと誘ったときにも、早見さんは最後にそう付け足しました。
ちはるさんは、走りませんでした。玄関からバスの戸まで、歩いて十一歩でした。
帰りの電車で、ちはるさんの電話が鳴りました。
「うん。返してきた」
少しして、もうひとこと言いました。
「間に合ったよ。歩いて」
語尾は上がりませんでした。
内ポケットのファスナーは、一度も鳴りませんでした。二度の冬を越して、いちばん下に残っていた紙は、もう入っていません。
手帳を開く音もしました。ペンの音は、しませんでした。表紙の裏は、まだ白いままのようです。
二年前、わたしはこの町で二度鳴りました。一度は、断るために鳴りました。もう一度が何のために鳴ったのかは、あの紙が開く音を聞いたときに分かるのだと思っていました。
もう一度は、受け取るために鳴っていたのだそうです。
分かったのは、紙が開く音ではなく、手を離れる音を聞いたときでした。
今回、わたしは二度鳴りました。乾燥室の前では送風機が割り込み、玄関では、言うことが全部終わってから鳴りました。
わたしが鳴ってから、ちはるさんの声がするまでの空白を、次の旅から数えることにします。
今回の玄関では、数える前に、もう声がしていました。




